そっか。"三部作"だったんだね。 『ペテロの葬列』宮部みゆき 周回遅れの文庫Rock

 

あいかわらずの"巻き込まれ屋"杉村三郎が、今回も八面六臂?の大活躍。

きっかけは、バスジャック。

たまたま、バスジャック犯と同じバスに乗り合わせたことだ。

だがこの犯人(六十代半ば・男性)が、わざわざ人質をとって警察に要求したのは

身代金でも服役者の解放でもなく、「今から言う三人をここまで連れてこい」。

間もなく事件はあっけなく解決するのだが

もちろんそれは、巨大な悪へと続く入り口に過ぎなかった。

バスジャックが指名した三人を追い求めるうち

杉田は「ネズミ講」という、被害者が同時に加害者になりうる伏魔殿のような

組織犯罪の底なし沼に、ずっぽりと嵌ってゆくのだった・・。

 

読者の興味を巧みに誘導しつつ、思いもよらない非日常世界へと連れ出す

作者・宮部みゆきの手腕は、さすが!のひとことに尽きる。

しかし、シリーズ三作目となる本作を読み終えて、何よりも印象深かったのは

第一作『誰か』以来、絶えず漂い続けていた「もどかしさ」の正体が

ついにひとつの〈結果〉となって、杉浦の前に姿を現わしたこと。

おかげで一読者のうたたも、

ーーああ、やっぱりそうなるよな。

と呟きつつ、安堵にも似た強い納得感を手にできた。

 

そうして、改めて痛感したのだった。

『誰か』『名もなき毒』『ペテロの葬列』のシリーズ三作は

以上の3つまとめて、ひとつのストーリーを築き上げていたことを。

すなわち、これは

"優しさゆえに「逆玉」に乗った杉村三郎が

ひとりの男として旅立つまでの足取りを描いた物語"なのだ。

だから、『誰か』を手に取ったからには

第三作『ペテロの葬列』まで、全部ひっくるめて読み通していただきたい。

〈杉村シリーズ〉の"本当の面白さ"にたどり着くために、この条件は必須である。

 

今回いちばん言いたかったのは、そのこと。

すなわち――評価を下すのは、三部作通して読み終えた後で。

・・って、まんま俺の話じゃないか!

とか、ヘタクソな乗り突っ込みはこのくらいにして

ここから先は、本作で見つけた《勝手に名言集》みたいな。

 

園田編集長のような肩を、私は大勢見てきました。だがああいうタイプの人は、一度折れると根元から折れてしまう。強いが脆い。そういう気質です」上169p

 

核家族は駄目だの不完全だの、巷じゃいろいろ言うがな。良心と子供、この組み合わせが家族の絆だ。核をしっかり作りなさい」上250p

 

「セクハラって、女性に甘えてるんですか」野本君が目をばちくりさせた。「女性を舐めてるんじゃなくて?」                            「舐めてるってことは、許してもらえると甘えてるってことよ」            なるほど。それは言えるか。上316p

 

「足立という人は、そこまで思い詰めている様子でしたか」            「さあ‥‥。ごく普通の、気真面目な人のようでしたけどねえ」            生真面目だからこそ、怒るとブレーキがきかなくなるということもある。上318p

 

人間は基本的に善良で建設的だ。だが、特定の状況に置かれると、それでもなお善良で建設的であり続けることができるタイプと、状況に呑まれて良心を失ってしまうタイプに分かれる。その〈特定の状況〉の典型的な事例が軍隊であり、戦争だ」上379p

 

10年近く前に単行本が出版された作品なのに

なぜかウクライナでの果てしない闘いと重なる言葉に、視線が釘付けられてしまう。

ま、そんなの今に始まったことじゃなく、ただ見ようとしてなかっただけ。

シリア、アフガニスタンチェチェンミャンマースリランカ‥‥それこそ世界中で

先の見えない泥仕合が繰り広げられている。

ああ。また、しょーもない愚痴が始まりそうなので、今日はここらで。

。。と書いたそばから、あといっこ。

 

悪は伝染する。いや、すべての人間が心のうちに深く隠し持っている悪、いわば潜伏している悪を表面化させ、悪事として発症させる〈負の力〉は伝染すると言おうか。45p

 

ではでは、またね。

"父親探し"は、これからだ!! 『推しの子⑥⑦』赤坂アカ×横槍メンゴ 周回遅れのマンガRock 

ひょっとしたら、本誌(ヤングジャンプ)の方で

とっくに謎解き済みの話題かもしれない。

でも、「コミックス読者」のうたた(俺だ)には関係ナッシング。

第7巻まで発売された『推しの子』の"その後"について

妄想の大?風呂敷を拡げてみた。

★以下、ネタバレ注意!★

 

真っ先に言及したいのは

DNA型鑑定で異母兄と判明した姫川大輝との会話で

両者の「実の父」がすでに死去(自殺〉していたことが判明。

アクア最大の目標=復讐する相手があっさり消えてしまった件について。

 

いやいやいやいや。

これで一件落着!なんて・・まさか有り得ないだろ。

まんいちこのまま〈芸能界成り上がり物語〉にスライドしていったら

6巻を費やして築き上げた"モチベーションピラミッド"が、脆くも崩れ落ちてしまう。

これだけのストーリーテラーが、そんなもったいないことするわきゃない。

てなわけで、勝手な妄想を述べさせていただく。

 

〇アクアと(ルビーも)姫川の、真の父親は他にいる。

〇姫川の両親が心中したのも、彼が自分の実子ではないと知った父・上原清十郎が

 唯一のプライド(人気女優の夫)を粉々に砕かれた怒りから母・愛梨を殺害。

 その後、自ら命を絶ったのだと考える。

 むろん黒幕は"真の父親"なので、この男が暗躍したのかもしれない。

〇なぜか? だって、これでオシマイじゃつまらんだろ。

 あのアイが「才能あるタレントを引っ掛け回す売れない役者」との間に出来た命を、

 アイドル生命の危機を承知で必死に生み育てようと決意、実行するだろうか。

 やっぱり彼女の相手は、色々な意味でピックネームでないと釣り合わない。

 またそうでなければ、《父親捜し》をここまで引っ張るはずないよ!

 ――と思いたいし、信じたい。

〇必ずや、この先の展開で「本当の父親は他にいた」事実が判明。

 姫川大輝を巻き込んだ三人で、"実の父親捜しパート2"が開幕するに違いない。

 

なにより、"復讐"なしでアクア&ルビーがスターへの道を登っていく物語には

それほど魅力を感じない。

確かに芸能・テレビ界、演劇畑など、各ジャンルのディテール表現は極めてリアル。

いわゆる「業界マンガ」としても、十二分に成立している。

でもそれじゃ先人たち(漫画家&小説家)の後追い、令和版バージョンアップ止まり。

いわゆるひとつの"芸能界モノ"で、終わってしまう。

ぜひここは、スターダムを駆けあがるルビーと歩調を合わせるように

〈真の父親=アイ殺害の黒幕?〉探しを、ぐいぐいと盛り上げていただこう

 

そのあたりも含めて、今後の展開を期待している。

せっかく何度読み返しても面白い、希有なマンガの仲間入りを果たしているのだから。

 

ではでは、またね。

恋の行方は"チベットスナギツネ"だけが知っている⁉ 『詩歌川百景②』吉田秋生 周回遅れのマンガRock 

お前は・・「渡鬼」の山間温泉町版かっ!?"

そんなツッコミを入れたくなるほど

幼馴染み、親類縁者、親子孫三代が複雑に入り乱れ

腹を探り・衝突し・言葉を交わし合う、重厚にして芳醇な物語。

――なーんて抽象的な言葉、いくら並べても何も伝わらないことぐらい承知している。

けれど、ときどきページをめくる手を止め、俯瞰で眺め直したくなるほど

様々な想いが、タペストリーさながら綴り織られているのだから、仕方ない。

 

そんななかでも、今回初登場の「まーこ姉ちゃん」が抜群にいい。

主人公ズのひとり和樹が働いている温泉旅館「あずまや」。

その現社長・仙太郎の姉にあたる、小川麻揶子。

「田舎は嫌い」と公言し、東京の大学を卒業後も地元に戻らず

そのまま東京の企業に就職した、バリバリのキャリアウーマンだ。

数年ぶりに里帰りした彼女が和樹たちやヒロイン妙、「あずまや」の面々と再会。

静かな光を放つ宝物のような言葉を、ぷかりぷかりと紡ぎ出してゆく。

 

子供はみんな泣くんだ                              それでもみんな車を降りる時は笑顔で「行ってきます」と言うんだ 77-8p

 

あいつがイヤでたまらないのは多分自分に似てるから               あいつは あたし自身を映す鏡なの 89p

 

親の盛る毒は巧妙でねえ‥‥ 解毒すんのにエラいエネルギーが必要だもんで    それならうちの母親も負けてない 

さすが姉妹 唱える呪文まで似てる 90p

 

あたしねえ 今「いい人」と戦ってンの                     ホトケのナントカとか言われてっけど 早い話「悪者」になりたくないズルい奴なのよ辞めろって面と向かって言いたくないから そっちが空気読んで辞めてくれってワケ 仕事ちょっとずつ減らすとか居づらい雰囲気にしてね               どっかで聞いたような話でしょ? 93p

 

ひとつひとつのシーンが胸に沁みわたり、思わず何度も読み返した。

「こんな断片じゃ何がイイのか、まるでわからん」

そう感じた方は、ぜひご自身で確認を!

 

自分のフィルター越しにしか社会を見ない

"善意の仮面をかぶった厄介者たち"も、もちろん健在だ。

2巻でも、以下のフレーズが大活躍。

姉さんは彼女と子供のためを思って休ませてあげようとしたのに!

パワハラなんて! 私そんなつもりじゃなかったのよ

そーよまーちゃん! 姉さんは「あずまや」のためを思って。63-5p

ーーホント、"意識しない悪意"って・・タチが悪い。

 

箱庭にも似た狭い温泉町の話だけに、好いた惚れたの恋愛話もまた

3つの世代を縦横に結び、幾重にも折り重なってゆく。

繊細にして美味なるミルフィーユのように。

ちなみに今回のキーワードは――。

恋は突然やってくる そして苦悩が始まる

人はなぜ誰かを好きになるだろう たとえ苦しむとわかっていてさえも 60p/177p

 

要所でいい味を出している"ギャグ"にも、触れておこう。

今回、ツポにはまったのは 

チベットスナギツネのorみたいな目、というフレーズ。

68、82、94ページと登場するたびエスカレートする演出を、じっくり楽しみたい。

 

このペースだと、第3巻が出るのは、来年の夏あたりか。

その時はまた、『海街ダイアリー』から12巻ぷっ通しで読むんだろうな。

 

ではでは、またね。

「生命って何?」を知りたいなら、とりあえず読もう 『新版 動的平衡2 生命は自由になれるのか』福岡伸一 周回遅れの新書Rock

"遅読スパイラル"にハマッていたのがうそのように

あっという間に読み終えてしまった。

それくらいメチャクチャ面白い読み物である。

著者の嗜好と一致する部分が少なくないこともあるが

(バッハの曲、特にゴルドベルク変奏曲が好きなとことか)

なにより、前作に勝るとも劣らない「気づき」と「発見」のオンパレードに

年甲斐もなく瞳をキラキラ輝かせてしまった。

 

なんとかその〈凄さ〉のカケラでも伝えられないかと

特に脳内アンテナがピピッと立った箇所を、紹介していきたい。

 

まずは、遺伝子は音楽における楽譜】

ある生命体の遺伝子は、その生命体が生きているあいだ、ずっと同じように活動し続けるわけではない、というより、必要となったある一時期、あるタイミングにタンパク質合成の設計図を提供するにすぎない。つまり、私たちの身体のどこかに、その設計図を開くときに遺伝子をオンにするスイッチがあるのだ。57p

ひとつ例を挙げると第二次性徴期、いわゆる「思春期」である。

通常なら誰の身にも起きる、繁殖態勢への身体的変化だが

成長ホルモンが分泌される量もタイミングも、ひとりひとり異なっている。

つまり、全く同じ遺伝子(楽譜)を持つ個体でも、その現れ方(演奏法)によって

大きな違いが生まれる。それこそが生命の多様性に繋がっているのではないか。

・・という考え方だ。

たぶん、遺伝子は音楽における楽譜と同じ役割を果たしているにすぎない。記された音符の一つ一つは同じでも、誰がどのように演奏するかで違う音楽になる。遺伝子はある情報で私たちを規定するのと同時に「自由であれ」とも言っている。そう考えたほうが、私達は豊かに生きられるのではないだろうか。61p

 

【進化で重要なのは「負ける」こと】

今から六五五〇万年ほど前、巨大隕石の墜落?による地球規模の大異変が語られる。

大火災が発生し、衝突時に巻き上げられた塵埃が地球全体を覆い、長時間漂い続けた。そのことによって気温が急激に低下した。大型化しすぎた恐竜たち、海に大繁殖していたアンモナイト類など七割近い生物がこの変化に耐えきれず絶滅していった。     生命の進化の過程で重要なのは、実は「負ける」ということである。一度、負けることによって、初めて新しい変化が選択される。小さな身体で夜だけ活動し、穴ぐらや地中に潜んで体温の低下を防ぐことができた哺乳類たちのうち、あるものだけがこの変化を生き延びることに成功した。彼らに開かれたのは今や新天地だった。〔中略〕    現在、この地球のあらゆる場所のその生態学的地位を築いて放散した哺乳類たちは、みな、この生き残りの子孫たちである。70-1p

建築家・隈研吾の流儀「負ける建築」にも通じる価値観であると同時に

どこか我々間の生き方とも重なり合う、〈ひとつの真理〉ではないだろうか。

――"勝利"の二文字に執着し続けるプーチンの顔が、ふと浮かんだ。

 

【なぜ食べ続けなければならないか】

何度となく姿を変えて登場する「動的平衡説」のバリエーション。

周知の事実のはずなのに、読み返すたび胸が熱くなる。

私たちは、なぜ食べ続けなければならないのか。それは生体内で絶え間のない分解と合成が繰り返されているためである。食物に含まれるタンパク質はアミノ酸に分解され、体内に吸収されると、一部はタンパク質に再合成されて筋肉や臓器などを作る。   人体の構成成分のうち約二〇パーセントは二〇種類のアミノ酸が結合してできたタンパク質だ。人はアミノ酸を摂るために食べているのである。〔中略〕         では、なぜ、身体はタンパク質をタンパク質として吸収せず、わざわざ分解と合成を繰り返すのだろうか。それは、生命には「時間」があるからだ。いかなる生命も行き着く先は死である。しかし、分解と合成を繰り返し、自分の体の傷んだ部分を壊しては作り直すことで、生命は一直線に死へ向かうことに抵抗しているのである。86-7p

 

ここまでで、まだ全体の三分の一にも達していない。

残りの"驚き"は、ぜひとも自力で見つけ出していただこう。

ただし、「投げっぱなし」だと後味が良くないので

要注目キャプション(短文)のみ、リストアップした。

 

私は次のように考えている。あるアミノ酸が生命に必須となった瞬間、生物は「動物」になりえたのだと。90p

 

現在、地球上で最も多く存在している生物はトウモロコシである。97p

 

この世界のあらゆる要素は、互いに連関し、すべてが一対多の関係で繋がり合っている。世界を構成するすべての因子は、互いに他を律し、あるいは相補している。122p

 

仮に遺伝子操作によって、チンパンジーのA'遺伝子をヒトのA遺伝子にすげかえても(そして、この操作をくまなく繰り返し、DNA文字列上の二パーセントの差をすべて書き換えたとしても)、チンパンジーはヒトにはならない。              では、いったい何がヒトをヒトたらしめるのだろうか。218p

 

読み進めるにつれ、話題はより深く、より複雑に、だからこそ面白くなっていく。

とても数行程度の引用で伝えられる内容ではないため

このあたりで白旗を上げることにする。

あとは任せた。

――読まないと、きっと後悔するよ。

 

ではでは、またね。

いくらコラーゲンを摂っても肌はスベスベにならない 『新版 動的平衡 -生命はなぜそこに宿るのか-』福岡伸一 周回遅れの新書Rock

続篇『動的平衡Ⅱ』の"順番"が回って来たため

復習の意味で、改めて読み返した作品。

だから2度目のはずなのに・・

最初から最後まで驚愕の〈新事実〉に細い目を見開きっぱなしだった。

小説のストーリーならまだしも

こんなにも衝撃的な内容を、ほとんど覚えていないなんて。

己の記憶力の衰えに、慄然とする想いである。

――ま、そんなボヤキは置いといて。

 

とにかく、凄い凄い。

全体を貫くテーマは、言わずと知れた「動的平衡」。

いまや、常識のストライクゾーンをかすめるぐらいポピュラーな言葉だ。

要するに、"生命は変わらないために変わり続けている存在である"ということ。

もう少し砕けた言葉で表現すると、次のような感じかな。

建物・道具・電気製品etc

 あらゆるものは、時間が経つにつれ、少しずつ劣化(分解)してゆく。

 生命もまた、誕生した瞬間から劣化&分解に向かって転げ落ちる。

 ところが生命は、その崩壊が極まる(=死ぬ)前に、先んじて自らを分解し

 再生してゆくことで、長期間の活動を維持しているのである

 

・・・うーん、難しいな。ええかっこせずに、引用してしまおう。

生体を構成している分子は、すべて高速で分解され、食物と摂取した分子と置き換えられている。身体のあらゆる組織や細胞の中身はこうして常に作り変えられ、更新され続けているのである。だから、私たちの身体は分子的な実体としては、数カ月前の自分とはまったく別物になっている261p

 

実感できないとは思うが、これが真実だ。

かつては「変化(増減)しない」と考えられていた脳細胞を含めて、臓器・骨・血管・

血液など、体を構成するすべてのモノは、少しずつ分解&排出され、新たなモノへと

入れ替わり続けているのだ

んで、その分解&排出された「古いモノ」は、どこへ行くのか?

言うまでもなく、尿と便である。

昔は大部分が"食べかす"だと思われていた便だが

いまやその半分以上が、本人の体を成していた細胞などの死骸だと判明している

 

まったくもって、この基本的事実だけでも

改めて〈命ってすげーなー!〉と感動しっぱなしなのだ。

おまけに本書では、この「動的平衡」を語る途上で

次から次へと、思わず心の膝を叩く"新事実"が明かされてゆく。

 

たとえば、誰もが感じる次の疑問。

「なぜ大人になると時間が早く過ぎるようになるのか」

答えを解くカギは、『体内時計』にある。

体内時計とは、時計やカレンダーに頼らない自己の感覚が決める時間のこと。

それを決めるのは、細胞分裂のタイミングや分子プログラムなどの時間経過。

つまり、タンパク質の新陳代謝速度が、体内時計の秒針なのだ。

そしてもう一つの厳然たる事実は、私たちの新陳代謝速度が加齢とともに確実に遅くなるということである。つまり体内時計は徐々にゆっくりと回ることになる。〈中略〉  タンパク質の代謝回転が遅くなり、その結果、一年の感じ方は徐々に長くなっていく。にもかかわらず、実際の物理的な時間はいつでも同じスピードで過ぎていく。〈中略〉つまり歳をとると一年が早く過ぎるのは「分母が大きくなるから」ではない。実際の時間の経過に、自分の生命の回転速度がついていけていない。そういうことなのである         

45-7p

平たく言うと、歳をとると新陳代謝の速度が低下し、体内時計もどんどん遅れてゆく。

その結果、常に同じ速さで流れる時間を「以前より速くなった!」と感じるのだ。

 

こんな感じで紹介していくときりがないので、もうひとつだけ。

「健康(栄養)食品に関するオドロキの真実」

どれほどコラーゲンを摂取し塗り付けたところで、肌のうるおいは取り戻せない。

今も昔も大声でアピールされている〈宣伝文句〉がある。

いわく「コラーゲンはお肌にいいからたくさん摂取しましょう」に代表される

「〇〇を食べると✖✖に効果あり」という常套句。

これ、実は、真っ赤なウソである。

コラーゲンは、細胞と細胞の感激を満たすクッションの役割を果たす重要なタンパク質である。肌の張りはコラーゲンが支えていると言ってもよい。           ならば、コラーゲンを食べ物として外部からたくさん摂取すれば、衰えがちな肌の張りを取り戻すことができるだろうか。答えは端的に否である。             食物として摂取されたコラーゲンは消化管内で消化酵素の働きにより、ばらばらのアミノ酸に消化され吸収される。コラーゲンはあまり効率よく消化されないタンパク質である。消化できなかった部分は排泄されてしまう。                 一方、吸収されたアミノ酸は血液に乗って全身に散らばっていく。そこで新しいタンパク質の合成材料になる。しかし、コラーゲン由来のアミノ酸は、必ずしも体内のコラーゲンの材料とはならない。むしろほとんどコラーゲンにはならないと言ってよい。 〔中略〕コラーゲン、あるいはそれを低分子化したものをいくら摂っても、それは体内のコラーゲンを補給することにはなりえないのである。81-2p

 

つまり、コラーゲンを含むすべてのタンパク質は、胃に入って消化された時点で

ちょうどレゴブロックのように一つ一つのアミノ酸に分解されてしまう。

だからどんなに大量のコラーゲンを摂取しようと、たんぱく質の材料が増えるだけで

コラーゲンの大量補給にはつながらない、というわけ。

コラーゲンの健康効果を謳う企業からクレームがきていない以上、これは事実である。

きっとウソ寸前の印象操作を駆使して「コラーゲン効果」を宣伝してるのだろうが

・・ほんっと、バレなきゃ何やっても許されるのか、この世界は。

 

まだ半信半疑の方には、福岡先生からのダメ押しを。

食べ物として摂取したタンパク質が、身体のどこかに届けられ、そこで不足するタンパク質を補う、という考え方はあまりに素人的な生命観である。〈中略〉       ついでに言うと、巷間には「コラーゲン配合」の化粧品まで氾濫しているが、コラーゲンが皮膚から吸収されることはありえない。分子生物学者の私としては「コラーゲン配合」と言われても「だから、どうしたの?」としか応えようがない82-3p

 

他にも「たくさん食べても太らない(太りにくい)食べ方」など

今すぐ役立つ"暮らしの知恵"がギュッと詰まっている本書だが

やはり真髄は、《生命という驚異のカラクリ》を

可能な限りの平易さで解き明かしているところにある。

秩序あるものは必ず、秩序が乱れる方向に動く。宇宙の大原則、エントロピー増大の法則である。この世界において、最も秩序あるものは生命体だ。生命体にもエントロピー増大の法則が容赦なく襲いかかり、常に、酸化、変性、老廃物が発生する。これを絶え間なく排除しなければ、新しい秩序を作り出すことができない。そのために絶えず、自らを分解しつつ、同時に再構成するという危ういバランスと流れが必要なのだ、これが生きていること、つまり動的平衡である。297p

今度こそ忘れぬよう、しっかり脳細胞(これも随時入れ替わるけど)に焼き付け

現在、続篇『動的平衡Ⅱ』を読みふけっている。

 

ではでは、またね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖地巡礼」の魅力に開眼 鎌倉ふたり旅 2022.4.17-18 2日目(2) 海蔵寺~江ノ電鎌倉駅~稲村ケ崎~極楽寺~腰越~長谷etc

2022年4月18日(月)海蔵寺江ノ電鎌倉駅稲村ケ崎極楽寺⇒鎌倉高校前⇒腰越⇒七里ガ浜⇒長谷⇒鎌倉駅

             一輪の花に、ハッとできる喜び。

 

夢見心地で海蔵寺の境内にたたずむこと、しばし。

ウグイスの歌声が響き渡る「十六ノ井」にも、足を運ぶ。

こちらは一応拝観料百円となっているが、いったん寺を出た住宅街の中にあるので

門内の料金箱に気づかなければ、有料ということにも気づかないだろう。

なんとも大らかな営業方針?である。

 

あんまり気分がいいもので、まっすぐ鎌倉駅を目指すのがもったいなくなり

仮粧坂から源氏山へと向かう道をたどってゆく。

こちらもうっそうとした緑のそこここでウグイスのホーーッ、ケキョが迎えてくれた。

「足元に注意」の看板が立つプチ登山道を一歩一歩登っていると

背後から中学生らしき数人の声が。

修学旅行でグループ行動しているひと組が、同じ道を追ってきたようだ。

毛を振るった新型コロナも、ようやく落ち着きを見せ

修学旅行が再開されたことを、他人事ながら"よかったなぁ"と感慨にふけってしまう。

ま、おかげでウグイスのリサイタルは、これにて終了、となったんだけどね。

 

登り始めてほんの数分で、源氏山への尾根道に到着。

そこから銭洗弁財天に下ってゆくと・・・来るわ来るわ。

学生服とセーラー服のグループが、鎌倉駅方面から続々と登ってきた。

修学旅行の再開こそ祝福したものの、基本的に賑やかな場所は苦手なので

40年前に訪れたことのある「銭洗」はパス。

『海街ダイアリー』のワンシーンが記憶に残る佐助稲荷もスルーして

ひたすら鎌倉駅を目指すことに。

山間のトンネルを抜けたと思ったら、もうそこは駅の西口だった。

 

時刻はまだ11時前。天気もまずまず。

江ノ電鎌倉駅で1日乗車券「のりおりくん」(800円)購入し

これまた40年ぶりの、江ノ電遊覧へゴー!

 

・・と勢いよくスタートしたものの

正直、午前中の〈海蔵寺体験〉が圧倒的すぎて

それほど「すごーい!」「面白い!」と強く印象に残った場所は多くない。

 

           稲村ケ崎は、あいにくの雨模様

         それでもサーファーたちは、海へと乗り出す

 

この後訪ねたスポットを時間順にたどってみると

江ノ電鎌倉駅🚃稲村ケ崎駅🐾稲村ケ崎🐾極楽寺駅🚃鎌倉高校前駅🚃腰越駅

🐾しらすや腰越漁協前店(しらす丼etcで昼食〉🐾腰越駅🚃七里ガ浜駅🐾付近散策🐾

七里ガ浜駅🚃長谷駅🐾光則寺🐾鎌倉いとこCafe和甘(きんつば&抹茶で一服)🐾

力餅家🐾長谷駅🚃江ノ電鎌倉駅🐾鎌倉ニュージャーマン(かまくらカスター他)🐾

ホテル(荷物ピックアップ)🐾江ノ電鎌倉駅🚃藤沢駅🚃中央林間・・・てな感じ。

 

        しらす丼とかきあげしらす丼を注文して、半分こ。

        リニューアルした長谷駅。だけど柱は昔のまま。

          光則寺。こちらはちょっと期待しすぎたか。

 

残念ながら、「しらすや」は期待していた「生シラス」が入荷してなかったし

"海蔵寺の感動ふたたび!"と乗り込んだ光則寺では、カイドウの花が終わっており

〈鎌倉を代表する花寺〉と称えられるほどの花に出逢うことができなかった。

本当に、ちょっとしたタイミングで天と地ほども印象が違うのだろう。

 

   稲村ケ崎から極楽寺駅へ。あいにくの雨模様。でも雰囲気は、最高。

   "名場面の宝庫"極楽寺駅。拝みたくなるのは、この〈門構え〉ゆえか。

     駅ホーム。何度も訪れた"記憶"だけがあるのは、不思議な気分。

 

そうしたなかで、最も印象に残った体験は

稲村ケ崎から極楽寺駅まで歩いてたどった道のりに、止めを刺したい。

ときおり小雨がパラつき、折り畳み傘を開いたり閉じたりしながらの散歩だったが

住宅街と思えないほど豊かな緑が(ウグイスも)、五感に沁み込んでくる。

しかも、この近辺は『海街ダイアリー』のヒロインたちが暮らす場所に設定されている

ため、作中何度も背景として登場している。

おかげで、稲村ケ崎周辺の石段や海岸、極楽寺駅の内外など

「あっ、ここもマンガに出てたぞ!」と、嬉しい驚きに遭遇することしきり。

なかでも極楽寺駅の前では、寺社に参拝する心境に。

アニメや漫画の熱心なファンが〈聖地巡礼〉にいそしむ気持ちが

いまごろになって、リアルに理解できたのだった。

(映画でしか作品を知らない相方は「ふーん、そうなんだ」程度の薄さだったけど)

 

       長谷の老舗・力餅家。これまた、初めてなのに懐かしい。

 

帰宅後、さっそく『海街ダイアリー』を引っ張り出し

1巻から読み返したのは、言うまでもない。

長くなりそうなので、読後の感想はまたの機会に。

 

ともあれ、"たまには温泉地じゃない近場で一泊旅行してみよう"という試みは

期待を超える充実感と満足感と共に終わった。

なにより、「いつ訪ねても新しい発見と感動がある」ことがわかったので

今後は京都&奈良と並ぶ、〈リピート旅行地〉に決定したのだった。

 

月頭につき、恒例の既読リストも書き加えておく。

2022.4 

★『芙蓉千里』『暁の兄弟 芙蓉千里Ⅱ』『北の舞姫 芙蓉千里Ⅲ』須賀しのぶ

★『永遠の曠野 芙蓉千里Ⅳ』米澤穂信

★『死体が語る真実』エミリー・クレイグ ★『はじめての古寺歩き』井沢元彦

★『合戦の日本史』安倍龍太郎 伊東潤 佐藤賢一 葉室麟 山本兼一

★『どうしようもないのに、好き』内田洋子 ★★*『新版 動的平衡福岡伸一

【コミック】

『チ』1~7巻(5巻まで既読)

百姓貴族』1~7巻(6巻まで既読)

ハクメイとミコチ』1~10巻(9巻まで既読)

『海街ダイアリー』1~9巻(全巻既読)

 

ここ2カ月ばかり、小説の世界になかなか没頭できずにいる。

今月(4月)もまた、普段の半分以下のペースに終わってしまった。

理由は明白。プーチンウクライナ侵攻だ。

圧倒的な「事実」の前で、しばしば「小説」は輝きを失う。

しかし、それでも人は、夢を紡がずにいられない。

 

ではでは、またね。