我慢してまで都会に暮らすメリットは、もはやない。 『漂うままに島に着き』内澤旬子 周回遅れの文庫Rock

地震 原発事故 そして新型コロナ・・

東京などの大都会で暮らすメリットが次から次へと失われ

その空隙を埋めるように、雑踏の中で生きる"しんどさ"ばかりが募っていく。

なかでも、昨年春から続く就業難iに直面した若い世代にとって

もはや無駄に人が群れ集う首都圏は、〈呪われた地〉でしかないのかもしれない。

 

そうした、夢も希望も奪われた"コロナ被災者"たちにとって

本書は、未来に向けた〈ひとつの選択肢〉を指し示しているように思えた。

 

もちろん、文庫本の奥付ですら2019年7月なのだから

当然、「コロナ後」に書かれたものではない。

2013年から14年にかけて、著者が実際に

東京都内(文京区)から小豆島へ移り住んだ記録である。

たまたま時期的には、東日本大震災福島原発事故後にあたるものの

移住した理由にしても、これらの災害とは直接の関係がない。

著者自身は、こう書いている。

やっぱり東京を出よう。二〇一二年に文京区内で引っ越してから一年も経たないうちに、音を上げた。まるでもって、つまらん。こんなつまらん生活のために、高額家賃を晴らしながら年老いていくなんて、バカバカしすぎる!!       (13ページ)

 

具体的な理由に挙げているのは・・

介護に必要な親がいたり、転校を嫌がる思春期の娘や息子がいたり、都内に勤め先を持つ配偶者がいるというならば、また話は別。だが、幸か不幸かその手のしがらみも今のところ一切ない。暮しやすい場所に移住して、やりたいように仕事をする方が、どう考えても自分にとってはいいように思えた。             (20ページ)

よくぞ言ってくれた!と心の中で拍手したのは、次の一文。

それともう一点。自分が望む居住条件を抜きにしても、以前よりも東京全体に魅力を感じなくなっているということも、ある。はっきり言えば、東京がつまらなくなってしまった。                             (20ページ) 

 

そんなわけで、「自宅の部屋から海が見えて、のーんびりできる広い家」を求めて

女一匹、全国の候補地(島々)を巡った結果、決めたのが、以下の物件。

築四十年近くの一軒家で、賃貸で四万円。間取りは、なかなか広いじゃないの。六畳が四つに、キッチンが八畳か十畳か。               (106ページ)

部屋の窓からスカッと素敵な青い海を見渡すことができる。山も近い。日当たりも風通しも良い。静か。しかも充分広くて、本を床に置いても圧迫感がない。(172ページ)

 

とはいえ、むろん憧れと実態がピッタリ合致するはずもなく

その後、著者は移住先の小豆島で様々な悪戦苦闘を繰り広げるのだが・・

どうにもその「苦闘ぶり」が、こちらの予想を大きく下回って!いるのである。

 

東京を出るときに、「都会からあなたみたいな独り者の女が地方に行ったら、怪しまれるに決まってる」と言われまくっていたのに、とにかく優しくしてくださる方が多い!!

何故なんだろう。これまでイメージしてきた、田舎の閉鎖的な感じが、ないのである。

また濃すぎるほどの人間関係を強要されることも、ない。結構気を遣って放置していただいているのだろうか。                    (258ページ)

 

つづいて、いくつかの理由が挙げられていたが、そのうち最大のものは

近年、都会から地方に移住する人が急増しているという事実だった。しかも・・

私が見た中で断トツで想定外だった移住者は、単身でやってくる女性たちだ。ふんわりと田舎暮らしに憧れて、とも言えるのだけれど、少し違う。それなりに働き者だし、貧乏な暮らしにも適応するし、地元の人たちからかわいがられる能力もある。センスもいい。若いといっても三十代どころか四十代の人も結構多め。実は島への移住者の半分以上が単身女性なんだとも聞いた。ほとんどが専門職能を持たないので、地元の企業や観光業などに非正規で雇用されたり、宿泊施設や飲食店で働いたり。 (280ページ)

 

さらに最終章で、著者はこう結んでいる。

いつのまにか地方よりも都会が、東京が、ディストピアになってしまったのだと思う。

若い世代にとって、新卒で国家公務員か大手企業の正社員になるなどのごく少数をのぞいたら、東京にいることで羽振りの良い暮らしがいつか叶うということは、ほぼない。

いや、すっごくすっごくすっごく頑張ればあるのだろうけれど、ほとんどの輪鴨が、特に女性は、希望を見つけられる状態ではないのではないか。

だからといって、地方にいい仕事が転がっているかというと、そういうわけでもない。

はっきり言えば、暮らしと仕事にまつわる苦労は、どこに住んだところで絶えることなど、ない。それでも島に住みたい。都会から離れたい、新しい生活を始めたいと思う気持ちに突き動かされて、集まってきているのが私たち移住者なのだ。事情はそれぞれ違うのだけど、どこか似たような思いを抱えて寄せ集まって来た分、地元の人たちとはまた違う気安さがあり、私たちは緩くつながり続けているのだろう。 (284ページ)

 

そして「AC(アフター・コロナ)1年」を迎えた、いま。

都会に住む少なからぬ数の若者(中高年も)は

未来への夢や希望を奪われ、かろうじて命を繋いでいる。

そんな彼ら、彼女たちにとって

著者が身を投じた島(地方)への移住生活は

充分、〈未来への選択肢のひとつ〉となりうるのではないだろうか。

 

少なくとも、東京みたいな大都市が

コロナに仕事を奪われ、日々の糧すら得らぬまま

それでもしがみつき、暮し続ける価値のある場所だとは、思えないのだ。

 

 

ではでは、またね。