「毒」と「薬」は、同じもの 『名もなき毒』宮部みゆき 周回遅れの文庫Rock

読んでいるあいだずっと

小さな虫が背中を這いまわっているような

強い"もどかしさ"に襲われていた。

 

まずは、実際の薬物を使った無差別毒殺事件と

その背後にひそむ犯人(たち)の、あまりにも切ない動機に。

他者の心身を傷つける言動を繰り返し、エスカレートさせることでしか

己のなかの飢えと孤独を慰められない"自称被害者"の、行き場のない絶望感に。

そしてなにより、自分では「善意」から起こした行動だったはずが

ことごとく火に油を注ぎ続け、次々と悲劇を引き起こしてゆく主人公・杉村の姿にだ。

 

本作は、大企業トップの令嬢(ただし本妻の娘ではない)と結婚した

いわゆる〈逆玉男〉・杉村三郎を"語り手"に据えた、シリーズの2作目にあたる。

(ちなみに1作目は『誰か』、3作目が『ペテロの葬送』)。

結婚を機に杉村は、妻につながる大企業の系列会社(出版部門)へと転職。

一定の収入こそ稼いでいるものの、実際の生活面でリードするのは、あくまでも妻。

彼女は、自らが所持する莫大な資産を使い

文字通り「何不自由ない暮らし」を築き上げた。

杉村の日常は、そんな妻(少々病弱)と一人娘のために捧げられている・・

といっても過言ではないだろう。

 

要するに、義父である企業トップ(会長)の顔色こそ窺う必要はあるが

それ以外の経済面、生活面に関しては、不安要素が見当たらない

――悪意ある言い方をすれば、"他人に手を差し伸べる余裕のある"立場である。

元来、純情かつ善良な心の持ち主で、人助けも苦にしない杉村が

周囲で起きる様々なトラブルに関わっていくのは、自然な流れと言えるだろう。

 

それでも、1作目の『誰か』では

杉村は「事件」の後をついていくのが精いっぱい。

彼自身は、徹頭徹尾〈傍観者〉の立場を貫いていた・・ような記憶がある。

(恥ずかしながら、5年以上前に読んだだけなので、断片的にしか覚えていない〉

対して本作では、何人もの当事者と密接に関わりを持ち

自ら事態を進展・収拾させるべく、積極的に行動していく。

しかし、その結果はーーまさに、惨憺たるありさま。

お前は疫病神か!?、と、グーパンチを入れたくなるような結果を掴み取る。

 

そんなわけで、杉村が"あくまで善意からの行動"に乗り出すたび

読者(オレだ)は、"今度はなにをやらかすんだろう"・・と

イライラやらもどかしさをクレッシェンドさせ

実際に「コト」が起きるたびに

"ああっ、このバカ!またやっちまった!!"

後見人の義父に成り代わっては、思わず溜息をついてしまうのだ。

まったくもって、ヨーロッパのことわざじゃないが

地獄への道は善意で敷き詰められているありさまが、よーくわかる。

 

とはいえ、上に挙げた「イライラ」「もどかしさ」は

表現を換えれば「ワクワク」「ドキドキ」でもあるわけで

その意味では、とってもサスペンスフル。

『そろそろアレが来そうだ・・・ん?ひょっとして、これか?

・・・・うわーっ、キタキタキタキタキタ~~!!』

良質のスプラッタシネマというか、現代のなまはげ体験というか

ハンバない"やっちまったよ感"が味わえるのだ。

 

それにしても、本作の単行本が発行されたのは、2006年8月。

いまから15年前も前のことだ。

だが、ここで描かれた有形無形の"名もなき毒"は

その後も、薄まるどころか、際限なく濃縮&増産を継続。

いまやSNSという巨大なネットワークを根城に

人類の命運をも左右する一大勢力にまで、成長を遂げてしまった。

そういう意味では、本書『名もなき毒』は

2021年以降の世界を見通す〈予言の書〉とも言えそうだ。

 

ちなみに、巻末の解説で杉江松恋氏が

杉村を含む登場人物たちがあるナツメロを口ずさむ、ラストの場面について

陰惨な体験を乗り越えていこうとする事件の関係者が、この歌を繰り返し口ずさむ場面は、本書でもっとも美しいものだ。

怖がりだからこそ眼を背けることがでない。眼を閉じられないから見たくないものをたくさん見てしまう。だが眼を開いているからこそ、わずかな光に気づくことができるのだ。どこかにあるかもしれない平和の地を探すことができるだ。  (607ページ)

ーーと、高らかに歌い上げているけど。

いやいやいや、あまりにも「毒」が強すぎて強すぎて・・・

とてもじゃないけど、ナツメロぐらいで「希望」になんか転じられないって。

 

 

だが、そうはいっても、現実には、いたるところ〈毒まみれ〉なわけで。

歌声ぐらいにしか希望や平和を託せないのは、辛いよなー。

 

・・そうか。

こんなんだから、若い人は未来に絶望しちゃうのか。

とりあえず、やめてみたら。SNS。

って、使ってる本人が言うことじゃないな。

うーん・・それでも、きっと、なんか、突破口はあるはずなんだ。

ボケかけた頭を絞って、もうちょっと考えてみるよ。

 

少なくとも、自分の好きなことを見つけて、それに集中するのは

ひとつの解決法では、あるんだよなー。

ただ、そこに「悪事」も含まれちゃうのは問題だけど。

 

本の感想から、ずいぶん遠く離れてしまったな。

ではでは、またね。