現実と空想の圧倒的なる融合  『円 劉慈欣短編集』 劉慈欣 引用三昧 -38冊目-

地火-じか 

現在、地球上の大陸には、燃えつづけている炭鉱が多くある。中国にもいくつかある。 去年、新疆で、劉欣-リウ・シンは生まれてはじめて地火-ディフォ(地下で起こる火災。日本語では“地中火”)を見た。見渡すかぎり、地面にも山の斜面にも草木一本なく、空気中には硫黄臭のする熱波がうねり、その熱波が周囲の光景を揺らめかせていた。まるで全世界が水中に没したか、焼き網の上に置かれたかのような光景だった。 夜になると、地面にぼんやりした赤い火の帯が何本も見えた。無数の地割れから光が漏れている。地割れのひとつを覗き込んで、劉欣-リウ・シンは息を呑んだ。まるで地獄の入口だった。赤い輝き地中深くから発しているが、それでもやはり、狂暴な熱が感じられた。顔を上げて、夜のとばりに覆われた赤い光の網目に視線を向けると、地球が薄い地殻にくるまわれ燃える炭だということを実感した。                                            [46]

遠くに目をやると、大きなボタ山が見える。百年以上にわたり、採掘した石炭からとりのぞかれた黒い石が積み上げられてきた山だ。周囲の丘よりずっと高い。ボタに含まれる硫黄が薄いで発熱し、青い煙を上げている‥‥。なにもかも、長年降り積もった炭塵の層に包まれ、同じ暗い灰色になっていた。それが劉欣-リウ・シンの少年期の色、彼の人生の色だった。                                          [53]

常識に反して、水蒸気は目に見えない。目に見える白い湯気は、水蒸気が空気中で冷えたときにできる微小な水滴だ。高温高圧下では、水蒸気は、摂氏四百度から五百度に達する恐るべき過熱蒸気となる。すぐに冷えるはずもなく、いまは、掘削櫓より高いところでしか白くならない。このような蒸気は、通常、火力発電所の高圧ボイラーの中にしか存在しないが、ひとたびパイプから噴出すると(その種の事故は何度も発生している)短時間で壁を貫通するほどの威力がある。                                                          [72]

局長は、黒い人海に向かって手を振った。                                                                「天-そらは落ちない!」〔「どんな災厄があってもこの世の終わりはない(なんとかなる)の含意がある」〕                                                                                                    群衆は凍りついたように動かなくなった。呼吸さえ止まったかのようだった。    「中国のあらゆる産業労働者、あらゆるプロレタリアートの中で、われわれより長い歴史を持つ者はいない。われわれより多くの風雨と災厄に耐えてきた者もいない。だが、炭鉱労働者の上に天が落ちてきたか? 否! われわれ全員がいまここにこうして立ち、あの老炭柱を見ていることがなによりの証拠だ。               われわれの天は落ちない。過去に天は落ちなかった。将来も、天が落ちてくることはない!                                     困難? そんなものはまるで珍しくない。同士諸君、われわれ炭鉱労働者が楽に暮らせたことがいつあった? ご先祖さまの代から数えても、楽に暮らせた日がいつあった? 指折り数えて、よく考えてみろ。この中国とそれ以外の全世界に、いったい何種類の産業があり、何種類の労働者がいる? そしてその中に、われわれより大きな困難を強いられている産業がひとつでもあるか?                      ない。そんなものはひとつもない。困難のなにが珍しい? 困難がないほうが不思議だ。なぜらわれわれは、天を戴いて立つだけではなく、地をも支えて立つからだ!  もし困難を恐れていたら、とうの昔に死に絶えていただろう。           だが、社会と科学は進歩している。多くの才能ある人々が、われわれのために新たな方法を考えてくれている。いま、われわれはひとつの解決策を手にした。この暮らしを一変させる希望ができたる暗い坑道を出て、太陽の下、青空の下で、石炭が採れるようになる! 炭鉱労働が人もうらやむ仕事になる! この希望は、また生まれたばかりだ。信じられないというなら、南の谷に行って、あの大きな火柱を見るがいい! だが、まさにそのための努力が、この災厄を引き起こした。それについては、のちほど詳しく説明しよう。いま、われわれが知らねばならないのは、これが炭鉱労働者にとって、最後の困難かもしれないということだ。美しい明日のために代価を払う必要があるというなら、われわれは一団となってそれに立ち向かおう。先人が何代にもわたってそうしてきたように。今度もまた、天は落ちなかった!」                  群衆が無言で解散したあと、劉欣-リウ・シンは局長に向かって言った。「あなたと父さん、二人と出会うことができて、たとえ死んでも、この人生に悔いはありません」「行動し、余計なことは考えるな」局長は劉欣-リウ・シンの肩を叩き、その体を引き寄せて抱擁した。                                                               [78]

 

郷村教師 

「たとえばひとつの鉄の部屋があるとしよう。この部屋にはどこにも窓がなく、壊すこともできない。中には熟睡している人がおおぜいいて、まもなく全員が窒息死する。彼らは昏睡から死に至るので、死の苦痛を感じることはない。            いま、あなたが大声を出して彼らに呼びかければ、不幸な少数が目を覚まして現実に直面し、救いようのない臨終の苦しみを味わうことになる。それでもあなたは、彼らに対して正しいことをしたと思いますか?」                    「しかし、その少数はすでに立ち上がった。だとすれば、この鉄の部屋を壊すという希望がないとは言えまい」(魯迅「吶喊」序より)                          [129]

「宇宙でもっとも不可解な点は、それが理解できるということだ」と執政官は言った。「宇宙でもっとも理解できる点は、それが不可解だということです」と元老院議員は言った。                                                                        [161]

 

栄光と夢 1 延期されたオリンピック

ラソン選手の特徴のひとつは、おしなべて表情に乏しいことだ。トレーニングやレースを通して、長時間にわたり単調な体力消耗に耐えてきたことの結果だろう。しかしクレイルは、月明かりのもとで微笑むシニの表情に心を動かされた。ただ、その笑顔がもたらした感覚は、ナイフで心臓をえぐられるような痛みだった。クレイルは茫然と立ちつくし、彼自身もまた、一体の彫像と化した。はあはあというシニのあえぎが引き潮のように静まったあと、クレイルはようやく正気をとり戻し、腕時計を手首に戻して小さな声で言った。                               「きみは生まれてくる時代をまちがえた」                                       [325]

 

原典は本文526ページという重厚な作品集。

後半まで勇み足してまったが、この後を引用できないのが残念だ。

 

マレーシア旅行(13日発)の準場に忙殺されている

あれこれ面倒な手続きが多く、出発前からてんてこまいだ

詳細に関しては、18日の帰国後に。

 

ではでは、またね。