”宗教画”って重くない? カッパドキア&イスタンブールの旅 2019.11.28-12.5 6日目(前編)Ara-kanふたり旅

2019年12月3日(火) イスタンブール市内

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ご存知、アヤソフィア

今回の旅では、まだ列車や長距離バスに乗っていなかったので

天気と気分次第では、日帰りでエディルネorブルサに行ってみよう

などと考えていたのだが・・

予定していたこの日は、あいにく朝からどんよりした曇り空。

天気予報もイマイチだったので

昨日に続き、イスタンブール市内を回ることにした。

 

だったら、いっそのこと「王道コース」にチャレンジしよう!

アヤソフィアトプカプ宮殿、考古博物館、モザイク美術館など

7大観光スポットの入場券がセットになった

ミュージアムパス』(5日間有効)を購入することに。

 

ホテルから、昨日とほぼ同じルートを歩いて

朝から行列ができていたアヤソフィアの入口にたどりついた。

さっそくチケット売り場で「ミュージアムパスを2枚」と言いながら

旅行前にガイドブックで確認した料金を2人分、差し出した。

ところが受付の女性はは眉を寄せ、小さく首を振る。

どうして? 1人185トルコリラだから、400で足りるはずだよね?

納得いかない気分のまま、指し示された料金表をよくよく見ると・・

ミュージアムパス」の横に「220TL」の文字が!

いつのまにか、日本円にして4000円以上に値上げされていたのだ。

 

何かに負けたような気分で追加料金を払い、とにかく購入する。

なにしろ、アヤソフィアに入るだけで1500円近く?かかるから

3か所入れば元が取れる計算になる。

それにしても、トルコの物価を考えると

このあたり(世界遺産)の入場料は、かなり高めだ

なので無責任な一観光客としては

アヤソフィアが博物館(有料)からモスク(無料)に替わったのは

むしろ嬉しい知らせに思えてしまった。

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見るからに「世界遺産」のたたずまい

ともあれ、肝心のアヤソフィア内部は・・さすが!のひとこと。

ギリシャ正教時代とイスラム寺院時代の様式が混然と同居しているさまは

ほかでは出会えない、不思議な光景だった。

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2階テラスから見下ろすと・・

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ザ・教科書ショット!?

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ここにもマスコットのニャンが・・

また、トルコきっての観光スポットだけあって

今回の旅で初めて、日本人観光客と話をすることができた。

(団体旅行で来たという、やや年上の女性ふたり)

 

実は、カッパドキアからイスタンブールまでの5(6)日間。

中国語や韓国語を話す団体とは何度もすれ違ったが

空港以外、明らかに日本人と分かる観光客の姿は、ほとんど見かけなかった。

世界でも有数の人気観光地のはずなのに、どうして?

・・そういえば、半年ぐらい?前からテロやデモが相次いで起きて

ちょっとばかり情勢が不安定になっていた。

そこに不安を感じた中高年の方々が、トルコへの旅を自粛してたんだっけ。

けれどアヤソフィアは、今日もアジアなど外国からの観光客で大賑わい。

いいか悪いかは別として

この程度で旅行を控えちゃうのは、日本人だけなんだよね。

だからこそ一年近く続いてるコロナ騒動でも

政府の「お願い」を律義に守り、感染抑制に励んでいられるわけなんだけど。

正直、もう少し自分の頭で考えて、決断し、行動してほしいなぁ。

・・なんて思っちゃうのは、私だけなんだろうか。

 

やや、話が時を越えてしまった。

もいちど1年ちょっと前のイスタンブールに戻って、旅を続けよう。

 

1時間以上かけて、巨大なアヤソフィアを隅々まで歩いたことで

早くも〈博物館疲れ〉に襲われてしまった。

すぐ隣で、次なる観光スポット・トプカプ宮殿が待っていてくれたのだが・・

”――、、明日にしよっか”

相方とも意見が一致。

ひとやすみがてら乗り物で移動し、別のエリアを目指すことに。

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なぜかホッとするエミノミュ広場

すっかりおなじみになったエミノニュふ頭までのルートをたどり

そこから、地元の利用客でごったがえす市内バスに乗り

スマホのマップをたよりに

昨日訪れたミフリマー・スルタン・ジャーミイ近くのバス停で下車。

どこか下町っぽい細い道をたどって、小さな寺院の前へ。

 

外から眺める限り、ごく質素な石造りの建物なのだが

一歩中に入れば、鮮やかに彩色されたモザイク画の数々が。

朝方購入した『ミュージアムパス』で入場できる、7つの施設のひとつ。

『カーリエ博物館』だった。

さきほどのアヤソフィアとは大違いで、訪れる人はポツリポツリ。
おかげで、広くない博物館(バレーボールコート程度だったか)のなかを

ゆっくり歩き回り、じっくり自由に鑑賞することができた。

・・とはいうものの、宗教心がすっぽり抜け落ちているせいか

「モザイク美術の傑作」と謳われる作品の前でも

”ふーん、これがそうか・・”ぐらいの感慨しか湧いてこないんだよね。

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小さな建物の中にモザイク画とフレスコ画がいっぱい

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不信心者ゆえ、どなたかは存ぜませぬが・・

てなわけで、カーリエ博物館を出たときには

〈博物館はお腹いっぱい!〉状態に。

そんなことより(なんて失礼な言いぐさか)

普通の市場や繁華街やスーパーマーケットを見てみたい!

という相方とも意見が合致。

昼食をとることも考え合わせ、観光地じゃない「普通の繁華街」へと向かうことに。

トラムに乗ってひと駅のエディルネカプ停留所から

高速道路を利用したピストン輸送バス(メトロシビュス)に乗り替える。

このメトロビュスが、凄かった!

数十秒ごとに次々バスがやって来て、大勢の利用客がどんどん乗り込んでいく。

ほとんど〈ラッシュ時の山手線〉状態だったのだ。

・・そりゃあ、ヨーロッパ有数の1500万人都市だもの。

  観光スポットを一歩離れりゃ、こんな感じだよ。

ぎゅうぎゅう詰めのバスのなか、ドア脇のボールに身体を預け

ハイウェイの側を流れる高層ビル群を、ぼーっと眺めていたのだった。

 

目指すは、ヨーロッパ最大級の広さを誇る(と書いてあった)

巨大ショッピングセンターCevahir(ジェヴァーヒル)!

はたして、無事たどりつけるのか!?

 

でばでは、またね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

のチケット売り場

 

 

 

 

傍観者は《感動の物語》を要求する 箱根駅伝2021&『あさひなぐ』(全34集)こざき亜衣 周回遅れのマンガRock

1月3日の、お昼過ぎ。

苦悶の表情でトップを走る創価大学の選手を

猛然と追いかける駒澤大学の選手。

刻々と詰まっていく両者の距離を興奮の口調で連呼する

アナウンサーの実況中継を観ていたとき

”ああ、これは圧倒的多数の人が駒澤の大逆転を期待しているぞ”と気づいた。

そして同時に、数日前に読み終えた漫画『あさひなぐ』のワンシーンを

思い出したのだった。

引用しよう。

 

「なんなんスか、この出雲ガンバレの空気・・」

「うむ。すっかり出雲の物語の一部にされてしまったようだな」

「物語?」

「人間は常に 目の前で起ることに物語を見出そうとする。

 圧倒的強さを誇る王者の物語、

 たった三人で懸命に道を切り拓こうとする勇者たちの物語。

 美しい物語の結末を人々は求める。

 たとえあの子たちがどんな物語を持っていようと、

 主人公に立ち塞がる壁にすぎないのさ」  〔第31集 101~2ページ〕

 

そう。すべてを賭けて戦う選手や関係者とは異なり

なにひとつ背負うもののない見物人は

ひたすら、自分たちに感動を与えてくれる『物語』を待ち望み

ときには声を張り上げて、要求する。

今年の「箱根」で最終10区の終盤に起きた〈逆転劇〉は

まさにそうした〔大衆が求める感動ドラマ〕の、典型といえるだろう。

 

神や奇跡を、人は信じたいんだよ」         〔同 111ページ」  

 

いささか強引に箱根駅伝とくっつけてしまったが

上記の引用からも伝わってくるように

とある高校の「なぎなた部」を舞台にした『あさひなぐ』は

なぎなたに青春を燃やす、個性豊かな各校の女生徒たちはもちろん

その家族や友人、様々な世代の指導者(OG)と教師

さらに、無知を隠そうともしない報道スタッフや

片方だけを熱狂的に応援して「感動の物語」を要求する見物人まで

極めて多種多様な価値観を持つ人々の思いを

ひとつひとつ、丁寧に描き出すことに成功した作品である。

 

とはいえ、ぶっちゃけ正直なところを言ってしまうと

最初の数巻(あるいは十数巻)前後まで

このマンガに対する評価は、決して高くなかった。

なにしろ、「絵」がキビしい。

明らかにデッサン力が備わっておらず

顔の向きが変わっだけで、誰だかわからなくなることもしばしば。

「絵なんかの二の次!話さえ面白ければOK!」と割り切れる人であれば

どこにも引っかからず、ストーリーに熱中できるのだろうが

自分はなにひとつ描けないくせに

「やっぱマンガは〈絵〉が上手くないと・・」

なんて要求ばかり突きつける〈なんちゃって批評家〉にとっては

けっこう高いハードルだったりするのだ。

 

それでも、途中で投げ出すこともなく、ラストまで読み通すことができたのは

わずかずつだが、巻を追うごとに確実にレベルアップしていく画力と

崖っぷちに追い詰められた局面で放たれる〈心に響くセリフ〉のおかげだった。

いずれも、悟ったように上から目線で「道」を語るウンチクではなく

(「神は乗り越えられない試練を人に与えることはない」とか)

作者自身が「現場」で掴み取ってきた〈生きた言葉〉以外の何物でもなかったから。

 

そして、十数巻まで読み進んだところで、ようやく気が付いたのだ。

この漫画は、登場人物と作者が同時に、しかもリアルタイムで成長していく

極めて稀有な作品なのだ、ということに。

 

んで、この発見をサブタイトルにして記事を書こうと目論んでいたところ・・

なんと最終34巻のあとがきで、作者本人にバラされてしまった。

夢を見たこと、悔しかったこと、足りなかったこと、それでも好きだったこと、

やめたくなかったこと。

旭にとっての薙刀は、私にとっての漫画。

短観にいかないことは分かってる、でも頑張りたい。才能がないことくらい分かってる。

でも、それでも強くなりたい。頑張れ、上手くやれない。その繰り返し。

試練を与えたその手で、勝ってほしいと祈る。説明のしようのない複雑な思いを旭に重ね、ぶつけていきました。              〔第34集 246ページ〕

※注:「旭(あさひ)」は、主人公の女子高生の名前

 

そんなわけで、いささか中途半端なシロモノになってしまったが

冒頭の「見物人つながり」にこじつけた次第。

 

ともあれ、繰り返しになるが

この作品は、作者と登場人物たち?が同時進行で成長していくという

極めて稀有な構造を実現している。

だから、間違っても「絵がイマイチだからちょっと・・」なんて

〈プチ食わず嫌い〉にはならないでいただきたい。

 

ほんと、「ここで、このセリフが出るのか~!?」と

自称〈ベテラン小説読み〉が舌を巻くような鋭いアタックを

ドカンドカンと打ち込んでくるのだから。

 

ちなみに、私的〔名言〕ナンバーワンは

巻末の『名セリフ総選挙』において、堂々第4位に輝いた。

「宮地。オレは何もいいこととか言えないからな。

 だから、そんな大事なこと、オレなんかの前で決めちゃダメだぞ。

 今決めるなよ、絶対」(小林先生)        〔第21集「孤独」より〕

作品きっての無責任キャラにここまで言わせるのは、スゴイのひとこと。

 

毎度のことながら、支離滅裂になってしまった。

ならば、メツレツついでにもうひとつ。

勝手に「物語」を作り上げ「感動」を要求してくる

無責任でワガママな見物人たちに対し

主人公(旭)が、心の裡でつぶやいたことば。

 

それは きっと外から見ていた人には分からない

分かってほしいとも、思いませんでした。 〔第31集 186ページ〕

 

ではでは、またね。

 

モスクは「観光地」ではなく”祈りの場” カッパドキア&イスタンブールの旅 2019.11.28-12.5 5日目(後編)Ara-kanふたり旅

2019年12月2日(金) イスタンブール市内

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この旅いちばんのモスク

ガラタ橋たもとのすぐ東にあるエミノニュ駅からトラムに飛び乗り

13駅先のトプカプ駅でT4線に乗り換え。

3駅目のエディルネカプ駅で降りて、出口から見上げると

目の前を延々と横切るテオドシウスの城壁ごしに

ブルーモスクよりふたまわりほど小さい建物が、たたずんでした。

ミフリマー・スルタン・ジャーミイ。

1565年、スレイマン大帝の娘ミフリマー・スルタンに捧げるために造った

と伝えられているモスク。

つい最近、11年に及ぶ修復を経て公開され

ステンドグラスが美しいことで、知る人ぞ知るイスタンブールの名所だ。

 

幸い、太陽はまだ地平線から20~30度ほどの高さで頑張ってくれていた。

これなら、陽射しを浴びたステンドグラスが鑑賞できそうだ。

ところどころ崩れてガレキになっているテオドシウスの城壁を越えて

ミフリマー・スルタン・ジャーミーの裏手へと登り

ぐるっと大回りして、出入りする人のほとんどいないモスクのなかへ・・。

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外観はそっけないけど・・

明るい。

それが、第一印象だった。

白い壁と、白い天井。

やさしい色合いのステンドグラスからこぼれる、パステルカラーの光。

赤いじゅうたんを敷き詰めた広い床にひざまずき

一心に祈りを捧げる男性が、ひとり、ふたり。

アーバスが立ち寄る観光地とはまったく異なる、”祈りの場”が

静けさのなかに、広がっていた。

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また天井を見上げてしまう

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物音ひとつない、祈りの場

あいにく、神様なるものを信じない不心得者ゆえ

参拝者の方々を真似て礼拝するのはかえって失礼というもの。

なるべく邪魔にならぬよう、壁にもたれて座り込み

ただただ、ぼーっと、時を過ごしていた。

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同じような写真を何枚撮ったか・・

ステンドグラスから漏れる陽射しが衰えたころ

よっこらしょっと立ち上がり、ミフリマー・スルタン・ジャーミイを後に。

1時間ほど前に降りた駅まで戻り

逆方向のトラムに乗って、ふたたび市街地を目指す。

「行き」より5駅手前のベズヤット・カパチュルシュ駅で降りて

すぐ北側に幾つもの入口を開けている、グランド・バザールに足を踏み入れた。

 

小さな店が無数に集まる、中近東ならではの屋根付きの巨大市場。

中近東最大級と言われるだけに、どこまで行っても店また店。

昼間訪れたエジプシャン・バザールに比べ、全体的に古く薄暗く感じる。

通路も迷路のように入り組んでいて

ときどきどっちに向かっているのか分からなくなる。

前後左右から盛んに呼び込みの声がかかるが

ちょっとすさんだ雰囲気が気になった。

小一時間ほど、あちこち見て回り

様々なフルーツをベースにしたお茶の専門店では

勧められるまま数種類のお茶を試飲させてもらったのだが

試しに値段を聞くと・・・た、高い!

予想をヒト桁ほど上回る、超高級品だった。

買う気がないと分った瞬間、無表情になる店員から逃げるように店を出た。

 

結局、いちども財布を開けることなく

グランド・バザール体験は終了。

今回の旅で「食べ比べる」つもりだったナッツ専門店も見かけたが

明らかに〈ネヴシェヒルの店〉に比べると低レベル。

試し買いをする気にもなれなかった。

 

東側にある門のひとつから外に出ると、あたりは真っ暗。

歩き詰めでお腹も空いてきたので、歩いて行ける範囲でレストランを探す。

グーグルマップとにらめっこしながら、あちこちさ迷ったすえ

手頃な食堂が立ち並ぶ通りで店を開いていた

Buhara Ocakbasi Restaurantに入る。

おなじみ野菜サラダ+ワインをベースに

長い串に刺した肉をヤキトリのように焼いた、チョップ・シン。

薄い生地のトルコ風ピザ、エトリ・エキメッキを注文する。

どれもおいしく、口に合う。

ただし、一皿の量が多めなのがちょっと残念。

毎回食べ終わったとき、デザートを食べる余地がなくなってしまうのだ。

(今回のトルコ旅行でいちばん食べ損ねたのは、デザート類)

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トルコ料理はレベル高し!

ともあれ、すっかり満足してレストランを出る。

時間を確かめると、まだ20時前。

そのままホテルに直帰するのはもったいなかったので

旅行前に調べておいた「人気ナンバーワン・レストラン」を下見しようと

ホテルを通り過ぎ、その先の下町エリアまで足を伸ばすことに。

すると、お目当てだったレストランは、なぜかガラガラ。

翌日の夕食候補だったので少々ガッカリしつつ、さらに散策すると

下町エリアだからなのか、お菓子屋さんの店先に置いてある品々がメチャ安い。

「これだけ安かったらダメもとでも後悔しないよね」

相方とも意見が一致し、激安の「お茶」と「お菓子」を大人買いしてしまう。

またスーパーで昨夜と同じビールを買ったら、120トルコリラ

3分の2のお値段だった。

 

両手に戦利品を抱え、今度こそホテル目指して歩いていると

突然、やたら明るく活気のあるエリアを発見。

道路にはみ出したテラス席では、生バントの演奏もあって大賑わい。

居酒屋っぽい飲食店が何軒も集まり、ちょっとした歓楽街を作り上げていたのだ。

――よし、明日の晩飯はここにしよう!

Ara-kanふたりの意見が、ピタリと一致した。

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ホテル入口のニャン

ではでは、またね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルーモスクでウットリのちパニック カッパドキア&イスタンブールの旅 2019.11.28-12.5 5日目(前編) Ara-kanふたり旅

2019年12月2日(月) イスタンブール市内

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天井ばかり見上げて首が痛くなった(おかげでエライめに・・)

広々とした1階フロアに降り

ひととおり揃っているビュッフェ形式の朝食をいただく。

味に関しては特に記憶に残っていないので、それなりだったと思うが

地下に遺跡があり、しっかり照明も当たっていた。

遺跡を見下ろせる席で、朝ごはんを食べる。

 

午前9時半、歩いてホテルを出発。

1キロほど東にある、スルタンアフメット・ジャーミィ(ブルーモスク)に向かう。

思ったより坂道が多く、町の雰囲気はリスボンに近いものを感じる。

地図アプリで近道を見つけたつもりが、結局遠回りになるという

毎度おなじみの右往左往をへて、細い尖塔がそびえるブルーモスク前の広場に出る。

たぶんエジプトから分捕って来たオベリスクが中央に立ち

足元にはいかつい装甲車と、マシンガンを構えた兵士の姿が。

欧米の観光地で、すっかりお馴染みになってしまったテロ対策(予防)体制だ。

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戦利品?のオベリスク

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             今日もよろしくお願いします

そんな広場を回り込むようにしてモスクへ近づき

朝いちばんにも関わらず、すでに観光客で混雑し始めていた入口へ。

脱いだ靴の入った袋を片手に、相方は髪をショールで覆って、足を踏み入れた。

瞬間、空気が変わった。

斜めに降り注ぐ朝の光で、薄く靄がかかったようなモスクの内側。

その床と天井に、イスラム幾何学模様が星のように映る。

あいにく改装工事中で、ところどころ見通しの効かないところもあったが

さすがの迫力としか、言いようがない。

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少しずつ〈幾何学模様中毒〉になっていく

広い内部を右往左往し、立ったり座ったりを繰り返したり

ぼーっと、天井を見上げること2~30分。

ふと気が付くと、ポケットに入れておいたはずのスマホが・・ない!

 

うっかり落としてしまったのか、それとも盗まれたのか。

なにはともあれ誰かに助けを求めようと

出入口の小屋にいた係員に、スマホを失くしたことを伝える。

スマホと、それを入れたケースの特徴を告げると

彼は、にやっと笑って、どこかで見たような色と形のケースを取り出した。

・・誰かが拾って、届けておいてくれたのだった。

見上げてばかりいたので、ポケットから転げ落ちてしまったのだろう。

次からは必ず内ポケットに収めるよう、心掛けないと。

それにしても、悪運強し。

いやいや、アラーの思し召しだろう。

なんだか得した気分で、ブルーモスクを後にする。

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キミは明日のお楽しみ・・

市内観光のセオリーに従えば

次は500メートルほど北東にあるアヤソフィアを目指すべきだったが

あいにく本日は月曜。休館だった。

なので、アヤソフィアは明日の楽しみにとっておき

トラムが走る大通りにそって、ガラタ橋方向へトコトコ。

その手前にある、ボスポラス海峡に面したふ頭から

ショートクルーズの船に乗ることに。

 

およそ1時間かけて水上からボスポラス海峡の見どころを巡る

最もポピュラーな「ボスポラス海峡クルーズ」だ。

ほぼ1時間に一本のペースで運行しており

我らが乗り込んだ時は、出発まで20分以上あった。

おかげでベンチを並べたような座席は半分以上空いていたが

なぜか、ほとんどの乗客が進行方向左側の席に座っており、右側はガラガラ。

なんでこんなに偏ってるのか?

と、一瞬いぶかしく思ったものの、それ以上考えず

眺めの良い右側舷側のベンチに腰掛ける。

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陽射しは熱く、風は冷たい

右側の席も徐々に埋まりはじめ、時間が来たのか鐘が鳴って出航。

いったんバックで桟橋を離れたクルーズ船は、

海峡を黒海(北東)方面へ向けて滑り出していく。

・・ようやくここで、気が付いた。

なぜ、進行方向左側ばかりに先客が坐っていたのか。

おそらくボスポラス海峡を運行するときの決まりなのだろう

クルーズ船は「左側通行」を守って進むので

進行方向左側に座った方が陸地が近く、より眺めがよいのだった。

(ガイド本やネットで「左側がGood!」との情報が広まっていたのだろう)

とはいえ、天気は快晴(風はちょっと寒かったけど)。

真っ青な空と海の間をすべるように進むクルーズ船のなか

デジカメとスマホを持ち換えて、夢中でシャッターを切っていた。

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この"なんにもない感"が最高

小一時間のクルーズを終え船を下りたのは、ちょうどお昼どき。

すぐ近くのエミノニュふ頭に移動し、名物の「サバサンド」をいただくことに。

どこかヒンドゥー教を連想させるハデハデの屋台船で焼いたサバを

トマト・玉ねぎと一緒にパン(バゲット)に挟んだだけの、シンブルな一品だ。

感想は――正直、いまいち。

明らかに冷凍とわかるサバは、小さくパサついており

日本のスーパーで一枚100円で売ってる格安モノと同じ味だった。

全体のサイズもコンパクトで、一人一枚だと物足りず

同じ広場で売っていた、屋台の焼き栗にもチャレンジした。

(これも味付けなし。素朴と言えば素朴だったけど・・)

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寡黙な焼き栗オジサン

ともあれ、腹は満たせた。

そこで、大通りの向かい側にある観光市場エジプシャン・バザールに入ってみた。

有名な「グランド・バザール」のリニューアル版ともいえる商店街で

昨夜、空港からホテルまで送ってくれたガイドさんが

「エジプシャン・バザールの方が品質が良く値段も良心的だ」と言ってたので

どんな感じか、確かめようと思ったのだった。

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見るだけだったエジプシャン・バザール

確かに、高いアーチ屋根の下に連なる店は、みなスマートで小綺麗。

「バザール」という言葉から連想する”うさんくささ”など、どこにもない。

大きな袋に入ったまま店先に並べられたスパイスやナッツ

金銀宝石類でまばゆい貴金属店などを見て回る。

結局、財布を開いたのは、地元客でにぎわうナッツ専門店で

〈ネヴシェヒルの店と食べ比べよう〉と購入したナッツ200グラムだけだった。

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一番人気のナッツ店。でも、ネヴシェヒルの勝ち!

ほぼウィンドウショッピングだけだったが、ぐるり歩くだけで時間は経過。

エジプシャン・バザールを出たのは、15時過ぎだった。

ここで、ハッと思い出す。

誰か(女性作家)が「イスタンブールに来た時は必ず訪ねる」と書いたモスク。

”ステンドグラスが美しいモスクで、とくに夕日が差し込む時間帯が最高”

の情報から、「それじゃあ夕方の日没前に行ってみよう」

と、事前に最寄りのトラム駅まで調べておいたのだ。

なのに今は12月のはじめ。一年で最も昼間が短い時期だった。

・・まずい。せっかくのいい天気なのに、うかうかしてると日が沈んじまう!

 

てなわけで、のんびりモードから二段ほどギアを切り替え

おりしも目の前のエミノニュ駅に滑り込んできたトラムに乗るべく

あわてて走り出した、Ara‐kanふたりだった。

 

ではでは、またね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最も残酷なスポーツ? 全日本フィギュアスケート選手権の光と影 

ちょっとばかり遅きに失したが

昨夜BSで放送された「メダリストオンアイス」の提供バックで

幸せそうに写真を撮り合う女子選手たちの姿を見て

書かずにいられなくなってしまった。

 

数あるスポーツ競技のなかでも、フィギュアスケート

その〈残酷さ〉において、他の追随を許さない――。

だいぶ前から、試合の中継を見れば見るほど

強く感じるようになった想いだった。

 

なぜならば

タイム、距離、高さ、得点など

記録(数字)のみをシンプルに競い合う、大多数のスポーツとは異なり。

(格闘技においても常に明確なルールが定められており、

 あくまでもその具体的な基準に従って、勝敗が決定している)

フィギュアスケートの場合

『美しさ』という極めて抽象的かつ主観的な評価基準が

場合によっては勝敗を左右する大きな要素となって

選手ひとりひとりに、のしかかってくるからだ。

 

もちろん、評価の対象となる『美しさ』は、ひとつだけではない。

身のこなしや動きの滑らかさ、感情表現、アピール力など

地道なトレーニングによってレベルアップできる要素も、たくさんある。

また、一部のアイドルやタレントのように、外科的な手立てで容姿を整える

という道も禁止されているわけではい。

しかしながら、それにも厳然とした限界がある。

特に、骨の太さ、四肢のバランス、頭部の形などなど

骨格や体形そのものに由来する《美しさ》は

選手本人の努力が及ぶ範囲外のところ。

つまり、〈持って生まれたもの〉で、ほぼ決まってしまうのだ。

 

早い話、どれほど素晴らしいジャンプを決め

その他の要素も完璧にクリアできる技術の高さを見せつけたとしても・・

さらに言ってしまえば、たとえ他の追随を許さない高得点を獲得。

表彰台の一番上に登ることができたとしても・・

観客(視聴者)の大多数が、彼女(選手)の『美しさ』に魅了されなければ

本当の意味で〈世界一のフィギュアスケーター〉とは言えないのでは。

――なんてものすごく失礼なことを、毎年この時期になると考えていたのだ。

(体操・新体操・シンクロ?なども同じ要素を含んでいるが

 フィギュアスケートほど顕著ではない・・よね?)

 

でも、こんな基本的なこと。

誰よりも当事者である選手本人が、最も痛切に感じているに決まっている。

極限まで食事制限に勤めても、スリムになってくれない下半身。

どれほどヘアスタイルを工夫しても、カバーしようのない頭骨の大きさ。

ロシアやヨーロッパの選手とは比べようもない、足の長さ。

 

なのに彼女たちは、ただひとりで、リンクに登場し。

その理不尽ともいえるハンデを課された身体を、なにひとつ隠すことなく

満場の観客と、一千万単位の視聴者が見つめる前で

ここまでの人生を削って手に入れた「成果」を、披露するのだ。

まるで、木の棒と皮の服しか持たない一般庶民が

それでも極限まで自らの体を鍛え上げ

勝ち目のないラスボス戦に挑むかのように・・

 

そんな彼女たちの、決して諦めようとしない姿を無責任に眺めつつ

いったいなぜ、そこまで〈不利な戦い〉に全てを注ぎ込むことができるのか?

と、不思議に思っていたとき。

 

目に入ったのだ。

BSで放送された「メダリストオンアイス」の提供バック。

大きなスポンサー企業名の向こうで

出場した女子選手たちが、メダルの有無に関係なく

心からの笑顔を浮かべ、記念写真を撮り合っている姿が。

 

その瞬間、勘の悪い私の頭に、理解が降りて来た。

 

容姿も体型も関係ない。

ただ、好きなだけ。

一方的な「片想い」だろうと、構わない。

諦められるものならば、とっくに辞めている。

何と言われようが、気持ちが済むまでやり続けてみせる。

――だって、フィギュアスケートに”恋して”しまったのだから。

 

振り返ってみれば。

みんなだって、似たようなものだったのではないか。

ただ”恋する”相手が、フィギュアスケートじゃなかっただけで・・。

そんなふうに思い直してみると

今まで「可哀想」のフィルターを通して見ていた彼女たちの一挙一動が

ふいに身近で、愛おしいものに思えてきたのだった。

 

そうだよ。

好きなんだから、しょうがない。

思いっきり、頑張ってみなよ。

《夢中になれる》って、素敵なことなんだから。

 

それにしても。

こんな当たり前のことに、今さら気づかされるなんて。

情けねー。

 

ではでは、またね。

 よいお年を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈自由旅行〉にこだわる気力も体力も。。。 カッパドキア&イスタンブールの旅 2019.11.28-12.5 4日目(後編) Ara-kanふたり旅

2019.年12月1日(日) 残念だったツアーの後、イスタンブールへ移動

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イスタンブール新空港 22時30分

買い物から戻るお嬢様たちをじっと待ち続けるバスを降り

小雨降るなか、ウィンドウショッピングがてら、表通りをぶらぶら散策。

初日に入ったカフェで温かいチャイを飲み、17時ごろホテルに戻る。

預けておいた荷物を受付でピックアップ。

スマホのバッテリーをチャージしつつ、迎えの車を待つことに。

少しずつ強くなる雨を眺めながら

今回は送迎付きのツアーで正解だった、としみじみ思う。

 

数年前、自力で航空券とホテルを予約・購入する方法に切り替えて以来

できるだけ空港⇔ホテル間の送迎は申し込まず

バス・電車などの公共交通機関を利用して移動することにしていた。

(可能な限りタクシーも使わない)

もちろん理由のひとつは、「料金の安さ」。

しかし、それよりも大きいポイントは

 乗っただけで〈現地の生活に触れた気分になれる〉ところだった。

また、乗用車よりも高い位置から外が眺められるので

ちょっとした遊覧気分が味わえることも、気に入っていた。

(だから、どんなに便利でも地下鉄は好きになれない)

たとえ混んでて座れなくても、それを補うような面白い体験をしてきたから。

ベトナムや韓国では、当然のように子供たちが譲ってくれたり。

 逆にキューバで目の前にできた空席に座ろうとしたら

 隣の若者に睨まれ、近くに立っていた女性に譲らされたことも。

 たぶん「レディファースト」ってヤツだ)

 

しかし、今回の旅(特にカッパドキア)の移動に関しては

事前にチェックしてみると、バスのルートも本数も少ないうえ

目指す町のバスターミナルに辿り着いたとしても

そこから洞窟ホテルまでは、延々坂を登らされそうな状況だと分かってきた。

なので、途中で力尽き、慌ててタクシーを探すよりは・・と

異例の「送迎付きツアー」に決めたのだった。

 

てなわけで、暖房の効いたレセプション・ルームで

うつらうつらしていると、迎えの車の運転手さんが到着。

本降りになってきたギョレメの街に別れを告げ

一路、ネヴシェヒル空港へ。

チェックインを済ませてから、日本人観光客の姿もちらほら見える行列に並び

予定通り2045発のTK2009便に搭乗。

イスタンブール空港に到着したのは、22時半近くだった。

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        番号ごとに違う名所の絵が描いてあった

 

ここに至ってようやく気づいたが

イスタンブール新空港は去年(2018年10月末)に完成したばかり。

どこを向いても広々としていてピッカピカだった。

だが、そのかわり郊外に移転したため、迎えの車に乗った後も

市街地まで1時間以上かかるはめに。

結局ホテルにチェックインできたのは、日付が改まる直前だった。

ちなみにホテル名は「Grand Yavus(グランド・ヤヴス)」

ブルーモスク、グランドバザールなどが徒歩圏内にある、4つ星ホテル。

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小さく鋭い発光ダイオードより、断然こっちの灯りのほうが好き

そのまま寝てしまってもよかったのだが

やっぱり、生まれて初めてのイスタンブール市街を歩いてみたかった。

小腹も空いていたしね。

ホテルを抜け出し、グーグルマップを頼りに真っ暗な坂道を登る。

やがてトラムが走る大通りに出ると、

まだ明かりのついていたケバブ店?を発見。

これ幸いとドアを潜り、2階に上がり、眺めのいい窓際の席に座る。

ところが、渡されたメニューを隅々までチェックしても。

――あれ? ビールがない。

そう。ここがイスラム教国だという事実をすっかり忘れており

"レストランならどこでもビールくらい置いてあるだろう。

お疲れさまの気持ちも込めて、イスタンブール到着の乾杯をしよう"

・・などと、勝手に決めつけていたのだ。

 

てなわけで、そっとメニューをテーブルに置いて席を立ち

怪訝な表情の店員さんに「ソーリー」とだけ声をかけ

こそこそと店を後にしたのだった。

あー、恥ずかしい。

 

結局、ホテルの前で店を開けていた雑貨屋?で

宿泊客用に置いてあるらしき、かなり割高のピールを購入。

(中瓶一本180トルコリラ=360円。もちろん値札はなく言い値)

ネヴシェヒルで買った極上ナッツをつまみに

ナイトキャップを愉しんだAra-kanふたりであった。

(実際に酒を飲んだのは野郎だけ)

 

12月4日深夜(25時55分)発の帰国便まで

イスタンブールの自由時間は、ほぼまる3日。

さあ、どこに行って何をしようかな・・

 

ではでは、またね。

 

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ろくな写真がなかったので、翌朝ホテルからの眺めをフライングで紹介

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旅に出たなら、誰もが「日本代表」 カッパドキア&イスタンブールの旅 2019.11.28-12.5 4日目(前編)Ara-kanふたり旅

2019年12月1日(日) カッパドキア観光〈ツアーに参加〉

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ザ・観光地だった「愛の谷」

昨日同様、おいしい朝食を済ませ

おととい予約したツアーに参加するべく

集合時間より20分早い9時10分ごろ、旅行会社に到着する。

団体で行動するのだから、早め早めの行動は常識だよね。

だっていうのに・・

 

出発予定時刻の9時30分を過ぎても、10時になっても

我らが参加したツアーのバスは、姿を現わさない。

最初、にこやかに迎え、温かいお茶を振る舞ってくれたガイドさんだったが

何度もどこかとスマホで通信しては、イライラを募らせていく。

片言英語で事情を説明してもらったところ

同じツアーを申し込んグループ客が

おそらく寝坊したのだろう、いつまで経ってもバスに乗ってこないため、

出発できないのだという。

しかも、約束した時間を過ぎてからは

一人ずつ交互にホテルから出て来ては、バスに乗ったり降りたり

こそくな時間稼ぎを始めるという、ズルッコぶり。

おかげでタイムオーバーを理由に〈見切り出発〉もできずにいたのだ。

そんな悪知恵が思い付くんだったら、寝坊なんかするなよ!

 

あまりの事態に呆れているうち、さらに時間は経過。

結局、その"ずるっこ"たちを乗せたバスが

我らが待つツアーオフィスに姿を見せたのは

予定時刻を1時間近くオーバーした、10時半前のことだった。

秋田名物ナマハゲになった気分で

「悪い子はいねがー!」と十数人乗りのマイクロバスに乗り込むと

そこには、二十代と思われるビンビンにお洒落をしたアジア系女性5人の姿が。

そう。我らのツアーから1時間を盗んだ「時間泥棒」の正体は

フィリピンから来たお嬢様軍団だったのだ。

しかも、自分たちのせいで大幅に予定が遅れたというのに

誰ひとり謝罪するどころか、仲間内でキャピキャピ騒いでいる始末。

さすがに後から乗って来たガイドさんが

「あなたたちのせいでみんな大変迷惑している!」ときつい口調でたしなめると

その場だけは、しゅんとして見せるものの、ほんの数分でまた騒ぎ出す。

 

全員、それなりにお金のかかった出で立ちをしており

おそらく故国のフィリピンでは、そうとうリッチな生活をしているのだろうが・・

要するに、ワガママ放題のハイソなバカ娘たちでしかなかった。

その後、バスはもう一軒のホテルに立ち寄り、中国人の母子2人をピックアップ。

彼女らもまた、1時間ちかく待ちぼうけをくらった〈本日の犠牲者〉だった。

 

結局、少しでも遅れを取り戻そうと

スピード違反気味に飛ばしたこの「レッドツアー」で、この日回った場所は。

愛の谷(観光バスが次々と乗り付ける奇岩の名所。観光客と土産物屋だらけ)

→パシャバー(3本のキノコが生えているような形をした大きな岩)

→ゼルヴェ屋外博物館(無数の洞窟住居や教会がある奇岩の谷)

デグレント(「ナポレオンの帽子」「ラクダ岩」など特徴的な奇岩がある)

→アヴァノスの団体専用レストランで昼食

→ギュライ博物館(旧石器時代から現代までの陶器を展示)&陶器の店めぐり。

我らの確認ミスでもあったのだが

一番期待していた『ギョレメ屋外博物館』には立ち寄らずじまい。

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ゼルヴェ屋外博物館?はなかなかよかった

ツアーの間じゅう、フィリピンのお嬢様軍団は

あいさつどころかひとことも我ら(中国母子も)に声をかけず

自分たちだけの間でワイワイキャーキャー、ノリノリで楽しんでいた。

ガイドさんも、途中からは御説教モードをあきらめ

最大の集団客であった彼女たちのご機嫌とりに大わらわ。

――こんなことなら、多少効率が悪くても最初から自力で回れば良かった。

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小雨降るなか、ラクダ岩を見物

当日の行動を記したノートは、次の言葉て終わっていた。

『もうツアーはやめたい』。

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もっとゆっくり見たかったな・・

そしてツアーの最終盤、終点ギョレメの入口で、なぜかパスが急停車。

フィリピンお嬢様たちがわらわらと降り、正面の化粧品店に駆け込んでいった。

「買いたいものがある」と、タクシー替わりに途中停車させたのだ。

もちろんその間、残された4人は車内で待機。

・・もう、いいかげんにしてくれよ。

「すまなかったね」と謝るガイドさんと握手し、その場でバスを降りた。

 

彼女たちの振る舞いが、フィリピンのすべてじゃないことは、頭では理解している。

だが、今後海外旅行が再開できることになったとしても

我らAra-kanがフィリピンを目的地に選ぶことは、決してない。

 

そう断言できるほど、お嬢様たちから受けた「フィリピンの印象」は最悪だった。

 

そして、あらためて肝に銘じた。

我ら旅行者は、一歩日本の外に出た瞬間から

自分たちが〈日本を代表している〉責任を感じなければならない、ということを。

そんな大げさな、と笑う人もいるかもしれない。

だが、私たちに接した海外の人々は

他ならぬ我らの姿からしか〔ナマの日本人〕を知り得ないのだ。

つまり、日本に対して良い印象を持ってもらえるか、もらえないかは

旅人ひとりひとりの、旅先での言動にかかっているのである。

 

間違っても「旅の恥は掻き捨て」とばかり

破目をはずしてワガママ放題の身勝手旅行をエンジョイ。

世界中の人々に〈日本人って最悪だな〉といった悪印象をばらまいて

生まれ育った国の品位を貶めることだけは、謹んでいただきたい。

ホント、切に願うのだ。

 

ではでは、またね。