Ⅰ 世界の指揮者
ヴァルター〔Walter, Bruno〕
2 私は、ヴァルターについて、解釈のうえでの一つの仮説を立てる。
ヴァルターは、二十世紀の真中までもちこまれた古き良きヨーロッパの音楽の体現者だった、と。《古き、良き》。また彼の場合、この《古き、良き》というのは、ほとんど十九世紀を通じてみた十八世紀の姿に通じる。
周知のように、ヴァルターは、モーツァルトの最良の指揮者の一人に数えられると同時に、マーラーの最も正統的解釈家といわれてきた。ヴァルターの芸術のほとんどすべては、この両者を結ぶ射程の中に入ってくる。 [19]
3 私は、今度ヴァルターについてかくので、改めて何枚かレコードをきき直してみたが、その際気づいた一番大きなことの一つは、彼の指揮できく時、バス――つまり低音が目だって強く耳に入ってくるという意味である。 [20]
指揮者ヴァルターの芸術の根本は、この「よく歌わせる」演奏にあるのだが、しかし、「歌う」「歌わせる」指揮とはどういうことか?
私は前に、彼は低音を強調するといったが、このことと、「歌わせる」というのは、深い関係にある。
ベートーヴェンの『第五交響曲』を、まず、例にとろう。
この交響曲は、もちろん、特に「よく歌う」といった様式でひかれるのが主題の音楽ではない。誰もが知っているように、これは音楽を構成していく手続きが、あの「運命が戸を叩く」主題から発して、ほとんど、それによって終始しているところの、構成の奇跡的傑作である。それに、ここにはもう伴奏というものもない。副音声も埋め草的楽想さえも、ほとんどすべて、この主題の処理によって作り出されている。 [21]
総体にヴァルターのフェルマータの扱いは、短めである。マーラーの、たとえば『第一交響曲』の終楽章には、実に数多くのフェルマータが書きこまれているが、ヴァルターは、それを、まるで歌手がひと息つく、いわゆるルフト・パウゼ的に、ごく短い休止をはさむ機会として解釈しているかのようだ。歌のつづき具合の問題なのである。ヴァルターの旋律は、呼吸している。 [22]
私は、ヴァルターがバスを強調する傾きがあるとかいた。「歌う」というのは、今かいたように第一に呼吸を感じさすということだが、それはまた、テンポのごく目立たない緩急、つまりテンポ・ルバートその他ののびちぢみの問題でもある。だが、第三に、こういうことがある。それはヴァルターに典型的にみられるのだが、旋律の呼吸にクレッシェンド、デクレッシェンドのダイナミックな変化を加えることである。ヴァルターの特徴は、そのクレッシェンドに当たって、特にバスの強調に力を入れていることによくみられる。
バスは、和声的短音楽-ホモフォニーの場合、単に低い音域の声部というだけでなく、これは和声の根本になる声部である。そのバスが強いと、倍音関係で織りなされている和声上の共鳴音がより充実してくる。響きそれ自体として、あるいは重厚に、あるいは生理的快感を喚起するだけでなく、何というか、いかにもりっぱな音楽をきいたという充足感を呼びさます。これの最適例の一つは、『第五』の終楽章、それもコーダに入ってからみられる。『第五』のこの箇所は、やたらと長くて、もう音楽としては、大切なことは言い終わってしまっているのに、ベートーヴェンがいつまでも《勝利》の快感を圧倒的で全体的なものにするために、いつまでも、終止形をくり返しているといった印象を与えかねないのだが、ヴァルターのは、ここにきて、俄然-がぜんすばらしい音楽になる。その見事さはたとえようがなく、私はこういう例は、ほかには知らない。[23]
このフィナーレは、これ以下もすばらしい出来だが、ほかにも、こういう例はいくらでもある。たとえば、シューベルトの交響曲。特に『未完成交響曲』の見事なことは、もちろん、歌う音楽を演奏する以上、当然予想されるわけだし、演奏団体もそれを裏切らない。だが、この場合『未完成交響曲』の主要な旋律――というより、素人的にいえば、ききどころのふしが、いずれもチェロを主体とした低音楽器によってまず提出されていることも見逃せない。それにホルンがつきそっていたり、あるいはホルンがいつまでも音を保続してオルゲルプンクト的に働いている場合、深い響きの、安らぎにみちた、充足感とでもいったものは、当然誰がやっても出るはずだが、ヴァルターの指揮する場合ほど、明らかに強調されるのは、いつも、みられるとは限らない。[24]
4 世界の管弦楽団をきいていると、ベルリン・フィルハーモニーやヴィーン・フィルハーモニーといったドイツ・オーストリア系の名門交響楽団では、コントラバス、それに金管木管の低音楽器の音に、ほかの楽団とくらべて、一段と幅と厚みのあることに気づくだろう。フランスの管弦楽団の木管の美しさ、アメリカの交響楽団のトランペットとか、弦楽器の音楽でのめざましいばかりの輝かしさ等々、話を簡単にするため、まずは、こういった誰の耳にも、一度きけばすぐ気がつく特徴を拾いながら言えば、ヴァルターの《音楽》は、まぎれもなく、ドイツ・オーストリアの管弦楽の響きを土台として築かれたものである。それによって養われ、またそれを追求したものである。 [26]
ヴァルターのレコードをきいて、あまりにもバスの強調が耳につくので、私は、初め、これはレコードの録音技術、あるいはプロデューサーの好みででもあるかととまどったこともある。しかし、ヴァルターに関する限り、これはほぼどこでもきかれる。とすると、ヴァルターがそれを望んだと考えて、ほぼまちがいはなかろう。ヴァルターは、アメリカの管弦楽団を指揮する時、バスの重要性について特に注意をうながしたに相違ない。 [26]
全体に、ヴァルターのモーツァルトは、優雅であると同じくらい明朗であり、柔和甘美であるに劣らず堅実な姿をしているのだが、響きそれ自体としては、何というか、カラッと晴れ上がった爽やかさとはやや趣がちがう。それが、私に、ときによると、少しもの足りない思いを抱かせるもととなる。穏和であって、切れ味の鋭さにやや欠ける、とでもいうか。 [27]
それにしても、ヴァルターの指揮した『大地の歌』、ことにミルドレット・ミラーのメッゾ・ソプラノによる終曲〈告別〉の演奏の美しさは、まったく二度とあるまいと思われるすばらしさだ。 [29]
「音楽はどこまでも美しくなければならないのだから……」とモーツァルトは書いた。これは「真実を言うために破ってはならない美の法則などはない」と言ったベートーヴェンとは別の世界から生まれた言葉であり、その境界が、十八世紀の音楽を十九世紀のそれと隔てることになる。私はいずれまたこの対極について戻るつもりだが、今はヴァルターについて、彼の演奏は彼がこのモーツァルトの側に立つ人間だったことを示しているとかいておく。 [29]
ヴァルターのマーラーは、かの神経質で爆発的な歓喜と絶望の交錯の中でさまようバーンスタインのそれとは、ひどくちがう。また、それは草いきれのむんむんするような野趣にみちたクーベリックのそれともちがい、洗練された都雅を失わない。同じ『第五交響曲』の第三楽章に出てくる三拍子がもの憂いレントラーではなくて、第二拍に重みのかけられたヴィーン・ワルツのリズムになっているのが、その最もわかりやすい証拠である。ユダヤ系の芸術家や知識人の中には、往々にして想像を絶するほどの洗練の高みに達した柔和と敏感をあわせもつ精神の持ち主がいるものである。ヴァルターはその一人だった。 [30]
セル〔Szell, Georg〕
2 セルを考える場合、彼が自分の理想に憑-つかれた人らしい、ということをまず知っておくことが大切なのだ。そうである以上、この人は管弦楽を指揮して、徹底的に自分の考えでひっぱってゆくタイプに属していると見てもよいのではなかろうか。 [36]
「セルはアンサンブルに関しては狂信主義者である。彼はまるで室内楽でもやるみたいにオーケストラを扱い、百人を越す楽員たちの一人一人が他のメンバーの演奏に注意深く傾聴するところまで、訓練しようと望む。彼は自分は水平線に――つまりポリフォニックに――きくが、たいていの指揮者はモノディックなきき方をしていると考えている」 [37]
3 シューマンの交響作品には、問題が少なくない、というのが定説である。
私は、ここでは、シューマンがベートーヴェンみたいに、ブラームスみたいに交響音楽をかく力がなかったという問題には深入りしない。しかし、彼の楽器編成のうえでの問題は、よけて通るわけにはいかない。
かわいそうな天才ローベルト・シューマンはオーケストラのために書く時、いわばモーツァルト的な、音のテクスチュアの透明と輝かしさも発揮できなければ、ベルリオーズ、R・シュトラウス的な多彩にして豪華な響きも楽器のソロ的組合せも手中のものとすることができなかった。
彼は、とかく、弦、木管を重ねすぎ、結局どの楽器の音もその特性を失い、音の艶-つやと輝きも出せぬ中間色的なもので全曲を塗りつぶしてしまう。そのうえ、最大の欠点は、高音域と中声と低音域都の音の配分が悪いために、バランスが失われがちな結果をひきおこす。
シューマンの指揮者は、いわば、どこかに故障があって、ほっておけばバランスが失われてしまう自転車にのって街を行くような、そういう危険をたえず意識し、コントロールしなければならない。あるいは傾斜している船を操縦して、海を渡る航海士のようなものだといってもよいかもしれない。
それを、セルは、見事にさばいてみせた。第一楽章の、あの三拍子なのに四拍子みたいに聞こえる、奇妙にシンコペートする主題の提示からはじまる音楽以下終楽章にいたるまで、一貫して見事な手綱さばきを示したほか、彼はこの音楽の中に、どんなにたくさんの詩趣と誠実との貴重な結びつきが隠されているかを、あますところなく、鳴らしてみせた。 [39]
4 セルは、しかし、究極的には、大ぜいの聴衆を喜ばせるとともに、専門家のための専門家的音楽家である。少なくとも、現代の指揮者中、この人ぐらい専門家を嘆賞させる力をもった人は、ほかに何人いるだろうか。
セルがクリーヴランド管弦楽団といっしょに入れたレコードのすべては、その意味で、現代の演奏の一つの典型的存在である。 [42]
たとえば、ハイドンの『交響曲第九三番ニ長調』と『第九四番ト長調驚愕』を表裏にいれたレコード(アメリカ盤ML六四〇八)。これなども、名盤中の名盤である。ハイドンだけきかせて、現代人を心から満足させるのは容易なことではない。セルのハイドンは、そのごく少数の一つであり、私の今日まできいたレコードの中でいえば、おそらくフリッツ・ライナー指揮のそれとならんで、最高の列に数えられるべきものである。
5 セルの指揮の秘密の一つは、彼のフレー人具の正確と精緻にある。これは、前かいたシューマンの単純な民謡風な旋律の提出ぶりにもよく出ていたのだが、レコードのうえで、最も衝撃的な効果で出ているのは、ドヴォルジャークの交響曲『新世界より』(アメリカ盤EPIC・BC一〇二六)だろう。この曲は出だしから、もう、フレージングの精密さで、きく人をびっくりさせずにおかない。こんなに精緻な『新世界より』はほかにないのではないか。これはもうアメリカ・インディアンの新世界ではなくて、セルの居住しているクリーヴランドな何か、アメリカの大工業地帯の工場の高性能の工作機械の精密さが、同時に唸りをたてて日夜をおかず巨大な工業製品を産みつづけている、そういう新世界のものと呼びたくなる。 [43]
それにしても、クリーヴランド管弦楽団というのは、物凄い管弦楽団である。ことに弦の良さは言語に絶する。第一ヴァイオリンからコントラバスにいたるまで、およそこれほどはっきりしていて、しかもよく響く音で、均質化された性能をもったものは、アメリカにもヨーロッパにもかつてなかったのではないか。これは表面だけの艶と磨きのかけられた「オーマンディのフィラデルフィア管弦楽団」とは違うのである。
ベートーヴェンの『第七交響曲』とともに入っている『レオノーレ』序曲の三番のレコードなどをきくと(SONC一〇〇三九)、ただもう圧倒され、溜息が出るばかりである。〈略〉セルの名は、この管弦楽団をここまで育てたというだけでも、指揮者の歴史から消えることがないだろう。 [47]
ライナー〔Reiner, Fritz〕
1 ブラームスの曲はおよそオーケストラの能力を披露するにはこのうえなく適した、いわばオーケストラの検定試験の最上の課題曲だし、『第八』はベートーヴェンの数ある傑作中、オーケストレーションのうえで最上の洗練と、同時に問題点のみられる音楽だろう。それにファリャの色彩。シュトラウスの官能美と機智。そう考えてくると、このプログラムは、よほどの剛毅と自信がなければ、組めないものだということになる。
演奏はすごかった。私のうろ覚えでは、特に、シュトラウス、それにファリャが傑出していたと思う。
シュトラウスは、周知のような音楽だから、音楽の流れと性格がめまぐるしく変る。拍子、速度、それに伴う表情が、といってもよい。それがライナーの指揮では、いかにもテキパキしていて、破綻がないうえに、変りめが実に鮮やかなのである。ことにはやい旋律や楽句の流れの変化が、印象的だった。 [50]
2 私は、彼のベートーヴェンは、『第五交響曲』のレコードをきいてみただけだが、これだけきいてみてもすでに、そうではないことがわかる。
もちろん、これは恐ろしく筋肉質の演奏であり、骨と筋肉とだけからできているみたいな音楽になっている(それには、ベートーヴェンも、少々は責任がある。こんなに凄い内容の音楽を、こんなに一切の無駄をはぶいて、緊密にかいたことは、さすがのベートーヴェンだって、ほかに類がないのだから。『第九』はもちろん、『第三』だって、もっとずっと脂肪も多いし、汁気も多い。逆に、『エロイカ』ほどいろいろと異なった楽想がたくさんつめこまれている交響曲は、ベートーヴェンはほかにかかなかったといってもよいくらいである)。 [54]
それにしても、もう一度スケルツォを呼び戻すという天才的着想のあったあとで、再現部以下の、あの長大なコーダも入れて二〇七小節から四四四小節までの二三八小節を、局部的にヘ長調つまり下属音の調性を見せるだけで、あとはほとんどハ長調だけで押しきっているベートーヴェンの豪放にして雄渾-ゆうこんな度量と力量には、ほとほと、兜をぬがざるをえない。
まったく、大変な曲をかいたものである。 [58]
デ・サーバタ〔Sabata, Vittore de〕
1 芸術が、音楽が、現在私たちの知っているようなものとして人間の社会に存在しているのも、一つには、その人間の生活、生の営みのはかなく過ぎ去りやすいことへのアンチテーゼとして、永遠のものへの憧れ、日常性からもう一つ高められた次元の世界への一つの予感であり、手がかりであるような何かとしてであるのだろうに、そうして、名演奏家とか、大指揮者とかに接した時の私たちの感激や感銘のなかには、その一つの要素として、その演奏が、私たちの前を横ぎって、そうして過ぎてゆく瞬間が「いや、ことも美しく充実した瞬間は過ぎさってゆくことはあるにしても、永遠に消滅するということにはならないので、何かが残るだろうし、私もこのすべてを忘れることはあるまい。少なくとも私が生きている限り、現在この瞬間に私の経験しているものは想い出となって生き続けるだろう」と信じないではいられないようなあるものに変わってゆくという、いわば「束の間に過ぎさるものの永遠性」とでもいった価値の転換の、私たちの精神の内部の世界での実現につながっていなければならないだろう。それなのに、わずか十年、十五年、二十年の歳月が経過するだけで、渡したちの内でも、外でも、何とたくさんのものが、過ぎさり、姿を消してしまうことだろう。
音楽についてというのではなく、演奏と演奏家についてかくということが、とかく、やりきれないほど皮相的で、あわれなことになりやすいのも、その理由は、演奏の本質によるというより、むしろ人間の心の深いところに潜在しているのであろう。 [60]
2 たとえば、このブラームスの『第四交響曲』のレコードをきいてみると、イタリア人だからまずオペラがうまかろうなどという大雑把な考え方がどんなにくだらないものか、すぐ、わかってしまうのである。
サーバタ、この人もまた、いわばポスト・トスカニーニの存在であって、トスカニーニ以前の主観的主情的なロマンティックな指揮者とはちがって、どんな細部にいたるまでも厳格に統制のとれた、実にきちんとした音楽をつくる人なのだが、それでいて、この人には厳しさを、冷たさ、鋭さといったところまで、一面的に追いこんでゆくところはない。厳しいが、同時に優しいのである。
いや、あるいは、これは心情の優しさというものではなく、もっと感覚的な甘美な香りというものかもしれない。表情は比較的むき出しに率直に出てくるのだが、それでいて露骨な、俗悪さに堕さない。そのことは、この『第四交響曲』の、たとえば、第二楽章のアンダンテ・モデラートによく感じられるのであって、ここでのサーバタの見事な歌わせぶりは、フルトヴェングラーやヴァルターとはもちろんトスカニーニとも際立ってちがうものでありながら、わざとらしさはまるでない。 [62]
3 サーバタをきいていると、私は、レコードについてかくことの空しさを思い、名演奏の意味とは――実演であろうと、レコードであろうと結局はそれをくり返しきき直しのきかない一度かぎりの感銘を決定的に大切にすることと切りはなせないところで追求すべきであって、それを何度もくり返しきき直し、考え直してみることとは対立し、矛盾するのではなかろうか?と、考えこんでしまう。[68]
クリュイタンス〔Cluytens, Andre〕
3 私は、クリュイタンスがベルリン・フィルハーモニーを指揮したベートーヴェンの『第七交響曲』をきく。実に整った演奏である。だが、ちっともおもしろくない。それに、これは最後まで、きき終わらないうちにわかってきたことだが、この演奏の最大の弱点は、ダイナミックのうえでの変化、つまり強くなったり弱くなったりすることと、テンポのうえでの動き、つまりはやくなったりおそくなったりすることとの間に、何のつながりもない点にあるのである。
第一楽章の導入部から終楽章にいたるまで、ベートーヴェン特有の、主観的な強烈なクレッシェンド、ディミヌエンドの変化とか、爆発的なフォルテとまったく意外なピアノとの対比が、そういったダイナミックのうえでの劇的な動きは正確に、明快に捉えられ、見事に音になって生きているのだが、テンポはまるで動かない。どの楽章をとってみても、基本のはやさというものが、がっちり全楽章を支配している。はねまわるダイナミックの小悪魔どもを力強い巨人が、がっちり両足でふまえて、確固不抜の力強さで抑えつけている。というか――いや、同じ比喩的に言うなら、こう言ったほうがよいかもしれない。汽車が遠くから近寄ってくるとする。当然、近づくにつれ、音が大きくなる。それにつれて、汽車の姿も、大きくなるわけだが、どういうわけか、私たちの目には、その汽車の動きがちっともはやくなるようには映じないのである。 [74]
ただし、クリュイタンスの独特のところは、以上だけでいうと、まるでトスカニーニ流のイン・テンポのスタイル、あるいは冷たい即物的な様式のように思われるかもしれないが、そうではなくて、この不抜のテンポの持続性から一種の威圧感が生まれてくるのだ。重苦しさといっても、よいかもしれない。トスカニーニでは、表面には鋼鉄の意思が支配しているにもかかわらず、それに挑戦する強い表現的衝撃の突きあげがあり、この両者の矛盾と確執の間から生まれる瞬間があった。それが彼の最上の演奏に、彼の亜流たちのそれとは比較を絶した強い輝きを与えた所以-ゆえんなのだ。あれは、地中海的ラテン的古典芸術の厳しい緊張のもり上りに支えられたものだった。
もしクリュイタンスのベートーヴェンを、古典的と呼ぶとすれば、それは動的であるよりも静的な様式のそれであろう。 [76]
4 指揮者クリュイタンスの真骨頂は、ベートーヴェンとかブラームスの演奏にあるのではない。フランス印象派、特にラヴェルがよい。それも私のきいたレコードでいえば、『ダフニスとクロエ』といった傾向のものよりも、むしろ『ラ・ヴァルス』『ボレロ』、それから『スペイン狂詩曲』の中の舞曲的なものなどが、傑出しているように思える。
クリュイタンスのは、印象派といっても、私的で輪郭の曖昧なものより、散文的で明快や論理をもち、雄弁の力強さをもっているものにすぐれているのである。 [76]
クレンペラー〔Klemperer, Otto〕
1 彼は優に六尺はあろうかという大きな人だが、それだけでなく、終始怪我をしたり病気をしたり不運にも見舞われ通しの人で、一九三三年ライプツィヒで練習中ステージから下に落ちて頭を打って以来というもの、頭痛から癒えることがなく、一九四〇年には精神が異常だと言われたり、私のきいた年の少し前一九五一年には右足を何かで骨折したというし、一九五九年にはベッドでタバコを吸っているうち眠ってしまう目が覚めたらあたり一面の煙と火。そばにある水をかけたら、それが何か揮発性のもので大火傷してしまったとか、そのあとでも一九六六年にまた転んでたしか腰の骨を折ったときこんな調子で、やたら大怪我のしどおしなのである。 [82]
私が特に印象づけられたのは、全般的にテンポのとり方が極度にゆっくりしていることだった。そのために、きき手は、普通私たちがなれている快速なスピードで進められ、全体の構造をいわば大きなパースペクティヴの下に把握するのに適した行き方とは、正反対に、ゆっくりしたテンポのために当然生ずる細部の細かいニュアンスづけ、それからクレッシェンド、デクレッシェンド、アッチェレランド、ラレンタンド、テンポ・ルバートといったいろいろに変化するダイナミックと店舗との相関関係の妙味をたっぷり味わうことになる。
こうかくと、何かひどく古めかしい演奏をきかされたような気がするかもしれないが、そうではないのである。
クレンペラーについては、ヴィーラント・ヴァーグナーが、かつて「古典的ギリシア、ユダヤの伝統、中世のキリスト教精神、ドイツのロマンティシズム、現代のレアリスム、彼が、ほかにまったく類のない独特な指揮者である所以-ゆえんは、こういったものの混在にある」言ったことがあるそうだが、事実、クレンペラーには、実に、いろいろな異質な、普通の人の場合ならば当然矛盾しあい、相排除しあうはずのものが、ごたごたといっしょなっているのである。
だから、ベートーヴェンにしても、バッハにしても、ブルックナーにしても、クレンペラーの指揮できくと、現代一般にきかれるものとはかなり遠いものでありながら、しかも古くさいという感じはしないのである。むしろ、名指揮者ののこした演奏でも、ひところ流行はしたが今はすたれてしまったという行き方もあるのであって、そういうもののほうが、よっぽど古くさく聞こえるものだ。同じことは、今日評判の高い指揮者について――いわゆる大家から中堅、新人にいたるまでの各世代にわたって――言えるかもしれないので、今日の流行児で、案外早く忘れられる日のくるような予感のする人もあるわけだが、クレンペラーについては、そういうことはないのではないか。
ただ、私がきいた限りのレコードでいっても、この人の指揮には、むらがあり、出来不出来が多少あるらしいのはやむをえない。 [85]
3 レコードに関する限りは、晩年のクレンペラーは、レッグという世紀の名プロデューサーの知遇を得て――というより、レッグが、クレンペラーの偉大な才能を敬慕するあまり――、ロンドンのニュー・フィルハーモニアという管弦楽団をいわば彼の準専用楽団としてあてがわれ、それを思いのままに使用して、大量の録音を遺すという運に恵まれることになった。 [88]
レコードでは、『第四交響曲』を先頭に彼の指揮したマーラーを比較的よくきいており、また、それだけ好んでいる。 [89]
この演奏の最大の特質は、あらゆる意味で、「誇張」「一つの面の他の面を犠牲にした強調」というものがみられない点にあるのではないかと思う。
演奏における「誇張」ということを、私は単純に悪い意味にだけ使おうと考えているのではない。そこに、この問題は、いずれ、どこかでゆっくり考察してみるに値するものを含んでいる。しかし、クレンペラーに関する限り、この大家は、ベートーヴェンから、ブラームスから、ブルックナーから、マーラーから、「誇張」することなしに、実に大きなプロポーションをもった音楽をひき出すことを知っている。実に類いまれな人である、と私には見えるのである。 [90]
あるいは、むしろ、「一面に執着しない」からこそ、大きなプロポーションが浮きぼりされてくるのだ、というべきだという人もあるかもしれない。しかし、こういう言い方から、「好々爺」的円満さの演奏を想像してはいけない。クレンペラーのは、そういった穏当主義とは正反対の、厳しいものである。その厳しさが誇張を禁じるのである。
ベーム〔Bohm, Karl〕
1 ドイツのテレビは日本のテレビは比較にならずおもしろい。日本のテレビは娯楽、それもごく薄っぺらなものが中心だが、ドイツのは、もっと完全に生活し、考える人間としての大人のためのものが中心である。ニュース一つとってみても、新聞の見出しだけよんでいるのと、解説記事つきの報道に接するのとに匹敵するくらいの差があった。日本の報道は、カメラ操作とか何とかの技術ではずいぶん進んでいるらしいのだが、知的な分析は――意識してか無意識なのか――まるで貧弱である。 [92]
ベームの練習での指示をみていると、その内容は、リズムの正確な扱い、特に付点音符、それからクレッシェンド、ディミヌエンド、フォルテ、ピアノといつたダイナミックの綿密忠実な扱い、いろいろな楽器の間でのバランス、特におもしろいのはいくつかの声部が重なって和声をなす時と、そうでなくて声部がいわば横の線の流れとして旋律的な役目をもつ時との、そのけじめの厳守等々といったものが主である。要するに、楽譜に書いてあることが忠実に守られて音になって出てくるかどうかを厳重に監視しているというわけだが、その監督の厳しい細かさはちょっとやそっとのものではない。
〈略〉ベームの指示が、徹頭徹尾こういった細かい、いわゆる重箱の隅をほじくるような行き方につきるのに、それによって音楽がどんどん見事なものになってゆくのは、驚くほかはない。 [93]
ここで最も重要なのは、本番といわず練習といわず、ベームにしてみれば、いつも、彼には音楽の姿が微細な点にいたるまで、ganzgenau――一点のあいまいさも残さず、はっきりと明確にみえている点である。彼はその心にみえているモデルの通りに、正確に再現しないではいられない。それが、ベームにとっての演奏ということの意味なのである。もし、演奏におけるレアリスムということが言えるとしたら、まさに、ここに一つの典型がある。それは一見しただけでは、日常性を越えた、特に創造性の高いものと思われない。だが、何というか、実にreliableな――安心してきける、信憑性の高いものであり、後味もよろしい。 [96]
2 ベームには、日本のグラモフォンから、このシューベルトの『ハ長調交響曲』をベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とやった練習風景のレコードと本番のそれとが出ている。〈略〉結局、ベームの演奏の真骨頂を示すものは、終楽章ではないか。この、どちらかといえば反復が多くて、やや単調なしくみの音楽を相手どって、ベームはちょっと彼からは想像できない大きさの音楽をつくりだす。終わってみた時のすごい迫力がその証しであって、こういうことは、そういつもきけるものではない。そうして、さっきもふれたが、木管や金管で交替させつつ一つの楽想を展開させているうちに、いつとは知らず、そこにヴァイオリンが台頭してきて、リードを奪うというか、指導性の肩代わりをするというか、そういう時の管弦楽に新鮮な艶が加わるその快さには、本当に目のさめるような鮮やかさがあるし、力強さも欠けていないのである。
こういう演奏をきいていると、カール・ベームこそは本当に巨匠と呼ばれるにふさわしい人物だ、という気がしてくる。 [99]
3 ひと口にいうとオペラ、楽劇の演奏というものは演奏会での私たちがききなれている水準とはくらべものにならないくらい雑なものになりやすく、また、そうなっても不思議ではないのである。
ところが、ベームの指揮できくと、ほかの名だたる指揮者のそれとくらべても、はるかにおもしろくきけ、充実した感銘が残るのである。 [101]
4 私はいつかある夕食会で彼の隣に坐り、少しゆっくり話をきく機会をもった。その時、彼が「オペラでいちばんむずかしいのは、もちろん、モーツァルトで、これは何しろ楽譜が簡単なだけにいくら精密にやってもやれるはずなのに、どうしてもそういかない。簡単な音符のならんでいる楽譜をみながら、さて、この一つひとつはどういう意味だろうか?と考えていると、疲れて疲れて仕方がなくなるくらい、むずかしい。『フィガロの結婚』でもそうだし、まして『ドン・ジョヴァンニ』ということになると、とてもそうそう一生に何回も指揮できるような代物ではない。それに、こういう音楽は、年をとればとるほど、ますますむずかしくなってくる。指揮者も若いうちはよいが、だんだんいろいろなことがわかるにつれて、本当にすぐれた第一級の音楽作品をやるということは結局、解決のつかない問題をつぎつぎ提出させられるようなものだ。私も、ときどき、楽譜を前にして、若い時はよくもこの曲をやれたものだと、呆然としてしまうことがある」と話すのをきいたことがある。私には、この話、忘れられない。 [103]
正直なところを言わせてもらうと、ベームという人は本当にすばらしい名指揮者だが、さっきの彼の話にもあるように、第一級中の一級、名品中の名品ともいうべき作品を扱うとなると、何かが少しもの足りなくなるのである。〈略〉 [107]
ある意味では、現代、これ以上の人はいないといってもよいほどの指揮者なのに。音楽家としては申し分ないのだが、ベームという《人間》に何かが欠けているのだろうか?
バーンスタイン〔Bernstein, Leonard〕
3 指揮者バーンスタインの第一の特徴は、それが非常に逞しい活力にあふれたものだということだ。それは肉体的なエネルギーにあふれたものであり、そうして強烈な情緒を発散するタイプである。それも爆発的な衝動的なものというよりも、もっと持続性のある、粘り強いものだ。ときとして、粘っこくてやりきれないこともあるけれども、これは反射的な非省察的な性格のものではない。
もっと、根本的本質的に、彼の人並み以上にすぐれた知性――音楽的知性にいたるまで一貫してあるものだと思われる。
というのは、私には、これがバーンスタインの独特なところかと思われる急所は、この強烈な情緒への傾斜が、同時に、いつも、ある種の非常に覚めた意識的な働きと結びついて働いているらしいことにあるからである。
別な言い方をすると、バーンスタインの指揮するマーラー。バーンスタインは、現代の代表的マーラーの指揮者であるが、彼のマーラーをきいていると、深刻な感情の動揺、非常に幅のひろい振動と起伏のほかに、感情と悟性との対照とか均衡とかのとり方にも、その猛烈さが一歩も弱められることなく出ているのである。その結果、これは極度に主観的でありながら、感情一点張りの演奏ではなくて、かなりに計算のゆきとどいた演奏になっている。こういう人の場合、主観的感情的とはならない。 そういうのを、かりに、私の好きな言葉ではないけれども、ユダヤ的な性格と呼ぶとすれば、バーンスタインの音楽は、多くのユダヤ人芸術家に共通する、あの都会的な、反牧歌的な点でも、際立った特徴をもっている。ただし、ここで都会的というのは、感覚の過度の洗練、過度の敏感さというものとは、むしろ逆のものである。都雅でもなければ、蒼白い、ひよわな神経質でもない。むしろある種の大都市の住民や子供たちにみられる、すでに多くの害毒や混乱や騒音に免疫となったものの感情と知性の機敏な逞しさとでもいったものである。 [116]
たとえば、彼のふったベルリオーズの『幻想交響曲』を耳にしたものは、この音楽から、実に多くの「ものがたり」と「描写」をひき出してくるバーンスタインの力に驚かずにいられないのではなかろうか。少なくとも、私はびっくりした。そうやって音楽の抒情的な性格を浮きぼりにする、そのやり方の烈しさと生々しさ、迫力と鋭さはほかに類のない粋に達している。これをきいたあとで、モントゥーの指揮のレコードできいてみると、その、「柔らかく、夢幻的」に響くこと。まるで別の曲どころか、別天地みたいだ!
ベルリオーズがエキセントリックな物語り手であったことは確かだろうが。
この「物語り手」としてのバーンスタインの特性は、彼の啓蒙性を解明する糸口にもなるだろう。 [118]
この名指揮者は、ときどき、情熱を生きるのではなく、情熱の何たるかを、きく人に教えるような演奏をする時がある。それから、特に、優しさ、甘美さ、快適さを表現しようとする時のバーンスタインには、私には少しやりきれないような甘ったるさがつきまとう場合がある。特にヴィーンで、自分で独奏しながらモーツァルトの協奏曲の指揮をする時、右に左にと合図をしながら、ときどき「うまくやった、ありがとう」とでもいわんばかりに唇に指をあてて、甘いキッスを楽員に送っているのをみた時は、私にはそのまま席にのこっているのに、かなり努力がいった。 〈略〉名指揮者というものは、彼自身の中にすぐれた音楽としての素質をいっぱいにもっているというだけではたりない。彼は、管弦楽の楽員たちにも、少なくとも彼の棒の下にある限り、一人ひとりがすぐれた音楽家なのだという信念を吹きこむ能力がなければならない。つまり、彼は、楽員を魔法にかれ、ふだん以上の能力を発揮できるようにする素質をもっていなければならない。日本人でも、たとえば、小澤征爾にはそれがある。 [118]
ムラヴィンスキー〔Mravinsky, Evgeny〕
1 事実、レニングラード・フィルハーモニーの性能の良さといったら、世界中を見渡しても、そのトップの五つに数え入れなければならぬほどの高さなのだから。性能がよいといっても、彼らの演奏をよくきいていると、その基礎は、一つは、楽員の一人ひとりの粒がものすごく精選された、非常に高いものであること、それから、もう一つは、技術的な一点の非もないところまで訓練に訓練を重ねた――というより、筋金入りの鍛錬に耐えぬいてきたという事実にあるのだろう。私はそこから、ことにこの後の点から、ムラヴィンスキーの指揮者としての一つの特徴に想いいたるわけで、この人は偶然と霊感を信ぜず、何事も訓練によって、一つひとつ手に入れていこうという鉄の意志と合理精神に貫かれた芸術家であるのではなかろうか。彼の音楽は、いってみれば、ヴァルターとは逆のものである。いわゆる《雰囲気の音楽》でもなければ、その結果がどうであるというよりも、むしろ自発的な音楽をする喜び、いわゆるmusizierenの喜びから生まれてくるというものではない。セルに近く、しかももっと徹底的に族長的権威的なのかもしれない。 [121]
同じレニングラード・フィルハーモニーの演奏といっても、ムラヴィンスキーの指揮によって、たとえば、チャイコフスキーの『第四』から『第六番』の交響曲のレコードをきいてみると、楽員たちが、それこそソロをふくフルートやオーボエ、あるいはクラリネット、ファゴットたちはもちろん、弦楽器奏者の一人一人にいたるまで、いかに彼らが、自分たちの演奏に全身的にうちこんでやっているかが、それこそ、手にとるようにわかるのである。 [122]
そのつぎに、レニングラード・フィルハーモニーをきいて、ムラヴィンスキーの《音楽》を考える手がかりになる第二の点は、このオーケストラのたてる響きの性格だ。まず誰がきいてもすぐ耳につくのは、低音の響きの並々ならぬ分厚さと、ダイナミックの幅の異常な広さだろう。この二つは、ヴィーン・フィルハーモニーやベルリン・フィルハーモニーの特徴でもあるわけで、その点からもレニングラード・フィルハーモニーが中欧のドイツ・オーストリア系交響楽団の行き方を継承しながら発展してきた団体であることがわかるのだが、それにしても、この楽団の低音の厚さは、また一段と耳につく。部隊にならんだ彼らの姿をみただけでもわかるが、この交響楽団は、アレクサンドル・ドミトリエフという人の指揮でチャイコフスキーの『くるみ割り人形』組曲を演奏する時でさえ、チェロが十二挺-ちょう動員されているのだ! [124]
クナッパーツブッシュ〔Knappertsbusch, Hans〕
1 クナッパーツブッシュの演奏をきく人は、レコードがあっても、ほかの場合は常識になっている細部の正確さ、よく計算された、平滑冷静な演奏の美しさといったものを期待するわけにいかない。ここにあるものは、音楽的精神のもっと直接的な燃焼。そのときどきの感興のより自由な放射の喜びである。どだい、クナッパーツブッシュは、演奏会の時もあらかじめリハーサルを重ねて細部まできっちり固めてしまうよう行き方を好まなかったと伝えられるが、こういうことも、現代の常識とはずいぶんかけはなれたやり方である。 [132]
2 ブルックナーのことは、正直いって、私はわからなかった。あの荘重なアダージョの途中で眠ってしまった私は、目がさめてもまだその音楽が鳴っているのにすっかり恐れ入ってしまった。それにつづくスケルツォでも、単純なリズムの音型が無限に反復されるのに閉口した。要するに、えらく単純なものが、やたらこみ入ったものとして、提出される音楽という印象をもったにつきる。
あの大指揮者をもってしてもわからなかった。バカである。 [135]
そのクナッパーツブッシュの『パルジファル』は、本当に幸いなことに一九六二年のバイロイトの実況録音がレコードになって残っている。それにこれこそは天下周知の名レコードであって、私としても、これについては今さら何もいう必要もなくて大変ありがたい。 [138]
3 クナッパーツブッシュという人のつくる音楽には、何か自然の力の爆発とでもいうか、一度流れ出したら、ちょっと止めどのないようなものの躍動があった。そういう点がまた、彼のヴァーグナーには、ときにあまりにも猛烈なクレッシェンドがあったりして、少し神経の細かいものにもついてゆかれないものがあることは、私にもわかる。 そういうことは、「クナッパーツブッシュの芸術」とかなんとかいう呼び方で、彼の指揮したヴァーグナーの演劇からの断片を集めたものとか序曲集とかいったレコードでもよくわかるのだが、そういうものの中では、私は、『ジークフリート牧歌』を、最も好んでいて、たびたびきく。 [142]
トスカニーニ〔Toscanini, Arturo〕
3 『第五交響曲』――これもベートーヴェンのである――をきいてみるがよい。
その第一楽章Allegro con brioでの第一主題に属する部分のいかにもブリオのきいた、壮烈で果敢な疾走と、第二主題に属する部分のひきずるような重い足どりの歩みとの対比は、劇的な点で、ほかのどんな指揮者にくらべても、一歩もひけをとらない。ここで特に、おもしろいのは、展開部からしだいに再現に入ってゆく少し前、小節で数えると一九六小節の二分音符だけの動きになってからの箇所である。
ここで第二〇〇小節ぐらいから押えつけるような響きに交換しながら、こころもちテンポもおとして、重い石を押しあげながら坂を上るとでもいった、いかにも苦しそうな歩みをつくりだす。その巧妙さ、というより、表現の切実さはいくら感嘆してもしきれないほどで、そこには全面的に真実なもののみのもつ荘重な説得性とでもいった力が備わっている。
それにしても、この交響曲の全体を通じ、何という輝かしさ、光明の力強さが支配していることだろう。 [152]
トスカニーニの『第五』は壮大な勝利の歌であり、凱旋の行進である。フルトヴェングラーのように暗黒の力との抗争というのではなくて。私は、フルトヴェングラーのをきくたびに、悲劇というよりも、暗い血と大地の重さを感じる。
それはもうやりきれないほどだ。ことにフルトヴェングラーのすごいのは、第一楽章と同じくらい終楽章であって、比較的おそいテンポでひかれてきたフィナーレが、たいていの場合、長すぎるくらい長くて退屈なコーダに入って以後、最後の追い込みにいたるまで、何段にも区切られて、つぎつぎとテンポをガッ、ガッと上げてゆく。これはもうすさまじさの限りである。
トスカニーニには、そんな血の呪-のろいみたいな暗さはない。[153]
そういう印象が生まれるのは、テンポだけでなく、フレージングに対するトスカニーニの並外れた正確さ、というより潔癖さが、また大いにものをいっているのである。
4 彼のヴァーグナーは、私には、とてもおもしろい。ここではもう、それがどういうことかを細かくかくわけにいかないが、その本質を一言でいえば、トスカニーニのハーモニーとダイナミックとの相関関係が、つかみやすいからだ。 [157]
マゼール〔Maazel, Lorin〕
1 マゼールは一九三〇年生れ。大変な早熟ぶりで、九歳の時、おりからニューヨークで開催された万国博を機会に、公開の席で指揮を披露したとか、十一歳の時、トスカニーニに見込まれてNBC交響楽団の指揮者としてデビューしたとか、彼の履歴にはそういった話がたくさんかきこまれている。ベルリン・ドイツ・オペラに同行来日して、東京で『トリスタンとイゾルデ』を指揮したのも、その当時すでに病気が重くて来られなかった同歌劇場の初代音楽総監督フィレンツ・フリッチャイが万一の場合には、彼がその後任となることが既定の事実となっていた結果による。三十歳をいくつも出ないで、ヨーロッパでも最大の歌劇場の一つの音楽総監督に就任するというのは、並大抵のことではない。
音楽の世界には、実は、そういった《神童物語》的なものは、食傷するほどたくさんあるのだし、現代はもう、《出世物語》に対しては、かつてのような熱狂を示さない時代ではあるけれども、それでもやっぱり、こういう話は、少なくとも、それを経験する当人にとっては、重大な影響をおよぼさずにはおかないことだろう。
音楽家というものが、どだい、早くから世の中に出ること自体には、なにも不思議はない。ことに演奏家の場合、自分の肉体がすなわち楽器である声楽家を除けば、楽器をあやつる技術そのものは、少なくとも根本的には、十代の後半から二十代の前半にすでに出来上がってしまっているのが当然だろうから。
しかし、それだけのことで、若くて人気ものとなり、世界中の都市をいそがしくかけ廻って多くの国々の多くの人びとに接し、そこで自分の音楽を提供するというのは、純粋に人間的に考えてみても、そう単純な話ではない。[174]
なかでも、指揮者になって、そうでなくとも気難しいところのある演奏会用交響楽団の百人を越す楽員たちとか、そのうえにすぐ興奮しやすい歌手を大ぜい相手にしなればならないオペラで指揮するとかいうことになると、問題はまた一段と複雑になる。そういう中で、簡単にいって、困難にぶつかっても、ますます強気になって自分の思うところを存分に発揮しようと向かってゆくタイプと、そうでないタイプとが、想像できよう。ズビン・メータとか小澤征爾といった人びとは、その前者の例かもしれない。いずれ指揮をするほどの人間に、人前に出るのに気おくれを覚えるような弱気な人間がいるわけはないのだが、マゼールの場合などは、弱気とか強気とかで分類しては少し具合の悪い、もう少し屈折した事情がそこにあるように、私などには、感じられるのである。
私がまず感ぜずにいられなかったことは、マゼールという人が、これだけのキャリアをもちながら――彼は現在ベルリン・ドイツ・オペラの音楽総監督と同時にベルリンの放送交響楽団の常任指揮者、音楽監督も兼任している――、まるで世慣れない、人見知りをする、一介の白面の青年にすぎないようなところのある点である。彼は、来客に手をさしのべて握手する時でも、どちらだったかの肩をおとし、頭をまっすぐあげて相手の顔を、目をみつめることさえ――できないというのではなくとも、そこに、ある努力が必要なのだということを相手に感じさせてしまう人なのである。[176]
ちょっと考えてみても、たとえ音楽の天分にめぐまれ、三度の飯よりも音楽がすきだとしても、その音楽に接する前に、その中間に、百人ものオーケストラの楽員たちの壁を越えてでなければならないのだ。しかも、その人たちは――私は何もオーケストラの楽員たちを怪物視する気は毛頭ないのだが――何といっても、鋭敏な感覚と、とかく興奮しやすい、いわゆるtouchyなテンペラメントに富んだ性格の人びとが少なくないところにもってきて、それが一人一人でいるのではなくて、一つの集団として、集団の性格、集団の形態、集団の意志、集団の思考と感受性、集団の意思というあり方で、目の前に坐っているのである。その人びとの先頭に立ち一体となって、音楽をやるのはさぞかしすばらしいことだろう。ことに、年が若く、情熱が純粋である間にすでにそういうことを経験するのは。だが、映画じゃあるまいし、それが現実の生活ということになると、話はそれだけでは済まなくなるにきまっている。
このことは、私は、ある日、彼と面と向かって立ち、彼のよく左右に動く目をみながら話している時、急に感じたことである。その時のマゼールの目は、自分の前に坐っている百人の音楽家たちの背後、はるか彼方-かなたにある《音楽》を感じながら、そこに直接に手をさしのべられないのを、もどかしく思っている人の眼差し、それの悲しみと憧れを、無言のままに語っているのだ。 [177]
2 マゼールのレパートリーは、現代の指揮者なみに、バロック音楽からクラシックとロマン派を経て、バルトーク、ストラヴィンスキーにおよんでいるし、そのほかにまた、非常な数にのぼるオペラのナンバーが加わるわけであるが、そういう音楽の中でも、彼が、とりわけて、好んで演奏するのは、J・S・バッハであるという話も、私には、無条件で納得できる。
私は、ベルリンの放送交響楽団の演奏会で、彼が『ブランデンブルク協奏曲』を、三曲ずつ演奏するのをきいたことがある。〈略〉これはレコードもあるから、日本でもきいた人も少なくあるまいが、実によい演奏である。カラヤンの考え方は、バッハのこういった管弦楽曲に関しては、根本的にとても洒落た遊びの精神から出たものであるが、マゼールにとっては、バッハこそ、彼が安心して、彼のすべてをありのままに託して悔いることのない、ほとんど唯一の音楽であり、そこでは、ふだんマゼールが人との交わりの中ではめつたに出すことのできない心の奥に流れているものが、巧-たくまず、自然な形で出せる状態になっていることがよくわかる。 [179]
マゼールの指揮できくと、『ブランデンブルク協奏曲』全六曲の中には、ずいぶんいろいろなものがあることに、改めて気づくだろう。作品が無類の確固たる形をしてくれているおかげで、マゼールは、行きすぎる心配なしに、自分を投入できるのだ。[181]
3 マゼールのベートーヴェンは、すばらしい! もっとも、私のきいたのは、一つは例の東京でやった『ミサ・ソレムニス』であり、もう一つは『フィディーリオ』である。〈略〉『フィディーリオ』のほうには、幸いなことにレコードがある。私は、日本でのこのレコードの評判については何も知らないが、今度マゼールについてかくに当たって、改めてきいてみて、とてもよいことをしたと思った。私は、オペラをレコードできくことはほとんどない。したがって、オペラのレコードもほとんどまったく買わない。しかし、もし二枚続きで何かおもしろいレコードでもあったら買いたいが、という相談をうけたら、今のところは、まず、このレコードをすすめるだろう。そのくらい、これはりっぱな出来栄えであり、おもしろいレコードである。 [184]
総じて、これできいていると、マゼールの「ベートーヴェン」を演奏するうえでの最大の武器が――バッハの時のあのメトリックなアクセントに匹敵するものとして――実にいろいろのクレッシェンドの使い方となって現れているのに気がつく。長くかかって、じわじわともり上がってくるもの。ときにはまた単刀直入に、アッという間にぐっと迫ってくる感じのそれ。 [187]
モントゥー〔Monteux, Pierre〕
1 二十世紀前半から後半にかけて、フランスには三人の名指揮者がいた――とかくのは、三人とも、今はすでに故人になってしまったからである。その三人とはピエール・モントゥー、シャルル・ミュンシュ、それからエルネスト・アンセルメのことである。このうちミュンシュはストラスブールの出身であり、彼が生まれた当時、アルザス、ロレーヌの両県は一八七〇年の普仏戦争の結果ドイツに領有されていて、フランス領に帰ったのは第一次大戦の後なのだから、厳密にいえばドイツ生まれということになる。それにミュンシュという人は、指揮者になったのもおそく、それもライプツィヒのゲヴァントハウス・オーケストラのコンサートマスターをフルトヴェングラーの下で、すでに長いことつとめたあとのことだった。これは有名な話だ。これは、また、ミュンシュのレパートリーからもみられることで、あの人はドビュッシーやラヴェルといったものも、もちろんよく指揮し、そうしてすぐれた演奏をきかせていたが、それとともに、あるいはそれ以上にバッハからはじまって――それも『ブランデンブルク協奏曲』といった器楽だけでなく、カンタータもさかんにとりあげていた(もっとも、今日では彼のような様式のバッハはもうすたれてしまったが)――、モーツァルト、ベートーヴェン、それからブラームス、ヴァーグナー等々の音楽を得意にしていた。それに、フランスものでは、まず、ベルリオーズ、現代ものではオネゲルからデュティユといったところに、彼の特に強い共感があった。こういう事実をみてゆくと、そこに、二十世紀フランスを代表する大指揮者の中では、この人はむしろ独仏混合というか、つまりは劇的で、ダイナミックで、そうして構成のがっしりした、対位法的な音楽を好んでやった人といってもよいことになろう。ミュンシュは、日本もボストン交響楽団といっしょにやってきたから、きいた人も少なくないはずである。彼のベルリオーズやベートーヴェン、ブラームスといった音楽は、ドラマティックで、激しく逞しく、色彩にも燃えるような輝きがあった。画家でいえば、モネよりはドラクロワに近かった。 [190]
こういう二人にくらべると、モントゥーは、言ってみれば、ゆったりとくつろいだ。そうして楽々としたものがあり、それが彼をはじめてきいた時から、私を魅了したのだった。 [193]
ヴァイオリニスト出の指揮者は、単に管弦楽の楽員たちに何をしなければならないかを指示するだけでなく、それを音にするためには、どうやらなければならないかを、少なくとも古典派以来ロマン派にかけて管弦楽の主体をうけもってきた弦楽奏者たちに具体的に示すことができるはずである。ピアニスト出身の指揮者がアイデアを与えるとしたら、かつて弦楽奏者だった指揮者は音の作り方の見本を与えられるということができよう。
だからというわけでもなかろうが、モントゥーは、どこのオーケストラにいっても楽員たちに愛されるので有名だった。 [194]
モントゥーの指揮姿を一度でもみたことのある人は、みんな知っているわけだが、この人は指揮台に立って、全体としてはほとんどまったく動かないようでいて、しかも棒さばきは精緻を極め、実に細かいところまで指し示していた。
それは本当に見ものだった! だから、ある意味では、モントゥーはクナッパーツブッシュと同じように、動きの極度にすくない、すべてを棒にまかせた旧式の指揮者のようにみえながら、さて、その棒の表現の細かさとなると、クナッパーツブッシュとは正反対の精密さをもつ。的確、柔軟、敏感、明快という点で、これをぬく人が果たしているのかどうか。肩をならべるにたる人でさえ、何人いるかどうか。少なくとも、私は、いま即座に思い当たる人は、一人もいない。まったく、この人のは、無類の棒さばきであった。 [194]
モントゥーは、若くしてディアギレフのロシア・バレエに指揮者として、ドビュッシーの『遊戯』、ラヴェルの『ダフニスとクロエ』、ストラヴィンスキーの『ペトルシュカ』、特に『春の祭典』のあの歴史的なスキャンダルの初演を受けもったのを皮切りに、一九六四年、八十九歳でロンドン交響楽団の常任指揮者として現役のまま死ぬまで、その間の半世紀以上をパリで、ボストンで、ニューヨークで、サン・フランシスコで、ハンブルクで過ごしたわけだが、その間一体いくつのオーケストラの常任指揮者となり、演奏旅行や単独での客演も含めて、一体何千回にのぼる演奏会を指揮したもの、それはもう想像を絶するような回数に上ったろう。しかも、ステージの上にいる楽員たちとステージの下にいる聴衆たちのその両方にわたり、これほど多くの人びとに、またこれほど熱烈に愛された指揮者もないのではないか。 [195]
3 モントゥーのレコードに、ベートーヴェンの『第二』『第四』交響曲をハンブルクの北ドイツ放送交響楽団で指揮したものがある。これをきくと、曲は同じでありながら、あのいつもの悲愴がかった、芝居気たっぷりの、そうして前進し、のびのびと歌い、元気より走り、考え深そうな眼差しになり、まじめで省察的な表情をとったり、ある時は思いきり活力にあふれた身ぶりで両腕をふりまわしたり、とび上がったり、障害物を跳びこえたりといった具合の、非常に生き生きした音楽になっているのに、気がつくのである。このベートーヴェンには、何の誇張も強がりも無理も感じなれない。それでいて、『第四交響曲』の面に針をおろすと、それは、申し分なく深くて、重々しい、音楽になっている。冒頭のアダージョからして、新古典主義の人びととちがった、たっぷりとゆったりした、まるでヘンデルのような歩みがあるのである。
〈略〉ベルリオーズの『幻想交響曲』でも同じである。今、ベートーヴェンの交響曲、ベルリオーズの交響曲ということで現代の代表的指揮者を考えるとして、すぐモントゥーの名を上げる人がいるかどうか。少なくとも、私には、すぐ、彼の名を思いつくことはないだろう。だが、こうして改めてきいてみると、モントゥーのベートーヴェンは実にすばらしい。精妙さと率直さが、きず一つない演奏の中で、こんなに見事に同居しているということは、モントゥーの指揮の異常な高さを証明している。[197]
それというのも、モントゥーは、音楽を客観的に眺め、自分をその中に埋没させもしなければ、まして、『幻想交響曲』の主人公と同化するような羽目にはまったく陥らないからである。彼は、むしろ、ある距離をおいて、音楽がよく眺められる地位に自分を保つ。彼の務めは、そこに鳴るべき音楽がどんなものであるか、それを正確に描き出すことにある。それがわかると、ここでは明快とならんで、均衡ということが、また非常に重要であることもわかってくるのである。そうして、この均衡という点では、彼のヴァーグナーの演奏がまたすばらしい実例となる。コンサートホールのレコードは一般に音はそんなによくないかもしれないが、ときどきおもしろいのをきかせてくれる。モントゥーが『トリスタン』の〈前奏曲〉と〈愛の死〉や『さまよえるオランダ人』や『タンホイザー』の序曲を指揮したレコードも、その見事な一例で、これできいていると、ヴァーグナーの管弦楽のかき方のすばらしさ――単によく鳴るというだけでなく、少しの無駄もない練達と、それから天才的な霊感としか呼びようのないものとをあわせもつ最高級の傑作にほかならないということ――を、これくらいよくわからせてくれる演奏が、ほかに、どこにあるだろうかと、考えてしまう。[199]
それにしても、モントゥーで『春の祭典』をきくその楽しさには、また、かけがえのないものがある。それは何もモントゥーがこの曲の初演をうけもったという、そういう歴史的な事情があるだけではない。棒の無類の精密さと、音楽に対する非耽溺的で賢明なアプローチ、透明で均衡のとれた音響を獲得する手段を探し当てるうえでのあやまつことのない判断力、こういったものが相集まって、この二十世紀の最高のバレエ音楽を扱ううえでのモントゥーの特別な適性が、そこに、十二分にあるからである。〈略〉 『春の祭典』には、実にいろいろなレコードがあり、その中では、たとえばブーレーズがクリーヴランド管弦楽団を指揮して入れものすごいのもあるけれども、このモントゥーの盤の楽しさは、また、格別である。 [201]
ブーレーズ〔Boulez, Pierre〕
2 ブーレーズの『春の祭典』のすばらしさは、個々の点で正鵠を極めているというだけでなく、全体をきき通すと、比類のない迫力をもっている点にある。
音の輝かしさだって非常なものだ。これもクリーヴランド管弦楽団というアメリカ第一の性能を誇るオーケストラを存分に駆使しているからでもあるが、このオーケストラにしても、ジョージ・セルがああして逝去してしまった以上、果たして、いつまで、この高性能を持続できるものか。そう思うと、実に、よい時に、レコードに入れておいたものである。
そのうえに、ブーレーズできいていると、それまではっきりしなかった個々の音型がよく聞こえるというだけでなく、それらのリズムのパターンのもつ構造上の意味がよくわかるようにひかれているのが、すばらしい。これまでのように、ただものすごい力だ、迫力だというのでなく、よく理解できて、しかもそのためにヴァイタリティが少しも失われないのである。これが、この演奏の優秀さの最大の特徴である。 [237]
ミュンシュ〔Munch, Charles〕
1 ミュンシュの率いるところのボストンでは、やはり、何といっても、ほかのオーケストラよりはフランス的な味が濃く、弦も柔らかくてきれいだが、特に管の音色の磨きたてられたような艶-つややかさが売りものという、その評判通りの見事な演奏をきいて感心したものだ。 [245]
2 手近なもので拾えば、ミュンシュがボストン・シンフォニーを指揮して入れた、ベルリオーズの『幻想交響曲』の出だし、〈夢心地〉と名づけられた導入のところに針をおろしてみていただきたい。やるせなさの極みを秘めたとでもいいたいような高い管による冒頭から、弦が入り、それから数十小節にして、低音が入る時にしても、ここでは、ズシンと腹にまで響くような入り方はしない。低音は低音で、無限のうらみをこめた音楽を奏してはいるのだが、しかし、その音は、あくまでも全体の響きの構築の中での一部をうけもっているにすぎない。
指揮者の仕事の一つは、いつかもかいたように、オーケストラの各声部の内部での釣合、正しいプロポーションを常に失わないようにすることにあるわけだが、そのプロポーションが、ミュンシュの場合、たとえば、これも前にかいたブルーノ・ヴァルターとちがうのである。ヴァルターのバスは本当に響きの殿堂のすべてを支えるがっちりした土台としてのバスであり、そのバスがあったので、彼の音楽は、また、あんなに豊麗で、しかもよく歌ったのである。
ところが、ミュンシュのは、ちがう。ヴァルターに劣らずよく歌うけれども、ここには、ああいった重量感はないし豊麗さもない。そのかわり、とびきり色艶のよい音の輝きがある。しかも、その艶やかな輝きの中で、「各声部が、まるで、それぞれが別々の生きもののように、自在に動いているのがみえる」といっても、あまり誇張できないくらい透明な音の織地が展示されてくるのである。
彼のそこを指揮する様子が目にみえるようだ。 [247]
私が、ミュンシュで好きなのは、ベルリオーズと、それからラヴェルである。
ベルリオーズでは、前あげた『幻想交響曲』は、お互い、ずいぶんいろいろな人の実演やレコードをきいてきたわけだが、私は、これまでのでは結局、ミュンシュのものがいちばん好きである。華麗で、劇的で、憂鬱で、無限にやさしい気持ちと、残忍で冷酷なものといったさまざまの矛盾するものをいっぱいつめこんだこの音楽を扱って、ミュンシュの演奏は、何よりも、そのパレットの上の色彩の豊かなことと、表現の即興性の豊かさと、この二つの点で、私には、最初から、心に直接訴えかけてくる演奏なのである。 [249]
同じような意味で、私は、ミュンシュ指揮のベルリオーズの『ロメオとジュリエット』のレコードがひどく気に入っている。これはまさに、「おもしろくて、やがて、悲しき」劇的な展開の、これ以上のことは考えにくいほどの名演ではないだろうか?
それから、同じ作曲者の『イタリアのハロルド』が、また、日本でこんなに有名なのも、私には、まったくもっともとしか考えられない。 [250]
3 もう一つ、ベルリオーズに少しも劣らずおもしろい例は、ミュンシュの指揮で、ラヴェルをきくことである。
『ボレロ』を例にとってもよい。だが、圧巻は、私の知る限り、『ダフニスとクロエ』の第二組曲である。 [253]
フルトヴェングラー〔Furtwangler, Wilhelm〕 2
フルトヴェングラーという音楽家で特徴的なのは、濃厚な官能性と、それから高い精神性と、その両方が一つにとけあった魅力でもって、きき手を強烈な陶酔にまきこんだという点にあるのではないだろうか?
このことは、彼の指揮したものなら、たいていどこにも見出される。それはブルックナー、ブラームスや、モーツァルト、バッハだけでなく、ベートーヴェンにも、ヘンデル、R・シュトラウスにも出ている。それから彼のシューマンがそうだし、彼のチャイコフスキーだってそうである。 [263]
フルトヴェングラーが第二次大戦中のベルリンでフィルハーモニーを指揮したベートーヴェンの交響曲が近年日本でもレコードになって、簡単に買えるようになった。なかには、ヴィーン・フィルハーモニーとのもあるが、ともかく、それらによっても、『第三』『第四』『第五』『第六』『第七』『第八』『第九』の各交響曲がきける。
みんなすばらしいが、それらをきいていて、そこで圧倒されるような想いがするのは、演奏の不思議な生々しさである。これは実況をとったものだからというのとは、全然何の関係もないことである。そうではなくて、ごく単純に、そうして純一に、これらの曲が、そこでは、それぞれ一つの生きた劇として、生きた抒情として、生きた運命として、生きた観念として、全面的に生きられて提出されているからである。 [263]
フルトヴェングラーが指揮すると、ベートーヴェンがこれらの音楽の中に封じこめていた観念と情念が生きかえってくるのがきこえるのである。 [265]
同じ『第九』のベートーヴェンが、また、第三楽章では、ずいぶん変わってきこえる。私には、この曲の中で、この楽章が、さっきいった高度に精神的でしかも強い官能性をもった音楽の魅力という点で、フルトヴェングラーの一般的な精緻の枠にいちばんうまくはまっているように思われる。と同時に、他面、ここほど一枚ヴェールでへだてられた向こう側の出来事のような間接性というか、夢幻性というか、そういう定かでないものとしてきこえてくる音楽は、ほかにないのである。こうしてきいてみると、どうしても、「ベートーヴェンは、ここで、夢をみているのだ。そうして、終わりのあの金管の響きは、現実の世界からの呼びかけ、召集である」と言いたくなるのである。[266]
精神的な演奏といえばフルトヴェングラーがベートーヴェンを扱って、その方向への傾きを最も截然-せつぜんとみせているのは、メニューインを独奏者に迎えて『ヴァイオリン協奏曲』を指揮した時である。この演奏は、単に目立っておそいテンポでひかれているというだけでなく、全曲を通じて、いやがうえにも澄みきった音色をきかせるメニューインに合わせて、フィルハーモニア管弦楽団を指揮するフルトヴェングラーも、まるで重苦しい足音は絶対に立てまいと決意したかのように――『第五』の場合とは正反対に――、まるで雲の上でもゆくように、そっと歩いている。こういう演奏は、フルトヴェングラーには極度にまれなのではなかろうか。特にここのメニューインには、何かの宗教の教祖とでもいったものが放射されている。 [266]
私は、彼をあまりにも晩年にききすぎた。そうして、晩年ということも、ピアニストと指揮者では、意味がちがいすぎる。指揮者は何のかのといっても、自分で音を出さない。これに対して、ピアニスト、ヴァイオリニスト、歌手、その他の演奏家たちのうえには、肉体の条件がはるかに大きくのしかかっている。どんな大家だって、あまり年をとってしまうと、《音》から脂っ気がぬけてしまう。 [268]
フルトヴェングラーをはじめてパリできいた時、そのプログラムにブラームスの『交響曲第三番』が含まれていた。これがまた、私にはおもしろかった。
その一つは、ブラームスのオーケストラ曲の響きというものを、ここではじめて納得した点にある。それは室内楽と管弦楽の混ざりあったようなもので、同じ時代に生きながらも、ブラームスはヴァーグナーとちがって、金管の使い方などが古風で、それだけに、木管が非常に重視されていた。それは誰しも知っている。だが、その木管の音色が、ブラームスではずいぶん地味な、艶消しをしたようなものであることには、必ずしも誰もが気がついているわけではない。それというのも、そういうことは、スコアに書きこめないものであって、もっぱらブラームスの生前から彼の音楽を演奏してきた中欧の管弦楽団、ヴィーンとかプラハとか、あるいはライプツィヒとかいった各地のオーケストラの伝統となって残っているもの、それをきいて、逆に判断するほかないのである。[269]
アメリカの交響楽団で何度もきいてきたその耳で、ヨーロッパに来て、ベルリン・フィルハーモニーの演奏で、ブラームスをきいた時、私は、本当に「そうか。これがブラームスの音色なのか」と思ったのは事実である。実にしっとりした、くすんだ、よい音だった。 [270]
ブラームスの四曲の交響曲の中でも、『第三交響曲』は、最もまれにしか演奏されないものだし、私も、ほかの三曲にくらべて、実演できいた回数は、これがいちばん少ないだろう。しかし、それたけにまた、大指揮者名指揮者といわれるほどの人の手になる演奏できいた時は、当然忘れにくく、ほかの演奏と混同しにくくなる。それでも、私は、この時のフルトヴェングラーの演奏ほど、感心したことはない。ディミヌエンドとかピアノとか、それに休止がすごく、生きてくるのである。
いったいに、フルトヴェングラーのブラームスはすばらしかった。 [271]
4 周知のように、ブラームスは『ハイドンの主題による変奏曲』をかきのこした。これは、単にブラームス一代の傑作の一つだというだけでなく、およそ何百曲かに上る古今の管弦楽曲の名作を洗いざらい数え上げる場合でも、管弦楽の変奏曲という題目では、抜きにして考えることのできないものである。
それに、指揮者の力量をはかるのと同じように、管弦楽団の力を知るうえにも、この曲は最適の作品となっている。 [272]
その中で、演奏の水際立ってうまいのは、ジョージ・セルの指揮、クリーヴランド管弦楽団の演奏によるものだった。これはもう数ある名門オーケストラの演奏にくらべても、一段とまた高水準の出来栄えであった。 〈略〉
アンダンテの主題が、オーボエとファゴットで提示され、それを低弦とコントラファゴットが支え、そこにさらにホルンが加わる。この主題の前半は五小節プラス五小節という変則的な構造なのだが、ブラームスはホルンを二小節やらしては、一小節休むという形で、その五小節という変形をさらにおもしろくいろどっているのである。そういう感じが、セルの棒だと実によく出てくる。そのうえに、それこそ一部の隙もない完璧な合奏のおかげで、最初からひきしまった実によい響きがする。誇張していえば、この最初の五小節をきいただけでも、耳が洗いきよめられたような気がするほどの名演である。あとも、ずっと、その調子。
これほど、欠陥のない演奏は、ほかになかった。 [273]
ジュリーニ〔Giulini, Carlo Maria〕 2 実は、今度、ジュリーニのレコードをきいてみて、最近の、というか、彼がシカゴ交響楽団といっしょに入れたベートーヴェン、ブラームス、マーラーといった曲のレコードのほうが、たとえばロンドンのフィルハーモニア・オーケストラと合わせたモーツァルトなどより、一段と迫力があり、音楽として力強いうえに、何というか本当にしっかりした手応えのあるものになっているのに気がついたからである。 [289]
3 ベートーヴェンの交響曲といい、ブラームスのそれといい、このレコードできいていると、気持ちのよいのは、音がきりっとひきしまって、まったくむだがないという印象を与えられるのである。しかも、前にかいたように、やたらと各パートの分離がよいにもかかわらず、そうなのである。 [293]
だが、ブラームスの交響曲の演奏では、ベートーヴェンではあまり気がつかなかった別の要素が加わってくる。それはテンポの動きがかなり著しい点である。
〈略〉ジュリーニは、ベートーヴェンでは一切つつしんでいたが、ブラームスだからこそ、きっと、こういう指揮をしたのだろう。たしかにブラームスの音楽では、この種の詠嘆の声が、きき出そうとしさえすれば、いくらでもきこえてくる。そればかりでなく、この先のほう、展開部が終わりかけて、再現部に移ってゆく箇所で、音楽は歩幅をゆっくりゆるめてくるのだが――そうして、そうやることによって、この交響曲の全体を支配している3度の連続下行という最も重要な思想の意味がこれ以上やりようのないほどはっきりしてくるのだが(スコアで第二二七小節から、特にフィルハーモニアのポケット・スコアでVの印のついた第二四六小節から再現のはじまる第二五八小節にかけて)――ジュリーニのやり方では、テンポをゆるめることは同時に、たっぷりとまるで
イタリア・オペラのテノールのアリアみたいに、歌い上げることでもあるのであって、それが、私などには、はじめてきく時、軽い違和感を抱かせ、「何かがおかしい」という感じを与えもするのである。 [294]
私は、何もジュリーニがイタリア人だから、よく歌わすのだというような紋切り型を言っているつもりはない。いやもし、そんなことから言うならば、ジュリーニのブラームスの歌わせ方は、むしろ少し疎外感があるのだから、むしろ歌わせ方が下手だと言っても、よいくらいだろう。
そうではなくて、彼には、際立って独特な歌わせ方があり、それがきくものを驚かせたり、納得させたりするというだけのことなのである。
そういうなかで、私が、今度ジュリーニの何枚かのレコードをきいているうち、最もびっくりしたのは、マーラーの『第一交響曲』をきいた時で、この交響曲の第三楽章の出だしで、ニ短調の旋律がコントラバスからはじまって、ファゴット、チェロ、バス・チューバ、クラリネット、ヴィオラ、それからホルンとしだいにカノンで重ねられてゆくのをきいているうち、「ああ、そうだ。これはベートーヴェンの『第九』のあの〈歓喜による頌歌〉の、最初の器楽の、入りあれのパロディーなのだ。そうしてあちらの歓喜に対し、こちらは葬礼の哀悼の歌なのだ」と気づいた時である。 [296]
ここまで読んでくれて、ありがとう&ご苦労様
茶者の名調子に酔いながら
欲張ってフルトヴェングラーとジュリーニまで抜き書きしたら
ほぼ3万字という、空前の長編になってしまった
クラシック音楽や指揮者に関心のない方には
呪文だらけの不気味本かもしれないが
さすがは「指揮者論の最高峰」と称賛されるだけの名著なのだ
ではでは、またね。