『望月の烏』で"八咫烏シリーズ"の凄みを知る  MakeMakeの読書録 -2026年10月-

まる1日だらけたおかげで

なんとか通常運転に戻ってこれたよ

まずは、月アタマ恒例の「読書録」からいってみよう

 

ちなみに、10月中に読了した本のラインナップは以下の通り

米印(※)付きは再読した作品

 

2026.10〔小説〕

★★★『望月の烏』阿部智里/文春文庫

★★『チャリオンの影㊤㊦』

  ロイス・マクマスター・ビジョルド/鍛治靖子訳/創元推理文庫

★『疾走!千マイル急行㊤㊦』小川一水/ハヤカワ文庫JA

 

〔小説以外〕

★『ネオカル日記』辻村深月/講談社文庫

★★※『見仏記 2』★★『- 道草篇』いとうせいこう・みうらじゅん/角川文庫

★『ひみつの王国 -評伝 石井桃子-』尾崎真理子/新潮文庫

 

〔コミックス〕

★★『瑠璃の宝石』①-⑧(初読は⑥⑦➇)渋谷圭一郎/HARTA COMIX

★※『彼方から』①-⑭ ひかわきょうこ/白泉社 花とゆめCOMICS

★★『天国大魔境』①-⑭(初読は⑫⑬⑭)石黒正数/講談社アフタヌーンKC

 

以上より、"揺さぶられた作品"をピックアップすると

 

【小説】

★★★『望月の烏』阿部智里/文春文庫

「八咫烏シリーズ」の12冊目となる

凡百の"シリーズもの"であれば

ネタ切れやらマンネリ化の風がちらちら吹き始めるところなのだが

この圧倒的な"物語の力"は、いったいどこから来るのか!?

たぶん最初からこの長大な物語の構成を決めていたに違いない

でなければ、さりげなく仕掛けておいた伏線が

ここで一気に爆発(と表現させてくれ)できるわけがない

 

いまや十二国記と並ぶ超ベストセラーにつき

粗筋など内容は、あちこちで紹介されているだろうから

気になる方はそちらをご覧いただこう

本稿では、ただ次の一文だけを記しておきたい

 

実は、本シリーズに関して

はじめの数巻は、再読(三読?)済みだというのに

本作を読み終えた直後

もう一度、一巻目から読み直さずはにいられなくなった

 

近年まれにみる傑作シリーズである

 

★★『チャリオンの影㊤㊦』

  ロイス・マクマスター・ビジョルド/鍛治靖子訳/創元推理文庫

正直なところ、この作品はさほど期待せずに読み始めた

前作『スピリットリング』が、いまいちビンとこなかったのだが

半強制的なサイコロ読書法Ⓒにより、積読山脈から引っ張り出したものであった

 

ところがぎっちょん!!(古いね)

さすがは傑作スペオペ「ヴォルコシガン・サーガ」生みの親!

ハンディキャップを抱える主人公が登場するなり

生ぬるくくすんでいた物語の舞台が

いきなり極彩色の天然色に彩られたのだ

(なに書いてんだかわかんなくなってきたぞ)

 

正直、ストーリーについては

クライマックスが近づくにつれて、やや強引さが鼻についた

ご都合主義と言われても仕方ないほど、偶然の巡り合わせに頼っていたのだ

しかし、ここで"すべては神の御導きなのだ!"という伝家の宝刀が降り下ろされ

出来過ぎと思えるお膳立てが、まるっと収まった

まったくもって、神様というのはオールマイティーなのだなぁ

 

なんかケチをつけたみたいだけど

実際のところ、とても面白いエンターテインメント・ファンタジー作品なのだ

幸い(?)本作からはじまる「五神教シリーズ」は全巻手元に揃っている

あとはサイコロの導きに従い、粛々と読み続けるのみなのだ

・・心配なのは、目の黒いうちに読み通せるかどうか、だけである

 

【小説以外】

★★※『見仏記 2』★★『- 道草篇』いとうせいこう・みうらじゅん/角川文庫

先月の繰り返しになってしまうので

ここは簡単に済ませたい

実は『見仏記2』のあとに続く『道草篇』は

「見仏記シリーズ」八冊目にして最新作(文庫)である

なぜ、5巻も飛ばしてしまったのか?との疑問には

--青森の寺を訪ねているからだ、と答えたい

実際、今回赴いた津軽の旅では

オシラサマで知られる「久度寺」を訪問

ありがたいことに、たまたまいらっしゃった住職のご厚意により

堂内にいらっしゃるオシラサマを拝見させてもらう、という幸運があった

きっとこれも、みうら&いとう『見仏記』のご加護の賜物に違いない

・・・例によって、ほぼ内容全無視の自慢話だけだったな

 

【コミックス】

★★『瑠璃の宝石』①-⑧(初読は⑥⑦➇)渋谷圭一郎/HARTA COMIX

"教養マンガ"という、古くて懐かしいジャンルを思い出した

いわゆる「学習マンガ」ほど勉強臭い副読本ではなく

エンタメ要素をしっかり組み込みつつ、多彩な知識を網羅している

文字通り"面白くてタメになる"コミック・シリーズなのだ

当初の予測では5~6巻でネタが尽きそうな雰囲気だったけど

古生物学や天文学など、岩石学`(地学)の枠を超えた世界へと視野を拡大

当分の間は、続きが愉しめそうである

ただ個人的には、「パンチラ」などブチHが1巻目で消えたのが残念

(最初は"チラリズム"でも客を呼ぶつもりだったのだろう)

 

※『天国大魔境』も、いよいよクライマックス!

 --なのだが、本作については完結後に語りたい

 

※それと、『彼方から」はアニメ化を機に

 本棚に眠っていたコミックスを引っ張り出して読み直した

 30年以上前の作品とあって、さすがに古さ&甘さは感じたものの

 黎明期の〈異世界転生ファンタジー〉としては充分に面白く読ませてもらった

 いかんせん、アニメのほうはヒロインのキャラ作りが残念過ぎ

 第1回放送の途中で視聴を断念した

 こんなに杜撰なアニメ化が、どうして許されるのだろう 

 なるべく悪口は言わないつもりだったけど

 原作コミックに対して余りに失礼な所業だったので、 たまらず書いてしまった

 

 

ではでは、またね。

  

 

 

 

 

 

 

ではでは、またね。

津軽の旅から帰ってきたよ~

ほぼ津軽(青森県西部)の旅から、昨夜遅く帰還し

今日から「うたた雑記」を再開するつもりだったけれど

思いのほかハードだった5日間のせいか

はたまた、寄る年波のお陰なのか

心身共にバタバタしており

予定していた「月イチ読書録」は、明日に持ち越すことにした

わざわざ待ってるような奇特な方はいないだろうが

いちおう、ご報告まで

 

ちなみに昨日までの津軽は、紅葉の真っ盛り

くるくる変わる天気に翻弄されつつも

肝心なところでは青空に恵まれたりして

予想以上に愉しむことができた

そのへんの詳細は、後日「旅日記」で回想してゆきたい

・・てなわけで、今宵は休養に専念するのだ

 

ではでは、またね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『時々、死んだふり』横尾 忠則/ポプラ新書 ネタバレ御免のEXTRACTION -414-

第一章    本当に死にそうだった  ――急性心筋梗塞で絵筆を持たなかった二週間

人生最大級の痛み、そして救急搬送

昨年(二〇二二年)の七月、急性心筋梗塞になったのです。朝の五時頃、トイレから出たら胃に突き上げるような痛みがありました。胃のどこかが悪いのかなと思ったら、続けてすぐに胸がものすごく痛くなった。痛みでトイレの前でしゃがみ込んだままで、気がついたらうちのカミさんが横にいる。普段、僕か一階に寝ていて、カミさんは二階にいるから、アクシデントを察知して降りてきたのでしょう。

とにかく、今までで経験したことのない痛さ。後で知ったけれど、あらゆる肉体の痛みの中で一番強烈なのが急性心筋梗塞なのだそうです。

正直、あの痛さから逃れられるのなら、このまま絶命してもいいと思うほどでした。そのほうが救われると思ったくらいで、不思議に死への恐怖はなかった。

気絶はしなかったけれど、この日は記憶が飛び飛びになっているのです。 [10]

 

手術室に入ると、体中至るところ、足首から手首まで注射を打たれたような記憶があります。麻酔も打たれたが、部分麻酔だったので手首から血管を通して何かを入れていることはわかりました。それは心臓の検査のためのカテーテルで、心臓の左の血管が一本詰まっていて、さらに後ろの血管が一本狭くなっていることが判明したそうです。続いて、足の動脈から金属製のチューブを入れて心臓の血管を広げる手術(ステント手術)をしました。

これらは全部後から聞いたことなんですけどね。

手術は一、二時間だったと思うけれど、その時のことはぼんやりとしか覚えていない。痛かったかどうか、苦しかったかどうかは、意識はあるんですがはっきりとした記憶がない。      [12]

 

緊急手術の中で、印象的なことというか、そのおかげで自分の気持ちを少し落ち着かせることができた出来事が二つありました。一つは、以前聞いていた建築家の磯崎新-あらたさんの体験談。

明け方の痛みが胃のあたりから来ていたので、胃の病気かなと思っていましたが、手術中に手首の血管から何か入れるというのがわかって、以前磯崎さんから聞いた話を思い出したのです。〈略〉

それからもう一つ、僕の心を落ち着かせてくれたのは、手術室に入る直前のカミさんとのやりとりです。

何が何だかわからないまま、手術室に入ることになった僕のところに、カミさんかが近づいてきました。ストレッチャーで寝かされている僕の顔を真上から覗いて、なんと嬉しそうに笑って「バイバイ」と手を振ったのです。

「バイバイ?」、僕は横になったまま、思いました。

もうこの世で会えないというお別れなのか、また後で会いましょうという意味なのか、“See you again”なのか、 “See you later”なのか、こういう局面なので一瞬そのことを考えました。

だけどともかく、彼女はものすごく嬉しそうな笑顔だったのです。それで僕は落ち着きました。これから何が起こるんだろうか、手術はどの程度のものなのだろうか、終わった後どうなるのか、など考え出すときりがないけれど、カミさんの「バイバイ」を聞いて、何も考えなくなったのは確かです。

それから少し悲しくなって、涙が流れました。   [14]

 

画家はアーティストではなく、アスリートである

二週間絵を描くことをやめて、訪れた一五日目はいつもと違う一日でした。

なんとたった一日で、一〇〇号の絵を三点も描いてしまったのです。午前中に一点、午後の三時頃までに一点、夕方にもう一点。

禁断症状が解かれたわけですが、きっと体が求めていたのでしょう。まるで何かに取りつかれたかのように、絵を描き始めました。これまではせいぜい一日一点で、こんなペースで絵を描くことはなかった。

その時の自分を表現すると、まさにアスリートのような気分でした。それも、完全なるアスリートというか、野球にたとえれば、ピッチャーの投げた球をそのまま打って、さらに投げた、打った、走った、そういう感覚であっという間に三点が完成しました。体が求めるままに無心でキャンバスに向き合って、気づくと作品ができあがっている。僕は画家というものは、アーティストではなくてアスリートだなと実感しました。  [21]                               

痛みと恐怖

振り返ると、心臓の痛みは本当に強烈でした。まさに、息ができないくらい。

この状況から逃れるには死ぬしか方法はないと思いました。死が駆け込み寺みたいに見えて、そこに飛び込めば助かると。

その時は、死に対する恐怖心はゼロでした。ふつうは死ぬかもしれないという局面になったら死に対する恐れや抵抗感が出てくると思うし、僕自身、以前は誇大妄想的ともいえるほど死を恐れていたけれど、それがまったくなかった。

どうしてだろう、不思議なことだと思っていたのですが、次のようなことに思い至りました。

一般的に死を恐れるのは、自己という存在が消えてしまうからでしょう。もし人間の実体が肉体ではなく霊魂にあるとするならば、肉体の死は恐れるものではなくなります。今、僕は死んだら肉体を脱ぎ捨てて霊的な存在となって別の次元に行くと思っているので、死は一つの区切りにすぎません。そういうことが背景になっていたと思います。

とにかく強烈な痛みだったので、それから逃れるために絶命したとしても、それが宿命だと思うだけです。      [25]

 

それにしても、痛みから逃れるために死んでもいいと思い、しかも死への恐怖感もないなんて、今思うといい経験をしました。僕は死の入口を垣間見たような気がします。[28]                               

 

結局のところ、病気の恐怖を増幅させているのは、これから起こるかもしれない未来を不安に思う気持ちかもしれません。病気をしていない人がその病気にかかったらどうしようと想像している時のほうが怖いと思う。僕は体験したから言えるけど、イマジネーションの中の恐怖のほうが現実の恐怖よりも強いんじゃないですか。   [29]                                              

僕は病気と闘わない [33]

絵は軽くなきゃいけないし、心が軽やかになって描く絵は軽くなります。一方、考えた絵はどうしても理屈っぽくなります。余計な計算や効果や、他者を意識するからです。                                                   

人生は軽やかでなければいけない。

そして単純でなければいけない。

絵も同じ。        [38]

 

第2章 僕も時々、死んだふり 

生き物たちの「死んだふり」戦略

動物が死んだふりをするのは、僕も子どもの頃、カエルを捕まえてお腹をなでると動かなくなるので知っていました。この本によると、学問的にこの「死んだふり」(フリーズ)について研究した人はこれまでにいなくて、宮竹先生が世界初ということです。コクヌストモドキなど小さな甲虫についてさまざまな実験を繰り返して、死んだふりをするグループとしないグループがあることを突き止めます。そして捕食者であるクモが近づいた時、死んだふりをすると襲われる確率が明らかに低くなると結論づけています。

生物にとってこの戦略は有効で、ヒト、オポッサム、ヒツジ、キジ、ヘビから、サメ、スズキといった魚類、さらにはミジンコにもこの死んだふり行動が観察されているそうです。捕食者であるサメがこの行動をとるのはなぜか、またミジンコにとって死や死んだふりはどんなものだろうか、などもっと知りたくなります。 [42]                                                         

そもそも死んだふりをするのは、非常に怖いこと。虫でもカエルでも敵というか捕食者の目の前で、大の字に仰向けになって、「はいどうぞ、殺してちょうだい」と体を差し出すわけだから、勇気というか、信念というか、そういうものがないとできないことです。虫にとっては本能的にそうなるのかもしれないけれど、人間にとっては相当の覚悟が必要です。

生きるか死ぬかの瀬戸際で、無防備になって相手に「好きにしてください」と任せてしまう。これは運命に従うということにも似ている気がします。人生の中では運命に襲われるというのか、とても厳しい状況になることがあるけれど、その時に神様に身を預けるように運命に自分を預けてしまう、そういう覚悟が大切だと思います。    [42]                                             

死亡通知と『遺作集』

その頃、僕はデザイナーとして東京で生きていかなければならないという時期でしたが、目の前に大きな壁が立ちはだかっているのを感じていました。その壁を越えるためには、相当ばかばかしいことをやらないといけないと決意したのです。

死亡広告・死亡通知を出せば、本気にして怒る人も当然出てくるだろうし、批判の対象にもなるでしょう。その一方で、面白がる人がいるかもしれない。

その否定的要素と肯定的要素を全部受け入れて、一種の遊びともいえる表現をしようと思ったのです。     [47]

 

アートの枠組みの中だけでは駄目だ、大衆を巻き込まないと面白くならないと僕は思っていました。スキャンダリックに扱われ、事件となって初めて人々は関心を示します。美術館やギャラリーでやると、それはコンセプチュアルな作品になって、その中だけの出来事になってしまう。だから遺作展はデパートでやりたかったのです。

僕はデザインを含めて、アートはスキャンダリズムがないと駄目だと思っています。大衆が好きなのはスキャンダルです。週刊誌だって「衝撃のスキャンダル!」がたくさんあるほうがよく売れる。だからアートも多くの人に見てもらったり、商品化を意識したりするには、その要素がないといけない。

たとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』では、モデルは誰か、微笑みの意味は何か、など大衆を巻き込んだ議論が続いています。またピカソの『ゲルニカ』はスペイン内戦のフランコ側を批判する作品なのか、戦争の悲惨さを表現しているのか、など政治的なテーマも含めて議論されました。作品はスキャンダルに包まれると、より輝くのではないでしょうか。      [51]

 

一連の死んだふり行動は、デザイン界をばかにしたものであったので、その後どうなるかと思ったけれど、やってみると、どうっていうことはなかったのです。「やればできる」「やったもん勝ち」ということを、そこから学んだ気がします。     [53]                                                      

アートはスキャンダリズムがないと駄目。

多くの人に見てもらったり、

商品かを意識したりするには、

その要素がないといけない。         [54]

 

自分のお葬式の夢を見た 

ふと見ると、うちのカミさんがギャラリーの人と、遺影をどれにするか、いろいろな写真を並べて話し合っている。どの写真がいいか迷っているから、それならいろんな時代の写真を並べて、お焼香に来た人が僕とつきあっていた時期の写真のところで手を合わせればいいじゃないか、というアイデアをカミさんに波動で送る。僕は死んでいるから声が出せないので、波動で伝えようとするけれど、なかなか受け取ってくれません。

一方、玄関では新聞社の担当の人が受付のテーブルを並べている。けれどもテーブルはむきだしで、白い布がない。僕はこういう時は白い布を置かなければ駄目だよと波動を送る。するとその人はある程度キャッチして、自分のポケットから白いハンカチを出して、テーブルの上に広げる。僕はハンカチじゃない、もっと大きい布でなければ、ともう一度波動を送る。すると、白いハンカチがどんどん大きくなって、テーブルを覆うという不思議なことが起こるのです。

自分のお葬式を上から冷静に眺めて、浮かんだアイデアや修正点を波動で送るというリアルな夢でした。これは「死んだふり」というよりも、臨死体験に近いのかもしれない。             [55]

 

自分の中の閻魔大王

死の側から生をとらえる時には、死んだらどうなるのか、という問題を避けて通れません。「死んだら終わり」「すべて無になる」と思っている人も多いでしょうが、僕は「向こう側の世界がある」と思っています。

死後の世界には、こちらの世界の富や名誉や地位や知識や権力は持っていけない。全員が等しく無名の存在になるわけです。こちらの世界で真心を持った生き方をしていないと、向こうの世界で大変だと思います。向こうの世界には、天国と地獄があるかもしれないのですから。

僕は生きている時の相対的な生、それの結果が死後の世界を形成すると思っています。つまり、その人がどう生きたかによって、死後の世界がどうなるかが決まるということです。

「死んだ後どうなるか」と僕に聞いてきた人がいたので、「生きてきた時の想念や思いがそのまま死んだ時に具現化する、あるいは形を変えて具現化するので、こちらの世界と向こうの世界はイコールでつながるのではないですか」と答えました。その人は「怖い、怖い」と言っていましたが、ということは、こちらの世界でかなり怖いことをやっていることになります。  [62]

だから、死んだらどうなるかということを心配するよりも、今を一生懸命生きることが大事です。それは特別のことではなくて、自分の納得した生き方をするということ。さまざまな執念や我欲をなくすようにする、そのように考え方を変えればよいはずです。

近年よく断捨離-だんしゃりという言葉が使われていて、物を整理しなさい、物を捨てなさいという意味になっている。けれど本来はもっと抽象的なもの、その人が抱いている執着を捨てて、空っぽになって向こうの世界に行くことを指すのではないでしょうか。                                         

死んだ時に問われるのは、その人の人間性だと僕は思います。かつての日本人の多くは、死ぬと閻魔-えんま大王がその人の罪を裁いて、極楽(天国)に行くか地獄に行くかを決めることになっていると考えていました

閻魔大王は自分の中にいると僕は思っています。自分の中の閻魔大王は自分の長所、短所など、ありとあらゆることを知っている。他人だったら嘘をついたり、ごまかしたりできるけれど、自分にはそれはできない。だから自分の中の閻魔大王と向き合うのは怖いですよ。怖いから、死後には何もない、無になると言っている人が多い気がします。

目に見えないものは認めない、科学的に証明されないものは認めないというのが現代社会の発想です。でも目に見えないものがあってもいいという視点に立てみるのも悪くない。時には死んだふりをして、自分が死んだらどうなるか、生きていて一番大切なことは何か、などを考えることは意味あることだと思います。 [64]                                                             

ビートルズと三島さんに導かれて

実際にインドに行くと、生と死は一体としてからみ合っているものだということを体で感じることができました。そもそも生と死は一体のものですが、日本ではそれが隠されていて、特に死は日常生活から切り離されている。そして普段はまったく信仰していないのに、人が死ぬと急に仏教徒になって、あの世のことを考えたりする。

インドでは、老人が死にかけて横たわっているその隣で、おばさんが必死になって生きるための食べ物を売っている。このような光景に何度も出くわしました。生と死が渾然-こんぜん一体です。死んだり、死にかけているからといって、悲しんだり、悔やんだり、泣いたりする人はいない。

また、街を歩いていると物乞いがひっきりなしに手を差し出してくることにも驚かされました。枯れ木のような細く弱々しい手でシャツの端を摑まれた時には、冷たい霊気のようなものを感じました。貧困もあからさまで、これも日本ではなかなか見られないものでした。        [71]

 

下痢をしてインドがわかる

インドでは、天国のような感動と地獄のような苦しみの両方を体験しました。

感動の例をあげれば、カシミールの中心地スリナガル(シュリーナーガル)にあるナギン湖の夕暮れです。湖の対岸に位置するヒマラヤの山々の万年雪がピンク色に輝き、日没が近づくと青い影がせりあがってきて、徐々に山々の輝きを消していく。そしてあたり一面が青一色になると、今度は野生の鳥が一斉に鳴き出して、世界は生命に溢れているということを感じさせてくれるのです。

地獄のような経験といえば、ひどい下痢にかかったことでしょう。僕はインドに行くと必ず下痢になりますが、インドへ行った日本人はほとんどそうなるんじゃないかな。衛生状態が違うし、水が違うから仕方がない。

お腹を壊すと苦しくて、力が出なくなる。でもそれを解脱-げだつと思えばいいんです。体が浄化されるのだから。

下痢になると、体から水分が排出され、何も食べられなくなるから、体がどんどん弱っていきます。それに従って精神も弱っていく。けれども精神が弱ってくると、少しずつインドがわかってくる。

清新な健全な間は、日本から見ているインドですが、下痢はそれを強制的に壊してくれる。日本的なもの、文明的なものを体外に排出し、吐き出してくれるようなものです。そして空っぽになれば、必要なものが全部入ってくる。言ってみれば強制的に「死んだふり」にさせてくれるわけです。     [75]

 

一九七八年にミュージシャンの細野晴臣さん、写真家の大石芳野-よしのさん、ライターの太田克彦さんたち六人と一緒に南インドを旅しました。僕以外の六人はインドが初めてなので、「インドに下痢は付き物です。でも二、三日で治ります」と説明していました。その前の二回のインド旅行では、下痢になったけれど、断食をすれば二日程度で回復していましたから。

五日目くらいからメンバーに症状が現れて、細野さんが一番重症でした。〈略〉

僕は一晩中、便器を抱えている状態でした。細野さんはその前からだったので、もっとひどくて、スルメのように厚みのない体になってひっそりと寝ていた。

細野さんは「ここで死んでもいいだろうなと思った」と、後で教えてくれました。

そんな時に皆でマドラスの日本総領事館を訪ねることになりました。そこで細野さんと僕の症状を話したら、総領事は「水を飲まなかったでしょうね。インドで肝炎にかかると治りません。死にます」と言うのです。それから、「明日自宅で日本料理を用意するから。とにかく来てくれ」と招待してくれました。

久しぶりの見事な日本食で、僕と細野さんにはおかゆが用意されていました。

こんなおいしい食事はインドで初めてです。それから二人は見る見る元気を取り戻し、無事に帰国できました。

このひどい下痢によって、僕は僕自身の地獄と対面できました。しかし病気の後は、常にインドに驚きインドに怯-おびえる自分ではなくなっていました。

下痢によって「私」への執着を消すことができたのでしょう。このことは、インドならではの病気のご利益かもしれませんね。  [77]

 

豊島横尾館は生と死の出会う場所

死をテーマにした僕の個人美術館があります。それは二〇一三年に立てられた「豊島-てしま横尾館」で、瀬戸内海の親釜県と香川県の中間に位置する豊島にあります。

これは、岡山に本社があるベネッセの会長(現・名誉会長)の福武聡一郎さんから「自分の葬館-そうかん」=弔いの館を作ってほしいと頼まれたものです。福武さんは、この地域の自然を大切にしつつ、地域を活性化したいという考えから、個人資産を寄付して直島-なおしまや豊島に美術館を作り、瀬戸内国際美術祭を企画しています。     [79]                           

塔は男性器を、滝は精液を象徴しています。その滝の水はナイル川となって庭の池に流れていきます。庭には赤く塗った石を多数配置して、異世界を感じさせる空間としました。だから「死の島」は同時に「生の島」です。       [83]

 

第3章 面倒くさいで救われる 

「面倒くさいことはやらない」主義

僕は「面倒くさい」という言い方を日常的によく使います。難しい局面、ちょっとややこしいな、と思った時には、いじくりまわさず、そのままほっちゃらかしておく。僕はそうして生きてきたように思います。

面倒くさいことはやらない、その結果困ったことになっても、「しゃーない」と受け入れて、そのうちなんとかなるだろうと楽天的に考える。そういうラテン的な考え方は関西人に多いのかもしれない。

物事に白黒つけて、論理的に考えていくことは社会生活をする上では必要なのでしょう。けれども突き詰めて突き詰めて論理的に解明しようとすると、そのことにとらわれて悩みがどんどん膨らんでいくこともあります。また、そもそも自分ごときには処理しきれない事柄かもしれない。

それならば、「面倒なことをしない」という無責任さで対応したほうがいいんじゃないですか。無責任な、と誰かが顔をしかめてもかまわない。この無責任さを貫くのにも、なかなか責任が伴うので大変です。        [92]

 

仕事のことで、手間や時間がかかって面倒だなということはそれとは違います。僕は仕事を引き受ける時に、受けたほうが得か損かという計算はしません。

好きか嫌いか、それだけです。

仕事では、なるべく人のやっていないことをやろうと考えるので、それなりに手間と時間がかかることもあります。けれども、自分の思っていることを実現するための作業だから、大したことではない。

仮に長い日にちのかかる作業でも、先のことは考えず、その日やるべき仕事をやっていれば、いつかは形になります。面倒な仕事でも、自分の人生を左右する問題ではないから、気が楽なのです。        [93]

 

結婚は相手任せ、職業は運任せ 

美大を受験することになって猛勉強をしたこと、試験の直前に中止したこと、印刷所に勤めたこと、神戸新聞社でデザインの仕事をやるようになったこと、そして結婚したこと。これらは、すべて自分でやりたいと思ったことではなくて、そういうふうにさせられてしまったことです。しかもそれが全部、現在につながっています。

だから、放っておけば、その人にとって必要なことをさせられるようになっていくのが運命だと思っていました。運命に身を任せればよいところに連れていってくれる、これが僕の実感です。      [102]

 

受け身の姿勢、優柔不断で生きてきた僕ですが、自分で道を決めた一番大きな出来事は画家に転向したことです。

一九八〇年にニューヨーク近代美術館(MoMA)で「ピカソ展」を見ていたら、何の前触れもなく、「画家になる」という言葉が閃-ひらめきました。僕の頭の中で誰かがそう言っているような、突き上げるような感覚です。抵抗できないくらい激しいものでした。              [104]

 

運命に身を任せれば

よいところに連れていってくれる

これが僕の実感です。     [107]

 

 

今回は、107/188まで

毎度のことだが、ここから先はさらに面白い

 

ではでは、またね。

 

※明日から5日間ほど

津軽エリア(青森県西部)を回る予定

ブログの再開は、11.3以降かな

『屍鬼(一)』小野不由美/新潮文庫 ネタバレ御免のEXTRACTION -413-

全5巻という大長編から

プロローグに相当する1冊目を取り上げる

これならネタバレ度は低いだろうと勝手に決めつけ

今回は、巻末までEXTRACTIONしてみた

 

「慣れない方には、気味が悪いでしょう」

内心を読んだように広沢が言って、結城は苦笑した。

「最初は驚きましたが。おまけに衣を着た鬼が松明を点して練り歩く――まるで祭りと言うより、何かの呪いのようですね」

「呪いとまじないは、結局のところ同じものですから。神事はそういうものですよ。虫送りも正式には御霊会と言うんです。悪霊が祟らないよう、祀って遠ざける。人と神の仲というのは、意外に冷たいものです」

「土着の祭礼というのは、そういうものかもしれないですね」

広沢は頷いた。いつの間にか武藤は、缶ビールを握ったまま、うとうととしている。

「祀って捨てたものだから、帰りには面を被ってはいけないんです。鬼は村の外に追い出したんですから。昔は川で沐浴して衣を換えて戻ったそうですけどね。さすがに酒も入っていて危ないので、絶えましたが」

「なるほど。――そういう変化はあるんですね」 [46]

 

村の至るところで人が移動していた。人々は耳から情報を注ぎ込まれると、それが零れ出ないように小走りに歩き、辿り着いた先で内圧でもって弾けるようにして口から吐き出した。にもかかわらず、駐在の高見が足を止めて何かを尋ねようとすると、ぴたりと口を閉ざしてしまう。 [265]

 

「結城さんは虫送りを覚えてらっしゃいますかね」広沢は静かに言う。「別当を担いで祠から祠へ練り歩いたでしょう」

「ああ――ええ」

「あれはそもそも道祖神の祠なんです」

結城は首を傾げた。広沢が唐突に何を言いだしたのか、一瞬、意図を掴みかねる。

「道祖神……というと、道の神様ですよね」

「堺の神、と呼んだほうがいいんだと思いますが。外場では道祖神がよく残ってます。地蔵や庚申塚の形をしていても、必ず石でできていて、性質としては明らかに道祖神の役割を果たしているんだそうです。村のウチとソト、その間にある神なんですよ」

結城は瞬いた。

「済みません。わたしはそのへんは疎いもので……」

失礼、と広沢は笑む。

「道祖神というのは、本来的にはウチとソトの堺の神なんです。我々は自分の家のことを『ウチ』というふうに称しますよね。これは自宅の建物そのものを示すだけではなく、もっと観念的なものを含んでいるものです。自分や自分の空間、家族やそれらにまつわる記憶、様々なものを包含するイメージとしての『ウチ』というものがあるんですね」

「ああ、たしかに」

「建物としての『ウチ』は境界線が明瞭です。家の壁、あるいは敷地の境界線、だいたいは建物の壁や塀で囲まれた空間を指すのだと思うのですが、いずれにしても、ここからここまでが自分の家だ、という境界線があるものですね。ところがイメージとしての『ウチ』には、明瞭な境界線がないのです。『ウチ』の外側には、必ずウチともソトとも区別のつかないグレイゾーンがあります。それは場合によってウチになり、場合によってはソトになることもある」

「はあ……ええ」

「村の場合も同様です。外場は行政上は外場校区といいますが、こちらのほうは境界線がはっきりと決められています。けれどもイメージとしての村の境界線は曖昧です。いわば村全体が『ウチ』なんですね」

「ウチの会社、ウチの学校――」

「そう、それと同様です。我々は村を『ウチ』として認識するのですが、ウチがあればソトもある理屈で、結局のところ、これは世界をウチとソトに二分することなのですけど、そうすると、その境界線はウチなのかソトなのかという問題になる」

「はあ、それはたしかに……」

「観念に線を引くということは、そういうことなのでしょうね。白いものをこちらへ、白ではないものを黒としてあちらへ弾いていく。すると最後には白黒どちらとも言えないグレイなものが曖昧なまま残されてしまいます。つまりはグレイゾーンでイメージを区切って二分する、ということです。このグレイは場合によって――比較するものによって白になったり、黒になったりする」

「ああ、そうなのかもしれないですね」

「我々がイメージする『ウチの村』というものの境界線は、『ウチ』と同様にはっきりとしません。曖昧なグレイゾーンに取り巻かれている。この曖昧なグレイゾーンが『境』で、『境』というのは結局のところ、ウチでもありソテでもあります。道祖神というのは、この境の神なんですね。ウチとソトの間に位置する、『境』そのものの神」

「へえ……」

「ですから道祖神は、ソトから進入しようとする邪霊や悪鬼からウチを守り、豊穣をもらたしてくれると同時に、道祖神そのものは悪霊だったりするわけです。この両義性が道祖神の特徴で、石というのは古来、生命のあるものとないものの境の物質だとされています。ですから道祖神として、石や石碑、石地蔵を村境に祀ってあるんです」

「ああ、その道祖神を供養してまわるわけですね、お供えをして。そうしながら、ベットを振って村の中の穢れや罪、害虫や疫病を移して、境に捨てるわけだ。そう言えば、この手合いのお祭りでは、必ず村のはずれに捨てるんですね、不思議にソトじゃない」

広沢は破顔した。

「そうです。それこそが境の両義性なんでしょう。村にとって鬼は疫病の暗喩です。ベットに従って鬼も一緒に村境へと出て行く。そうしながら、ウッポして境の内側を踏み清めていくんですね」

「なるほど、鬼はソト、福はウチだ」

結城が笑うと、広沢も笑った。

「未だにね」と、広沢は温厚に笑みを含んだまま言う。「そういう祭りを後生大事にしているところなんです、この村は。村の者にとって村はウチで、それ以外の場所はソトなんですよ。ものすごくウチという意識が強い。かえせばそれだけ、ソトから孤立している」

「ああ……それは分かるような気がします」

広沢は息を吐いて、コーヒーのグラスを見つめた。

「山入は、消滅寸前の集落でした。残っているのは三人だけ、それも地理的に孤立していたために、村の者からすると隔絶感があったのだと思うんです。山入が村のウチかソトかと問われると、過去の歴史や現在の行政上の区分けを考えても、ウチだとしか呼べない。けれども、意識のうえでは、どこかもうソトだという認識なのだと思うんです」

結城は、ああ、と頷いた。

「ウチとしてのイメージから弾き出されて、境のものになっていたんですね、山入は」

「そうなんだと思います。山入で老人が死んだ、これはウチの人間からすると、純然たる悲劇です。三人もの老人が孤立したまま、誰にも看取られることなくひっそりと死んでしまったわけですから。けれども、ウチにとっては悲劇でも、いったんソトに出れば対岸の出来事にすぎないのです。とは言え、対岸の出来事であっても、悲劇は悲劇です。我々が外国の災害を目にして、悲惨だ、可哀想だと思うように、対岸の出来事も悲劇として認識される。そこにはリアリティや実に迫った感じが失われているのですけど、これは悲劇として受け止めるべきだ、という思慮が働いて、悲劇として認識されるのです」

「けれど、山入はソトでもなかった?」

「そうですね。山入は境でした。ウチでもなく、ソテでもない。粛然とするほどウチのことではないのです。やといって、無分別に騒いではならないという思慮を働かせることができるほどソトでもない」

「山入に対する扱いがどうしても浮つくのは、そういうことなのでしょうね。そして葬儀というのは、祭祀のひとつであり、祭祀というのは日常に対する非日常という意味で、祝祭の一種なんです。大勢の人が集まってひとつの儀式に参加する、という意味で祭りとはなんの違いもない。そこにさらなる非日常が飛び込んでくる。それはまったく無関係ではなく、しかも安全なほど離れた非日常です。だから、相乗効果、と言うのですかね――どうしても賑々しくならざるを得ないのでしょう」

「そうですね……」

結城は頷いた。なるほど、そんなものか、と思う。納得しつつ、心のどこかで落胆していることも事実だった。  [290]

 

だいたいだな、と敏夫は湯飲みを清信に突きつけた。

「滅多に寝込まない人間ってのは、滅多に病気をしないんじゃなくて、多少具合が悪くても踏ん張りが利くんだ。自己管理能力が高いから、風邪程度なら働きながら治す。苦痛に対して辛抱強い。そういう人間が寝込むなんてのは、よほどのことなんだ。それを周囲は滅多に寝込まない人間なんだから、そのうちに治るだろうと舐めてかかって、常にあそこが痛いだの、ここが悪いだの言っている甘ちゃんばかりを看病する」  [203]               

 

「まったく、村の連中はどうかしてる。山入でいきなり三人もの人間が死んだんたぞ? 転居者の生活に首を突っ込んでる場合かね。連中があれこれ聞きたがったのも昨日まで、トラックが来たら、そういうことはどうでも良くなったらしい」

「みんな、他人事だと思ってるんだよ」

「その通りだ。だが、人間は誰だって死ぬんだ。他人事の死なんてあるもんか」

言って敏夫は息をつく。

「死体が発見されたと聞けば、祭りか何かのように騒ぐ。こっちがいくら内因死だと説明しても、無理心中だの変質者だのと言うわけだ。伊藤の郁美さんのように祟りだの呪いだのまで引っぱり出す。一大事だ一大事だと言って、さもこれが自分たちの運命を決する重大事のような顔をするわけだが、その重大事はたった一軒、引越しがあったら忘れられる程度のものらしい」

清信は苦笑した。

「みんな退屈なんだよ。変化は歓迎するところなんだろう。本人たちも分かっているんだ、別にこれは何でもないことだって。反対に、分かっているからこそ、退屈しのぎの娯楽にできるわけで」

やれやれ、と敏夫は溜息をつく。もちろん、清信が指摘したようなことは、敏夫だって分かっているのだ。 [334]

 

陽射しを浴びて歩きながら、何だろうな、と夏野は辟易した気分で思う。

山入の老人たちは孤立していた。ネットワークから外れていたというのも事実だろう。もはや頻繁に連絡を取る者もなく、訪ねる者もいなかった。だからこそ、三人が三人、死んでしまうまで発見されなかった。

だが、老人たちも孤立は了解していたはずだ。自分たちが寂しい環境に置かれていたことは分かっていたはずだし、そのうえ地理的にも孤立していたことなんて百も承知だったはずだ。自分たちが高齢で、何が起こるか分かったものではないことも了解していたはず。それでもなお、山入に踏み止まっていた。

孤立を恐れるなら、それなりに孤立せずに済むよう、行動したはずだ。梓が言っていたように、村には老人のための組織もあるし、独居老人たちが互いに互いの生活を見守るためのネットワークもある。孤立が怖いなら、そのどこかに積極的に所属すれば良かったのだし、それをしていなかった以上、山入の老人たちは孤立を承知でそうすることを選んだのだ。本人たちが孤立を望んでおらず、なんとか社会と接触しようとしているにもかかわらず、それができないのだったら問題だろう。だが、それは可能だった。あとは山入の老人たちの意思ひとつのことだったのだ。

父親の理想は分かるが、孤立を避ける意思を持たなかった人間を他者が抱え込んで心配してやらねばならない理由が分からない。おおむね、父親の主張というのはそうだった。本人が選んで寂しい生活をしているのだから、その結果、不都合が起こっても承知のうえだろう。承知しているべきじゃないのかと、夏野には思える。老人たちが孤立を自覚しておらず、あるいは孤立に危機感を持っていたにもかかわらず、それを払拭するための行動を起こしていなかったのだとしたら、――あるいは、万が一の場合を想定していなかったのだとしたら、そんなものは本人たちが愚かだったというだけのことだ。どうして他者が先まわりして心配してやらねばならないのかが分からない。

「……余計なお世話って言うんだよな」

夏野にはそういう気がする。愚かに生き、愚かに死にたいのならそうさせればいい。それも本人の選択の自由のうちだ。ましてや老人たちは、すべてを承知したうえで、あえて孤立していたのかもしれないじゃないか、と思う。三人の孤立した老人が体調を崩し、救済を他者に求めなかったことが不思議がられているようだが、不思議に老人たちがあえて助けを求めなかった――なぜなら、すでに外場という村もそこに住む住人たちも、老人たちにとっては赤の他人だったからだ――という意見は耳にしたことがなかった。

(あの家だって)

夏野は足を止めた。振り返ると、緑の斜面の中程に、兼正の屋敷の威容が見えた。

挨拶をするもしないも、そんなのは住人の勝手じゃないか、という気がする。田舎に地縁を求めて越してきて、積極的に村人と交わろうとするのも本人の自由なら、閑静な環境だけを求めて越してきて、煩わしい地縁を拒絶するのも本人の自由だ。

(なんだかな……)

自分は正義と良識の側にいるのだ、という確信を、夏野は常に父親から感じる。自由と人権と善なるもものの庇護者を自任していながら、父親は息子の自由意志には無頓着だ。夏野には、父親が「愚考」だと思うところの行為を運ぶ権利がない。問答無用に夏野の自由を侵害している自分を、父親は果たして理解しているのだろうかと思う。[350]                     

 

「なんだ? 便所か?」

「帰るんだよ。空気が悪いから」

正雄は夏野を一瞥した。シャツを取って足音高く保の部屋を出る。その背を夏野が見送った。

「何なんだろうな、あいつは」

徹は苦笑した。

「お前が正雄の自慢話に乗ってやらないからだよ」

「転入者を見たって話なんか、なんだってありがたく聞いてやらなきゃなんないんだよ」

「それが付き合いってもんなんだよ。興味がなくても、あるふりぐらいはするもんだ。今からそんなだと、お前、社会に出てから苦労するぞ」

「おれの苦労なんだから、ほっとけっての。んで? 自慢話に乗ってもらえないからって、相手を睨みつけて退場する奴は、苦労せずに済むわけか?」

徹は軽く額を押さえて失笑した。

「まあ、あいつも問題あるけどさ。正雄はちょいと我が儘なとこがあるからなあ。面白くないことがあると、いつもああなんだよ」

「……ふうん」

「あいつって兄弟のいちばん下だろ。しかも兄貴とは歳が離れてるんだよな。いわゆる恥かきっ子ってやつで」

「いくつ離れてんの」

「宗貴さん、いくつだったかなあ。もう三十の半ばじゃないか? 二番目の兄貴も大差ないはずだし、十五くらい離れてんだよな」

「十七だよ」と、保が口を挟んだ。「だからあいつ、母親に猫っ可愛がりされててさ。もうお袋さんは死んでんだけど。だから自分の思うようにならないと、気に入らないんだ」

「馬鹿か」

「まあな」徹は苦笑する。「そもそも屈折したところがあるしな。兄貴二人は出来がいいんだよ、あそこの家は。比べられるから卑屈になるんだよな。おまけに正雄は甘やかされて育ってるから、それを正面から受けて立つだけの度量がない」

「そうじゃなく。徹ちゃんたちの言い分が馬鹿くさいってこと」

「おいおい」

「一人っ子だから我が儘だとか、歳の離れたいちばん下だから甘やかされてるとかさ、そういうのって通説だろ。同じ環境に育ったら、必ず同じ人間ができんのかよ。人間には個性ってもんがあるだろうが。それを適当に約(つづ)めて本人無視して、イメージに振りまわされてるのが馬鹿くさいって言ってんの」

お前なあ、と保は息を吐く。

「おれたちはお前の肩もってやってんだろ。さりげなく正雄のフォローをしつつ、お前を立ててやってる、と。こういうのを気配りって言うんだよ」

「陰口の間違いだろ。そういうセコい味方なんて、いらねえよ」

「……お前、そういう態度ばっか取ってると、そのうち誰かに刺されるぞ」

「刺すほどの度胸のある奴がいたら受けて立ってやるよ」

まったく、と徹は笑った。夏野の言い分が正しいかどうかはともかくも、こうやってあっさりと言って放つところが夏野の夏野たる所以だ。  [355]

 

「けれども不思議なものでね。そういう新住民というか、新しい人のほうが余所者に対する当たりがきついんですよ。もちろんどちらの陣営にも例外はあるんですが、概して古い家のほうが余所者に対して鷹揚ですね。区別はするけど露骨な差別はしない。新しい人のほうが露骨なんですよ」

へえ、と結城は瞬く。加藤が静かに口を挟んだ。

「有機体のようでしょう」

一言だったが、それは結城の村に対する思いを、うまく表現しているように感じた。

「そうですね。……本当にそうです」

村はそれ自体が、ひとつの有機体のように存在している。

複雑な成り立ちがあり、その内部では様々なシステムが蠢いている。変化を繰り返しながら増殖し分裂し貧蝕し代謝し、総体としての存在を維持する。――生命活動のように。   [467] 

 

「ロマンティストなのね。――おセンチというか」沙子は言って立ち上がり、スカートの埃を払った。「まるで、若い人が死ぬことは、特別、酷いことだと思ってるみたい」

静信は軽く口を開けた。

「酷いことだと、思わないのかい?」

沙子は振り返る。勝気そうに静信を見た。

「死は誰にとっても酷いことなのよ。――知らなかったの?」

静信は言葉に窮した。

「若くて死のうと歳を取ってから死のうと関係ないわ。善人だろうと悪人だろうと同じよ。死は等価なの。特別に酷い死も、酷くない死もないわ。だからこそ死は恐ろしいの」  

死は等価、と静信は呟いた。

「若いとか年老いているとか、日頃の行ないがどうだとか、そういうことはその人が生きている間だけしか意味を持たないのよ。年齢も個人のパーソナリティーも関係がない。来るときは来るんだし、そうやってその人が拠って立つところを全部、無意味なものにしてしまうから、どんな死も酷いことなの。違う?」

静信は頷いた。  [515]

 

あの木苺の陰。樅の幹に寄り添うようにして、恵が何度も立ちつくしていたことを夏野は知っていた。気候が緩んだ頃からそれは始まり、春休みには頻繁になり、それから徐々に間遠になっていたものの、結局、最近まで続いていた。木陰からじっと窓を見ている。――それが何を意味するのか、もちろん夏野には分かっていた。

恵はいつもそうだった、と夏野は思う。片思いの相手の家を訪ね、こっそりと隠れて窓を窺う。それはひょっとしたら恵の中では、健気でいじらしい行為だったのかもしれない。おそらくはそうやって恋する乙女とやらを演じることで、恵はせつない片思いを満喫していたのだ、と思う。ひょっとしたら期待だってあったのかもしれない。そうやって立ちつくす自分を見つけてくれた相手が、恵の恋心に感じ入って、恵を受け入れてくれるかもしれない、という。

だが、断固として夏野はそういう役まわりは御免だった。恵は分かってない。自分一人の世界に耽溺して、相手のことなどもはや念頭にない。そうでなければ、そうやって頻繁に家の中を覗き込まれ、プライヴァシーを侵されることを、夏野が不快に思って当然だという真実に思い至らないはずがない。

勘弁してくれ、と思う。恵は、夏野に行為を期待していたのだろう。今日のあの少女だって、死者を悼み、ありがたく遺品を受け取ることを期待していた。恵の思いに感じ入って、涙の一滴でも落とせばお気に召したのかもしれない。

(……学芸会だ)

恵が夏野に期待していたのは、学園物の恋愛ドラマの相手役だ。あの少女が夏野に期待していたのは、不幸にして若くして死んだヒロインの片思いの相手、という役まわりだったのかもしれない。そうやって誰もが勝手に夏野に役柄を割り振る。都会から純朴な村に越してきた斜に構えた少年、あるいは、都会の荒廃を空洞として胸の中に抱え込み、それに気づかずにいる息子。そうやって勝手に役を振っておきながら、台本通りに動かないと言って夏野を責める。誰一人――本当に、誰一人、それが自分の中だけにある手前勝手なシナリオだということに気づいていない。

「お笑いだ」

夏野は木苺の茂みに向かって吐き捨てる。

夏野は恵が嫌いだった。恵の期待は分かる。そんなものは恵の勝手だ。だが、恵はそれが自分の独りよがりな期待にすぎないことに無自覚だった。こう言ってほしい、こう動いてほしい、それを正面から要求することはせず、夏野が期待通りの台詞を吐くよう、期待通りに動くよう、執拗に絡んで水を向けてきた。

――わたしなんて、都会の女の子に比べたら、野暮ったいでしょ?

――結城くんは、わたしのことなんて嫌いなのよね。

――そのうち、二度と顔を見せるな、とか言われそう。

差し出すつもりもないものを、無理やりにもぎ取るのは搾取だ。夏野は断じて、勝手に振られた役まわりを演じる気などなかったが、この村ではそれが当然のこととしてまかり通っているばかりでなく、誰も演じさせられている自分に気づかず、むしろそうやって相手の期待を演じることが美徳だと思われているのだった。

(村ぐるみの猿芝居だ)

恵は勝手に恋愛物語の相手役を夏野に振った。けれどもそうしていながら、恵自身、恋愛物語のヒロインを演じていただけで、そこには上滑りな夢想しかありはしないのだった。それは切実な希求ではない。単に恋する少女を演じて、自己満足に浸っていたかっただけだ。恵は、一事が万事そうだった。

だが――と夏野は思う。そんな恵も、たったひとつ、都会の話をねだるときだけは本当の顔をしていた。村は嫌いだと言い、都会に出たい、と言った。それに関してだけは恵の本音に見えたし、これだけは夏野にも共感可能だった。

恵は常に、都会の大学に行くんだ、と言っていた。実を言えば、夏野はそれを信じていなかった。必ず行く、と騒ぐわりに、恵はそのための準備をしている様子がなかった。どこそこの大学に行きたい、と挙げるのは、やたら名前の通りが良い大学ばかりで、そのくせ恵は自分の成績には無頓着だった。夏野も村を出たい。そのために、大学は是が非でも都会の大学に行くのだと思っている。だから、そのための準備もしている。とにかく都会に戻れさえすれば、大学も学部も問わない、とさえ思う。そういう夏野から見ると、恵の脱出計画にはおよそ実現性があるとは思えなかったし、何のかんのと言いながら、結局のところ恵は、高校入試の時そうだったように、土壇場になれば親が許してくれないのだと理由を探して変節したのだろう。いつか必ず、と言いながら村に留まり、村に根づいてしまったのに違いない。

恵はそういう人間だったと思っているが、それでも夏野は、外を希求する恵の真情だけは真実だったような気がしている。そして、恵は――死んだ。

恵は本当に外場を抜け出したのだ、自らが死亡することによって。死によってやっと外場を出た、と言うべきなのだろうか、それとも死をもってしか抜け出すことができなかった、と言うべきなのだろうか。

――あるいは、自分もそうなのだろうか。  [534]

 

妙は頷いた。年寄りに葬式は堪える。特に身近な人間や同年輩の者が死ぬと、しばらくは虚脱したように力が抜けてしまう。単に煩雑な雑用で疲れるというよりも、自分ももういつ死んでもおかしくない歳なのだということを確認して、気落ちしてしまうのだ。                      [554]

 

 

以上が、第1巻からのピックアップ

2巻、3巻と続けるかどうかは、今後の状況次第かな

 

ではでは、またね。

 

 

 

 

 

半世紀なんて、あっという間だね 悠々自適?の格安シニア旅-道南・梅雨空ドライブ- 2026.7.9~13 5日目② 大沼公園/夕日の道🚘山川牧場ミルクプラント🚘トラピスト修道院🚘函館/麒麟👣赤レンガ倉庫🚘函館空港✈羽田空港

2026年7月13日(月)

ホテルグローバルビュー函館🚘湯倉神社🚘大沼公園👣夕日の道👣🚘山川牧場ミルクプラント🚘トラピスト修道院🚘函館/麒麟👣赤レンガ倉庫🚘函館空港✈羽田空港

47年?ぶりに訪れたトラピスト修道院

その時は白一色の雪景色だった(おそらく年の瀬)

 

その後ひと休みをかねて、まずは近くのミルクプラントに立ち寄る

目当ては、自家製ミルクを使ったソフトクリーム

しかしせっかくのご馳走も

味覚障害(新型コロナ後遺症)を抱えた身には猫に小判、いや豚に真珠か

繊細なミルクの香りなど分かるはずもなく、砂糖の甘味ばかりが伝わる哀しさ・・

満足げな相方の顔を眺めては、せめてもの慰めとする

まだ時間に余裕があったので、もう一箇所立ち寄ることに

まっすぐ函館湾まで南下し、函館山を左手に海岸沿いを西へと走る

およそ30分後、トラピスト修道院の駐車場に到着

長い参道を延々歩くのかと思いきや

100メートル足らずの階段を昇るだけの楽々コースだった

ほんの一、二分で正面入り口に到着する

振り返れば、登ったばかりの階段とその先に伸びる並木道が一直線に連なっていた

左右に移動しつつフォトジェニックなアングルを探す

ちょうど花期を迎えていたアジサイ越しの一枚を撮ってみた

 

続いて建物にぐっと近づき、下から仰ぐように撮らせていただく

建物の先は修道士たちの生活の場なので、立ち入ることができない

なかば囚人の気分で、柵の間から中庭を覗いてみた

すると、本館?の手前になにやら人影が・・もはや修道士か?

・・植木などを管理する園芸業者のようだった

ふと見上げた視線の先に、聖書?を掲げる聖者の像が

翼の生えた牛のモチーフも(ピンボケだけど)印象的だった

入口を離れて左に進むと、白い花の樹木ナメで門と本館が収まる1枚が撮れた

この日いちばんの"絵葉書ショット"かもしれない

 

実は、いまを遡ること半世紀近くも前

番組制作会社のADとして働いていたころ

テレビ番組のロケでこの地を訪れた

旅先でクイズを出題するという、今ならどこにでもある内容だけど

なにせ「なるほど!ザ・ワールド」が始まる前であり

当時としては画期的なプログラムだったのだ

・・しょーもない昔話は、このへんにしておくが

ともあれ、そんな記憶も手伝って、久しぶりに訪れてみたわけだが

さすがは歴史的な建造物、気持ちいいぐらい何も変わっていなかったよ

※当時は冬の盛りだったので一面白い雪に覆われていた

 それから、入口の両サイドに人の背丈ほどの木が並んでいたような記憶も・・

正面から左に延びる道は山の上にある「ルルドの洞窟」まで続いているらしいけど

時間も体力も乏しいゆえ、今回は遠慮した

最後にもいちど正面中央の神像にズーム・インし、無心論者は立ち去った

駐車場を後に、まっすぐ伸びる並木道を走ってゆく

・・本気で礼拝する気なら、この参道ぐらいは端から端まで歩かないとダメだよなぁ

 

時刻はすでに午後2時を回っていた

そのまま函館市内へ取って返し、朝市近くのラーメン屋を目指す

午後2時を過ぎると、市内のラーメン店の多くは休んでしまうのだが

ここ「麒麟」は、そんな中途半端な時間帯でも営業していた

午後3時前、腹ペコ二人はようやく店先にたどりついた

やはりここは定番の塩ラーメン一択だろう

もっとも味覚障害のため、繊細な味わいは皆目わからんのだが・・

食後の腹ごなしを兼ねて、箱館港をぶらつくと

埠頭の向こうに、懐かしい船体が・・・青函連絡船だ!

これまた昔話になるけど、やはり45年ばかり前の年末年始だった

青春18きっぷを手に

出稼ぎから帰省するおっちゃんたちに混じって

上野発の夜行急行(自由席)に乗り、早朝の青森駅に到着

そのまま青函連絡船に乗り換え、まだボロボロだった函館港に到着

観光客ではなく船員が利用するような湾岸の安宿に部屋をとって

そこから1週間かけて北海道周遊の鈍行旅を楽しんだものだ

どれも、ずいぶん遠い過去になってしまったけれど

毎年5~6回は出かける国内外の旅より

その頃の記憶のほうが強く残っている

ま、そんな回想も含めて、再訪・再再訪の旅もまた愉しいのだ

静かな埠頭の道を抜けると、その先にはご存じ赤レンガ倉庫街

あたりの風景はいっぺんに華やかになり

インバウンドの観光客がスマホをかざしては、かわりばんごにフレームに入っていた

今回の旅で訪れた、もっとも観光地らしいスポットだけど

・・やっぱり、この雰囲気は性に合わないようだ

間断なく続く人・人・人の群れに、あっという間に疲れてしまう

そのとき目に入った甘味処のショーケースに、ふらふらと近寄り

気がつけば、「わらびもち」というワードに飛びついていた

甘味処「鎌倉」にて、ヒジャブ姿のお嬢さんたちの隣に坐り

わらびもち(抹茶がけ&ソフトクリームのせ)を、おいしくいただいた

かくして、5日間に渡る「道南ドライブ旅」は終わりを迎える

連日雨ばかりだったものの、最終日だけは陽射しに恵まれた

函館空港で帰りの便を待つ間も、函館山が美しいシルエットを見せてくれた

19時20分函館発のANA558便に乗り、一路羽田へ

あたりはすっかり夜の装いだった

 

ではでは、またね。

 

アオサギ、コウホネ、イカすおみくじ!? 悠々自適?の格安シニア旅-道南・梅雨空ドライブ- 2026.7.9~13 5日目① ホテルグローバルビュー函館🚘湯倉神社🚘大沼公園👣夕日の道

2026年7月13日(月)  

ホテルグローバルビュー函館🚘湯倉神社🚘大沼公園👣夕日の道

最終日にして、ようやく青空が顔を出した・・・遅すぎるって

 

夜まで降り続いた雨は、明け方には上がっていた

晴天を願いつつ、朝食のパンにかぶりつく

 

まずは湯の川温泉にある湯倉川神社へ向かった

ややこしい細道を行ったり来たりして、どうにか駐車場に辿り着いた

ガラガラだったので地味な神社かと思ったら、そちらは裏口だったらしく

本殿側に廻ると、朝から結構な人で賑わっていた

室町時代に起源をもつという歴史ある神社

参拝者の途切れた瞬間を狙ったので、ガラガラに見えるけど

若いカップルを始め、次から次へと観光客が訪れていた

そんな観光客を待ち構えるのが、ずらり並んだ御守り&おみくじ軍団

洒落たカフェの入口みたいに、人気おみくじが可愛いイラストで紹介されていた

おみくじだけで、10種を超えるバラエティぶり

とはいえ、にわか"えぞみくじコレクター"としては「イカすおみくじ」一択

ご丁寧にも金・銀・白と3タイプあるなか、意外に落ち着いた感じの銀を選んだ

それにしても、ウサギに縁がある神社らしく、「うさぎおみくじ」の種類が半端ない

普段はウィンドウショッピングで済ませる相方も、この"ウサギトラップ"に捕まり

イラスト入りの白い陶器製風鈴(右端)を、思わず購入することに

そうこうするうちに、雲を割って強い陽射しが落ちてきた

なんと、最終5日目にして初めての青空

一気に夏っぽくなった境内の片隅に、この時を待っていたような「夏詣」の幟が・・

風鈴の涼し気な音を聞くうち、ようやく今日が7月半ばということを思い出す

・・まってくもって、それくらい雨続きの5日間だった

せっかく晴れたのだからと、予定していた函館の市内観光は取りやめ

2日目、雨のため中途半端に終わった大沼公園に、もういちど乗り込むことに・・

およそ30分後、大沼公園の駐車場に到着

いまだ雲はかなり残るものの、ときおり眩しい陽射しが降り注いでいた

前回と同じルートではつまらないので、西側に分岐する「夕日の道」を歩いてみる

こちらも湖面を覆うように、スイレンの絨毯が広がっていた

久しぶり?の日射しに、葉の緑も花の白も輝いてみえる

ハスの花たちも、せいいっぱい背伸びしているようだった

魚たちも活動的になったのか、水面のあちこちで気泡が上がっていた

小さな湖の反対側に、じっと動かぬ水鳥の姿--アオサギだ

樹上から獲物(サカナ?)を探しているのか、ほとんど姿勢を変えずにいた

ひょっとして、狩りの決定的瞬間が撮れるかも・・としばらく粘ったけれど

10分経っても、わずかに向きを変えただけ

ほとんど"彫刻状態"のアオサギ殿だった

ときおり陽が射すだけで、木々の緑は鮮やかさを倍増させる

足元にオレンジの彩り・・と思ったら、派手なキノコが頭を出していた

どんな種類かは分からぬものの、きっと食べたらヤバイ奴だよなぁ

その後も、心地よい湖畔巡りは続いた

メインのウォーキングコースでないおかげか、行き交う人はごくわずか

ふと視線を上げると、モネの庭園(ジヴェルニー)を連想させる風景にも出会った

ハスとは違う、黄色い花がひょっこり水面に顔を出していた

(後で調べてみたら「コウホネ」とのこと)

※名前の由来は-水中にある白い太い根茎が骨のように見えること-とあった

 なにげにホラーな植物なのだ

森の中ににょきっと立っていたのは、オオウバユリ

優に人の身長ほどもある、背高のっぽだ

まだ開きかけに見えるけど、これでほぼ満開らしい

お、これは黒松内のブナ林で見たエゾアジサイか?

・・いや、太い幹から直接枝が伸びているから、全然違う樹木だろう

花(植物)の見分け方って、難しいなあ・・

 

最後にJR函館本線を走る貨物列車を見送って、大沼公園再訪を終えた

駒ケ岳の勇姿は一度も拝めなかったけれど、とりあえずリベンジは果たせたようだ

・・・さて、まだ時刻は午前10時半と少々

夕方発の羽田便まで、残り時間を何して過ごそうかな

 

 

ではでは、またね。

『昭和歌謡大全集』村上 龍/集英社文庫 ネタバレ御免のEXTRACTION -412-

読めば読むほど、クセになること間違いなし

唯一無二の"ドラゴン節"

ひとカケラでいいから、齧っておくれ

哀悼

       

『チャンチキおけさ』の夜の三日後、ノブエとイシハラは、スギオカが喉を突かれた現場にやって来て、何をしたらいいかわからずとりあえずスギオカの習慣だった立ち小便をすることにした。二人がファスナーを開けた時、止-やめてよ、という女の声がして、二人とも、ハイ、と返事して振り返った。そこには内臓の病気を取り出してその毒の成分だけでクローン人間を造った、という感じの女子短大生が立っていた。ノブエもイシハラも幼児から老婆までとりあえずセックスの対象として見るというタイプだったが、さすがにその女子短大生だけはそういう気分になれなかった。顔色が悪いとか、異常に痩せているとか太っているとか、常に目や鼻や口から色付きの汁を垂らしているとか、全身の皮膚にまんべんなく吹出物があるとかそういうことではなくて、単に病のオーラを発していたのである。その病気のウェーブは例えば南の島の強大なマングローブの樹も枯らしてしまうのではないかという強烈なものだった。

「そこで、立ち小便したら、だめよ」

声そのものにも病気の粉末がまぶしてあるような感じだった。ちょうど、熟したオモチにキナコがよくくっつくように。ノブエとイシハラは顔を見合わせて自分達に何か妙なことが起こっているのに気付いた。ちょっと色っぽい幼稚園児からお寺の帰りにお団子を食べている上品なおばあさんまで、一緒にいる時に会話の機会があるとすると、二人はお互いに横取りされてしまうのではないかと思ってつい反目してしまうのが常で、その反目を悟られまいとして必ずパカ笑いをしてしまい、結局はすぐに幼児から老婆にまで嫌われてしまうのだった。それが、その病の総体のような女子短大生を前にして、バカ若いもせず反目もなく、二人は結束したのだった。二人で協力しなければ、つまり具体的には例えば手をつないだり抱き合ったり、「この女、恐ろしいね」と言い合ったりしなければ面と向き合うことができないような、そんな女子短大生だったのである。危機感が二人をまともにした。

「君、誰ですか?」

そう聞いたのはノブエだったが、女と接してまともなことを喋れたのは小学生の低学年以来だったので、本人も驚き、そういうノブエを見たイシハラもびっくりした。

「あたし、ここの寮に住んでるんだけど」

女子短大生の声は高くもなく低くもなく澄んでいるわけでも濁っているわけでも細くも太くもなかった。もう一度聞いても絶対に思い出せないだろう。だが、どこにでもあるような声ではなかった。 

「よくここにオシッコする人がいて、困っちゃうのよね」 [58]

 

その女子短大生がまともな口調でまともな日本語を喋ると異様だった。わけのわからない言葉を喋ってくれるといいな、とノブエもイシハラも思った。でもそうだったら、何を言ってんのかわかんないけどな、でもやっぱり木星語とか海王星語とかサイヤ語とかナメック語を喋って欲しいな……女子短大生はチョコパフェを食べていたが、まずスプーンを舐め、次にアイスクリームにドロンとかかっているチョコレートだけを慎重にすくってそれを舌に塗りつけるようにして舐め、またスプーンを何度も舐めて自分の眼を映して一点の曇りもないかどうか確かめてから今度は慎重にチョコの部分を避けてアイスクリームだけをスプーンにとって喉の奥までそれを運び、果物もトッピングの色付きミント粒も決して食べようとはしなかった。イシハラもノブエも他の客もウェイトレスもそのパフォーマンスを息を潜めて見つめていた。それは曲芸というか、暗黒舞踏というか、世界一太った女が一歩足を踏み出すたびに苦しそうに心臓を押さえながらそれでも生きていくために歩き続ける見世物のようだった。そういう風にしてチョコパフェを食べる人間を誰も見たことがなかった。そんなことしたって、とノブエとイシハラは思っていた。そんな食べ方をしてたらいずれアイスクリームが溶けてチョコと混じってグチャグチャになってしまうぞ……両方の目が水兵についていない女子短大生の座るソファに、中世の宗教画によくあるように陽射しが光の束になって当たった。おお、と他の客の一人が声をあげ、店内はさらに静まり返り、アイスクリームは目に見えて溶け始めていった。アイスクリームが頂上からゆっくりと溶けていくのを見て、女子短大生は悲しみとも驚きともとれる吐息をもらし、憂-うれいをたたえた目で、ノブエとイシハラを交互に見た。二人は背筋に鳥肌を立てて、オシッコを漏らしそうになった。イシハラは実際に少しだけだが漏らしてしまった。 [62]

 

偉い、と言われて、イシハラは、ククッと喉を鳴らした。それは正確には、キュキュッという喉の筋肉のけいれんの音で、バカ笑いの前兆だった。次の瞬間に、バカ笑いが始まった。ノブエもその後に続いた。奇妙なことに、他の客達もウェイトレスも、笑い出した。バカ笑いだけがその種の恐怖に対抗できるのだ、というように。 [64]              

 

五人はバスで県境に向かった。五人は、停留所の名前がアナウンスされるたびに、口をしっかりと押さえて忍び笑いをかみ殺した。ククククッという妙に金属的な笑いが集団で聞こえてくるのに、他の乗客達はまったく五人に注意を払わなかった。ノブエとその仲間達は、どんなに大声を張り上げても目立つことがなかった。小さい頃からずっと周囲に無視され続けてきたオーラが身に染みついていたのである。 [73]                       

 

埼玉と群馬の県境はどう表現すればいいのかわからないくらい寂しい場所だった。カトウは子どもの頃父親と観に行った『ラスト・ショー』という映画を思い出し、泣きそうになり。本当に泣き出してしまった。大きな川があり河原の草が風になびいて、大型のパチンコ屋と自動車のディーラーとラーメン屋の看板があって、それは全部英語で描いてあった。その英語の字体と、河原の草が風になびいている角度と、それぞれの店の建物の外側の色とデザインとインテリア、自動車の車体の色、ラーメン屋のテーブルの色、それらを訪れている客が着ている洋服の色、世の中にこんなに汚い色があるのだろうか、どういう顔料やペンキを混ぜ合わせればこういう色になるのだろうか、どうしてこういう色を使わなくてはいけないのだろうか? そこまで汚い色を使ってオレ達の勇気や元気を奪わなくてはいけないのはなぜか? カトウは天気予報用語を使ってそういう風なことを考えていて、突然泣き出してしまったのだった。

全員が同じ気分だったので、ノブエが「トカレフを手に入れようぜ」とカトウの肩に手を置いてなぐさめ、耳許で『有楽町で逢いましょう』のイントロをハミングして、ノブエ自身も必死で涙をこらえた。それはまったく恐ろしい景色だった。何一つとして美しいものがなく、強引に美しいものを目の前から消し去ったような景色、何かを行なおうという意志や気力をくじけさせるものと色ばかりで構成された景色、みんな田舎の出身だったので、「オレ達はこういう景色の中で育ってきたのだな」と思い、東京とはどこが違うのかを考え、要するに東京はゴチャゴチャしているのでそういうリアルな点が見えにくくなっているのと、建材の種類や看板の英語の字体や建物の色が田舎よりは神経を使って構成されているだけだ、と気付き、それでも田舎よりはましだと思い、ほんの一瞬だが、何が自分達をこういう人種にしたのかがわかったような気がした。イシハラがノガミ金物店という看板の方に歩き出しながらつぶやいたことに、それがよく現れていた。

「つまんないとか汚ないとかじゃない、それだけじゃないんだね、蚊から血を吸われるように何かをボク達はいつもいつも生まれた時から抜き取られているんだよ、へへへへ」   [73]

 

店主はパタリと『中央公論』を落とし、皺の間に埋もれた目でヤノをじっと見た。そして泣き出しそうな声で聞いた。

「あるけど、どうするんだ?」

ヤノは、感動で目を大きく開いた。あまりに大きく開きすぎたために乾いた血管が弾-はじけてパチンと音がした。  [76]

 

イワタミドリは、自分がその髪の短い若い男との会話をほとんどすべて憶えているのに気が付いて自分で少し驚いた。イワタミドリは二十代の半ばに今ではよく顔も思い出せないような男と結婚して、なぜなの? 何があったの? と友人に聞かれても答えようがないような感じで離婚した。今では顔を思い出せないどころか、その男が商社マンだったのか証券マンだったのかウルトラマンだったのかそういうことさえ自分の中ではどうでもよくなっていて、当然その男との会話なんかは何一つ思い出せなかった。その男との間に会話がなかったわけではない。バーのカウンターや夕暮れの公園や夜のベッドルームよりも通りに面して採光を充分に考えたカフェテラスの方を好むようなタイプの男で、コーヒーを何杯もおかわりしながらとにかくいろんなことをお喋りするのが好きだった。それもプロ野球とか鉄道模型とか囲碁将棋とかそういうどうでもいいことを話すほけではなく、世間で一般的に重要だと思われていることを、例えばシリアスな幼児体験とか会社における何か本質的と思われる人間関係とか人間が生きるに値すると思えるような事柄にはどんなものがあるとかそんなことだったが、灯りも人通りもほとんどない夜の道を歩くイワタミドリには、本当に、何一つとして思い出せなかった。だがスナックで会ったチークダンスを踊っただけの若い男との下らないどうでもいいような話はすべて憶えている。一つには経過した時間の長さのせいだろう、とイワタミドリは思った。あの男と一緒に暮らして砂時計の砂が自然に全部下に落ちてしまうように別れてからもう八年が経っている、チークダンスを終えて唇に軽くキスをして別れてからまだ三十分も経っていない、時間はとても偉大だ、時間だけがすべてだと言ってもいいかも知れない、時間があらゆる傷を治すしあらゆる傷の要因となることも時間が熟成していくとよく言われる、それはでも少し違うんじゃないかしらとイタワミドリは思った。時が解決する、時が傷を癒す、よくそういう風に歌にもうたわれているけど結局誰か具体的な何かが、そして誰かの力によってものごとは解決していくわけだし、傷にだって外傷だったら白血球とかリンパ球とか、心の傷だったら自分で希望のようなものを他に投じてそれにエネルギーを注ぐからいやなことを忘れられるわけだし、要するに、傷が深いからその治療に長い時間が必要だというだけだ、そういうことをイワタミドリは考えた。

わたしがあの人のことを必死になって忘れないようにしていたら、全ての会話を忘れてしまうなんてことはあり得ないかも知れない、いや、ちょっと待ってね、会話は忘れるかも知れないわね、小学校の頃誰かから聞いてこれはちょっとメモっとかなきゃと思ってしまうような大切なことでも忘れてるし、中学校の時に読んで涙を流した本に書かれてあったことだって忘れている、言葉なんてそう大切なもんじゃない、ドキッとすることを言われたって、殺したくなるようなことを誰かに言われたからって、からだの震えが止まらなくなるくらい感動した台詞だって忘れてしまうことがある、言葉は何かを表現したり伝えたりするための単なる道具だから、いや、ちょっと待ってね、道具でさえないわね、手段というのも違うような気がする、お金のようなものかも知れないわね、お金は単なる取引きの道具だものね、お金で買う何かが重要なんだものね、じゃあ、言葉で伝えあってるものっていうのが大切なわけで、それは何かしら?

とイワタミドリは考えて、またあの下らない小説にあってシーンをふいに思い出してしまった。人妻が昼間の情事に出かける前に、ドレッサーの前で局部に香水をふりかけるのだ。それは安っぽいポルノ仕立ての小説の中のことだし、実際にそういうことをする人がいるとはあまり信じられなかったがもうずい分前に週刊誌とかの中で読んだにもかかわらずはっきりと憶えているっていうことは、きっと誰かが自分に語った言葉なんかよりはるかに強い何かがあるのだろうとイワタミドリは歩く速さをゆるめながら考えた。その強い何かの中心には間違いなくセックスがあるが、もちろんそれは男と女が裸で絡-からみ合うという行為だけじゃない、いろいろなものが含まれている、自分で自分がわからなくなるくらい本当に気持ちのいいこと、本当に鳥肌が立つくらいいやなこと、ねむるのが恐くなるくらい恋しいこと、ピュンピュンジャンプしたくなるくらいうれしいこと、そういうことが重なり合って、それが血や汗や分泌液や精液なんかとドロドロに混じり合って、からだのどこかに深く刻まれて、頭がある言葉を憶えるようにではなく、ずっと昔理科の時間に習った人体の仕組みの図版にあったような赤茶色のレバーや青や赤の血管や木の根に似ていた神経や、それに細胞といったものに焼き印を押すように、刻まれたものだ、いや、ある感情が起こる度に神経はスイッチングを繰り返して、血流の量や速度が変わったり、細胞中を伝記が流れたりしているわけだから、それはメタファーなどではなく、具体的に物理的に生理的にからだに刻まれているのだろう、三年半一緒に暮らした男はわたしのからだに何も刻むことがなかった、腹の部分を押すと内蔵されているテープが自動的に喋り出す人形のような存在にすぎなかった。今夜の、スナックで会ったあの若い髪の短い男はどうだったのだろう?

わたしに何かを刻み込んだのだろうか?   [83]

 

ノブエのアパートへ帰りついたヤノは彼の愛唱歌で昔おねえさんから教えて貰ったという『港が見える丘』をハミングしていたが、手にはまだしっかりとトカレフを握りしめていて、他の連中はよく誰にも見つからなかったなと不安になった。ラララララララララそれは大丈夫だよラララララララララ、とヤノはハミングの合間に台詞がはさまる感じで笑みを浮かべながら答えた。ララララララララララボクすぐにトカレフをバッグにラララララ隠そうとしたんだけどララララ指から離れなくてラララララしようがないからラララシャツを脱いで

それを右手に巻きつけてきたから大丈夫だよララララララ。あまりにも強く拳銃を握りしめていたためにヤノの手首から先が真っ白になっている。ヤノは表面上は『港が見える丘』をハミングしながら唇の端には笑みを作っていたが、髪の毛は逆立って目尻と鼻の穴とこめかみが小刻みに震えて、よく耳をすますとハミングの合間に歯がガチガチと鳴っている音が聞こえるのだった。ノブエが右手を押さえてスギヤマがまずヤノの人差し指をトリガーから離そうとした。気を付けろよ、こんなところで発泡したりしたらせっかく買った絨毯-じゅうたんに穴があくからな、とノブエが眉間-みけんに皺を寄せてまじめな顔付きで言った。女と同棲する時のための東急の本店で一週間前に買ったんだからさ、女はほらタタミより絨毯の方が好きだろ?

だがスギヤマが顔を真っ赤にして指を剥がしにかかったがヤノの指はトリガーに吸いつくように張り付いたままで、皮膚の色もますます白くなっていった。こりゃだめだ、とスギヤマが言った。死んだ金魚みたいにどんどん指が白くそれに冷たくなっていくんだぜ。イシハラが、じっとヤノの指を覗き込んで、こりゃだめだと呟き、声帯ではなく能が震えるような声で笑い始めた。それは調律の狂ったピッコロを発狂した天才フルーテイストが吹くというような恐ろしい音色と戦慄の笑いで、さすがのノブエ達も、こいつはここまで変な奴だったのかという表情でイシハラを見た。イシハラは、ピーッという人の鼓膜を掻き乱すような音で笑いながら、ね、ね、ね、ね、ね、とファルセットボイスで、「ね」と発生するタイミングと微妙にずれてジャンプを繰り返し、これさあ、と言った。

「これさあ、指を切らないとだめなんじゃないかなあ、ね、ね、ね、ね、ね」

イシハラはずっとジャンプを止めないで、

「切ろうよ、切ろうよ、切ろうよ」

と、きょうのピクニックにはサンドイッチよりおにぎりがいいよ、と母親にねだるような調子で言って、

「でもさあヤクザ映画とか見てるとなかなか人間の指って切れないんだよね、たぶん包丁とかスイスアーミーナイフとかじゃ無理だと思うんだ、たぶんノコギリみたいなやつがいいと思うな」  [92]

 

翌日、スズキミドリはヘンミミドリを伴って、スギオカの死んだ場所へ行き、あの、ノブエとイシハラを震え上がらせた、どう表現していいかわからないほど暗い顔と声の持ち主の女子短大生から声をかけられた。

「あの、何か御用でしょうか?」

スズキミドリとヘンミミドリは、スギオカが立ち小便をしながら喉を突かれた場所に日傘をさして立ち話をしていた。誰かに何か用を頼むとかそのあたりの家を訪ねるとかそういう雰囲気ではなかったので、その、生きて行くためのエネルギーを顔を見合わせた瞬間に三十パーセントくらい失ってしまう女子短大生から、何か御用ですか、と話しかけられて二重にびっくりしてしまった。

「別に用ウなんかないんですけど」

と答えてスズキミドリはヘンミミドリと顔を見合わせた。二人とも、他人と比較して自分の幸福のランクを計るタイプだったのでその女子短大生の顔を見たとたん内臓の奥から「まあなんて顔をした女の子なんでしよ、若い子にはいつも腹が立ってきたけどこんな子もいるのね」という優越感が湧き上がってきたが、相手を見てるうちにあまりにもすごい顔なのでどこか遠いところへ行って断崖-だんがいから身を投げたくなるような気分になってきて、喉のあたりで優越感が消えてしまった。

「あなたは?」胃と肝臓の隙間から重くて酸っぱい液体が喉に逆流してきそうになるのを我慢してヘンミミドリが聞いた。

「あたし、この寮にいる花短の学生です」

その女子短大生の声を聞いていると、全身の毛が逆立つテ先端が震えるのがわかった。陰毛や、剃ったばかりで先端なんかないはずの腋毛-わきげまでがあまりのおぞましさにフルフルとなびいているようだった。

「ハナタンって?」

ハナタレの学生用語かしら、この子は鼻水は垂れていないけどこんな顔だったら鼻水だろうが涙だろうがウンコだろうが整理の血だろうがドロドロに垂れていた方がきっと似合うと思うわ、と思いながらスズキミドリは聞いた。

「花びら女子短期大学のことですけど、あたしはそれ以外にも目撃者という側面を持っているんですよ」

女子短大生が白いコットンのブラウスに包まれた胸を張ってそう答えた時、本当になまぬるい風が吹いてきて今まで照っていた陽が急にかげった。

陰毛の先端がフルフルと気持ち悪くなびいて全身の毛穴からドブ川の臭いの分泌物が流れ出てきそうな悪寒に耐えて、ヘンミミドリとスズキミドリは口をそろえて聞いた。

「目撃者?」

「もう憶えていらっしゃらないのかしら、ここで、そうね、今、あなた方が立っていらっしゃる地点で、前途有望な若者の方が殺されてしまったんですけど、あたしはその様子を一部始終見ていたんです、それに、その後の警察の捜査にも協力させていただいたし、その殺された若者のお友達っていう方々ともフルーツパーラーに行っていろいろとお話させていただいたりもしたわ」

女子短大生の話を聞くうちにヘンミミドリの陰毛は風の谷のナウシカがその上で眠る草原の草のように揺れ続け、この世の中で最も嫌いな男からベロベロとからだ中を舐め回されているような気分になった。でも彼女は勇気をふるい起こしてたずねた。「お友達?」

「そう、とっても陽気な二人連れであたしそのお二人の背の低い方の方から電話番号もいただいたんですけど、まだあたし勇気がないせいか電話してないんですよ」

あんたが電話したら地下の光ファイバーが全部切断されてしまうわ、と思いながら、ね、それ人の名前はわかるかしら? とスズキミドリは聞いた。

「わたし達はね、殺されたスギオカ君のおかあさまの友人代表なのよ、スギオカ君のおかあさまはスギオカ君をしのんで文集のようなものを作ろうとなさっているの」

「イシハラさん」

と、女子短大生は左右が対称でない目を輝かせて答えた。 [102]

 

女子短大生は、自分ではいたずらっぽく笑っているつもりなのだろうと尾も割るような笑みを唇の端に浮かべて言った。だが約七十センチの至近距離から彼女を見る者にとってそれは、腐った卵やカビの生えたチーズケーキや毒のあるキノコと同じ成分を持つのではないかと思わせる笑いで、スズキミドリとヘンミミドリは胃とその他に三つくらいの内臓が収縮していくのを感じてこめかみからあぶら汗が垂れてくるのに耐えなければならなかった。 [105]

 

あの失礼ですがお金はきちんと用意してきましたから、とヘンミミドリが言って、サカグチが首を振りながら顔を上げた。そうじゃないんだ、標準語にはないアクセントで言った。

「今夜のことの連絡を受けたのは一週間前でM16だったら少しストックがあったんだけど、モノを必死に探していたからそのことに気付かなかったんだけど、きょうあなた達を待っていてびっくりしたんです」

今にも泣きだしそうな顔になってそう言うので、スズキミドリは、一体何があったの? とほとんど同世代と思われる自衛隊員に優しく、まるでとても親しい仲であるかのように声をかけてやった。まだ品物を貰っていないし、使い方を教えて貰わなくてはいけないのに、びっくりされたり不安定になったりされては困るわ、しかしどうして女に縁のなさそうな男って独特の匂いのようなものを発するのかしら、不思議なことにその男が住んでいる場所や年齢や職業に関係なく全身からにじみ出てくるものがあるのよね、毛髪検査とか尿検査をしたらわかるんじゃないかしら、反応が出そうな気がするわね、女から優しくされたことがないっていう反応が出るわよ、きっと。 [129]  

 

だいぶ前に抜き書きしたものだから

未修正の誤字脱字が、あちこちに残ってるんじゃないかな

・・おかげで、単純なコピペ作業でないことは伝わると思うけど

 

ともあれこの先も、ほぼ100ページにわたって

"言葉の曼陀羅"は紡ぎ出され、"魂のマニ車"は廻り続ける

 

ではでは、またね。