アートを溺愛する作家と漫画家の2人が創る究極の美術館とは?〈中略〉
泉のように湧き上がる2人のファンタジーが炸裂する壮大なるラビリンスへ!
(裏表紙より抜粋)
「ファンタジー」と謳ってるけれども、中身はすこぶる"実用的"。
美術館を楽しみたい人の立場から、有益なアドバイスを惜しげなく紹介してくれる。
第1章 美術館は快楽の館 美術全集で育ったユニークな人たち
ヤマザキ 私の統計だと、大人になって面白い人間になった人の子ども時代の話を伺うと、必ず美術全集が家にあるんです(笑)。
原田 幼児体験でトラウマになっていることが多いかもしれないですね。 [11]
ライバルだったパブロ・ピカソ
ヤマザキ 現代アートはデフォルメされていますから、良さがわかるのに時間がかかりますよね。
原田 モダンアートは逸脱の大きいアートですから、どうしても子どもの目には、レオナルドなどに代表される正統派のルネサンス期の作品や、顕著な黄金律で守られた絵を素晴らしいと思っちゃうんですよ。 [25]
西洋と日本の美術館のあり方
ヤマザキ ヨーロッパは額にガラスがない展示が多いですね。ガラスに反射してほかのものが映り込んでしまうと、絵を模写しにくいんですよ。
原田 なるほど。作品の保護よりも模写する人に配慮するなんて、いかにもヨーロッパらしいですね。ガラス越しでなく、つくられた当時と同じ状況で見ると、絵の具のテクスチャーもしっかりとわかって、やっぱり面白い。宮殿級の美術館の贅沢な絵画の見せ方は、いま思い出してもまた見に行きたくなります。 [29]
原田 日本のいいところは世界的に見ても美術館大国で、ある年の展覧会動員数を調べてみたら、1位が日本。上位10位のなかに日本の展覧会が5本も入っていました。日本人って展示されたものを見物に行くのがすごく好きなんです。
ヤマザキ 日本では動物園のパンダでもなんでも行列になりますからね(笑)。並ぶという苦労も盛り込んで楽しんでいるように思えます。 [32]
第2章 終わりなきアートの迷宮 美術館とアートが持つ雰囲気に寄り添う
ヤマザキ 長きにわたるイタリアでの生活で、美術館は気軽に行く場所だと感じています。たしかに美術館は空間的にも質感としても、ふだんの日常とは完全に線引きされている別空間で、たとえばイタリアの古代、ルネサンス時代の美術品を見ると、タイムトリップしているような感覚になる。でも厳かな気持ちになって心正して行く場所でもなくて、そこに展示されているものにまったく関心がなくても、とりあえず美術館に行ってみるのがいいですね。 [46]
ヤマザキ 美術館はコンサートホールと同じ空気を感じますね。オーケストラのコンサート会場に行くと、ふだんどおりの自分ではいけない、ここにはここのルールがあって、面と向かって芸術と向き合う姿勢を問われている気がするんです。
原田 クラシックを聴きに行くときと、ロックのフェスに行くときでは、こちらの心構えが違いますよね。そういう場のコードや、向き合う作品を思いやりながら、一方的にこっちを押し付けるのではなくて、相手のことも考える。
この人の絵はすごいエネルギーを持っているから、その気持ちに自分を同調させるとか、対峙するアートによって、自分も少し波長を合わせていくのが、美術館の楽しみ方のひとつかもしれません。 [47]
ピュアな心でアートを鑑賞
原田 ほどよい緊張感を持ちながら美術館へ赴くのは素敵なことですが、やっぱり作品と向き合うときは、リラックスしているといいですね。素で作品を鑑賞するというのは実に楽しいことで、なんの知識もなく、アーティストがつくった作品と向き合うと、ピュアに楽しめる。この人はルネサンスの偉大な画家だとか、近代美術の礎をつくった人だとか、そんなことは考えず、子どものような純粋な心のままで楽しむと新しいアートの世界を受け入れられるんじゃないでしょうか。
ヤマザキ 初心者の方にまずお伝えしたいことは、展示されているものをわからなきゃいけないという義務感を一切、払拭してほしいということ。ただ美術館をふらふらと歩いているだけでも、目に留まるものがありますし、この場所は居心地がいいなと感じられる空間がある。なにかいいなあと感じられるものがあったら、立ち止まってじっくり鑑賞してみればいい。
絵描きの立場の私からすると、描き手の解釈や価値観と必ずしも一致する必要なんてなくて、ただ絵を観て癒されたと感じていただけるのが一番だと思います。 [48]
初心者におすすめの美術館
原田 いい美術館の要素として、三つ挙げられると思うのですが、ひとつは素晴らしいコレクションを持っていること。二つめはキュレーションの力があって、いい展覧会ができること。三つめは環境、シチュエーションが良いこと。この三つが揃っていると、やっぱり行ってみたいなあと思いますね。
初心者の方におすすめしたいのは、まずポーラ美術館。学芸員のみなさんの企画力が非常に優れていて、魅力的なコンテンツを生かして見せる態勢、アイディアもあります。美術館のことを、美術品の墓場だなんて意地悪なことを言う人もいますが、いまどんなアクティブなプログラムを持っているのかも、美術館としてとても大事です。
ヤマザキ 最新テクノロジーを駆使したコラボレーションをしていたり、誰が行っても、気負いなく楽しめる美術館ですよね。ポーラ美術館は自然のなかにあって、建物自体にガラスを使っていたり、明るくて開放感もあります。 [54]
ヤマザキ よく海外の友人が来たときに連れて行くのは、東京国立博物館(東博)です。日本が当時、西洋に対して持っていた理想像を具現化しようとしていた勢いを感じられて面白い。これを作らないと列強の一員になれないんだという志の強さで、あれだけのものを作ってしまう勤勉さと、審美眼にもやられます。美術館はさらっと入るものだと思っているイタリア人のおばさまたちも、日本風の西洋建築の厳かさ、日本の人たちの文化に対する気構え、意識を強く感じるようで、心して入らなくてはという気持ちになるそうです(笑)。
原田 東博には法隆寺宝物館もありますし、日本の古い美術品を見たいという海外の方を、東博にお連れすることが多いですが、たしかにみなさん、喜ばれます。
ヤマザキ 甲冑-かっちゅうや刀も展示されていて、日本の精神面での哲学、西洋人では到達できない意識的なものを感じるようですね。西洋の人たちとは違う価値観であっても、非常に敬われている神聖な空気が東博にはあるのかもしれません。アジア圏の中国やタイの美術館にも行きましたが、この空気感を持つ東博はオンリーワンだと思っています。 [55]
原田 常設展示も素晴らしい東京国立近代美術館では、そもそもどうして日本には洋画という不思議なジャンルがあるのか? というところから始まって、明治以降の日本の近代美術の歴史を、本物の作品を見ながら学べておすすめですよ。 [57]
思い切って歴史の海にダイブしてみる
ヤマザキ 環境が素晴らしいという点で考えると、ヴェネツィア・アカデミア美術館もいいですね。運河のほうから美術館に入っていくアクセスも面白いですし、ちょっときれいに修繕してはあっても古い美術館が持つ重厚感、圧とはまた違う重みがあって、日本ではけっして生み出されない空気感です。
原田 アカデミア美術館と訊いただけでも、あの空気を思い出して、行きたい!
と思いますね。ヴェネツィアやフィレンツェの街を歩いていると、街を守り抜いてきた市民の強いプライドみたいなものを感じます。 [58]
誰もがアートを知ってしかるべき
ヤマザキ ロンドンのナショナル・ギャラリーも初心者の方におすすめですね。イギリスに行ったら必ず行く美術館で、とにかく名画がたくさんありますし、入館料がかからないこともあって、小さい子どもたちの団体から、制服を着た高校生と、あらゆる人たちが集まってきている。美術館は誰にでも開かれていて、誰もがアートを知ってしかるべきというイギリスの文化に対する姿勢も素晴らしいです。 [60]
第3章 偏愛するアーティストたち ルーヴル美術館との出会い
ヤマザキ ほかのギャラリーを見て回っていて一番強烈だった絵は、アントネロ・ダ・メッシーナの《船乗りの肖像》という作品。《モナ・リザ》のような謎の笑みを浮かべた男が、こちらを見つめている肖像ですが、その強烈な目力にやられた。あとになって調べてみると、《モナ・リザ》よりも前に描かれた作品で、レオナルドほど有名ではない画家でも、1400年代からこんな素晴らしい絵を残しているんだと衝撃的でした。あのとき以来、私の美術館への概念が変わったと思うんですよね。[67]
三代巨匠に隠れたアーティストたち
ヤマザキ ロンドンのナショナル・ギャラリーにあるダ・メッシーナの《書斎の聖ヒエロニムス》は大好きな作品ですが、ふつうならこれみよがしに描くライオンを、日陰の目立たない場所に真っ黒な影として配置することで、なんとも言えない東洋的な神秘に満ち満ちている。あっちを向いて箱座りしている猫が描かれていたり、鳥同士がそっぽを向いていたり、なにを意味しているのかわからないモチーフの描き方にも想像力を掻き立てられ、ずっと眺めていられますね。彼は北方の影響を強く受けてはいますが、イタリアらしいリアルな理数的構成力もこうした作品のなかにしっかり見ることができます。 [70]
原田 日本の場合どうしても、ルネサンス期というとミケランジェロ、ラファエロ、レオナルドの三代巨匠になっちゃいますからね。ほんとうは隠れた素晴らしい画家たちがたくさんいます。 [71]
絵画から読み解くルネサンス期
ヤマザキ ルーヴル美術館の所蔵作品だと、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが描いた《手袋をもつ男》も印象深かったです。
原田 すっぎいハンサムなイケメンなんですよね。怖い雰囲気だけれど、かっこよくて私も大好きです。
ヤマザキ ヴェネツィアのいわゆるハンサムガイの顔っていうんですかね、あれは。いまでも北部ではああいう顔は見かけます。黒い服を着た男が黒い手袋をもつというモチーフもかっこいい。 [76]
資料から憶測して自分の見解を持つ
原田 妄想したり、想像することは自由だから、100人いれば100人なりの受け止め方があって当然で、それが美術のいいところですよね。 [91]
ここらが折り返し点の少し手前。
最近"オキテ破り"続きゆえ、今回はやや控えめに。
もちろん後半にも「お役立ち情報」満載だ!
ではでは、またね。
無料開放日のオランジュリー美術館(2017.6.4)