きっと走りたくなる 『あと少し、もう少し』瀬尾まいこ 周回遅れの文庫Rock

いままで読んだ瀬尾作品(『そして、バトンは渡された』を含む)の中では

本作がいちばん楽しく読めた。

長引く乾燥にやられたのか、それとも新型コロナに感染したのか

一晩中咳が止まらないという最悪の状況下にありながら

ページを繰る手がとめられず、結局明け方まで読み通してしまったのだから。

 

あらすじ自体は、ある意味「学生スポーツものの王道」をなぞっている。

学駅伝の県予選に出場するメンバーがなかなか揃わず

おまけに新任の顧問は駅伝初心者の美術教師。

それでも、どうにかこうにか"問題児"ばかりの寄せ集めチームを結成。

様々な難関苦難を乗り越え、県大会出場を目ざすというものだ。

一言でいえば『風が強く吹いている』(三浦しをん)の"中学生版"と言えるだろう。

しかし、目指す目標が箱根駅伝ではなく〈県大会出場〉というところが

本作のリアリティを、一気に引き上げてくれた。

 

加えて、登場人物ひとりひとりのキャラクターが際立っている。

バトンをつなぐ6人のうち、正規の陸上部員は2人のみ。

それ以外は元いじめられっ子、不良、頼みを断れないお調子者、ブライドの高い変人と

すんなり走ってくれるとは思えない"ワケあり人材"ばかりなのだ。

なかでも目立っているのが、小学生の頃から髪を金色に染め

タバコを吹かして授業をサボリまくる、太田クン。

だが、この圧倒的な"不良オーラ"を放っていたはずの太田が

どんどん可愛く&愛しくなってくるから、たまらない。

それも、よくある"スポコンもの"の定番パターンのように

「心を入れ替えた!」とか「生まれ変わった!」的なご都合主義に頼らず

一人の若者の内面をしっかり描くことで、徐々に立ち上がらせていく。

そこには、『そして、バトンは渡された』に顔を覗かせていた

"そう・・実はみんないい人だったんです"みたいな他人任せなおとぎ話とは違う

"自らの力で立ち向かっていく"人間の姿が、くっきり描き出されているのだ。

ーーなんて、偉そうに分析してみせたけど。

要するに、題材自体が、自分が頑張るしかないスポーツ(駅伝)だから

おのずと〈己自身との対峙〉を描くことになったのかもしれないが。

(著者の教員体験も彼らのリアリティを支えているのかな)

 

ともあれ、これまで瀬尾作品に"なーんか話が上手く行き過ぎて、嘘臭くない?"と

物足りない想いを抱いていたのが、本作であっさり吹き飛ばされてしまった。

という裏表紙の謳い文句のように「涙が止まらない」ことにはならず

正直、一滴の涙も浮かべることはなかったが(咳のせい?)

最後のひと言「傑作青春小説」には、もろ手を挙げて賛同したい。

 

てなわけで、あとは恒例の〈引用祭り〉。

 

中学校でやることに必要なのは、能力じゃない。嘘みたいだけど、努力だ。やる気や根気やチームワークや地道な努力が、勝敗を決める。どのスポーツだって、定期テストだって合唱祭だってそうだけど、なかでも駅伝はその要素が強い。毎年勝ち進むのは天才がいるチームじゃない。速くなろうと努力しているやつが多いチームだ。

ただ、根性のあるやちつを集めたり、全員に努力を強いたりするのは難しい。どうやってそれをやるのか。手っ取り早いのは強い指導者の存在だ。中学生のおれたちはまだまだ子どもだから、脅されて強制されてびびりながやっていくうちにものになる。7p

 

学校という場で、僕たちはすぐにランクがつけられる。それは成績や背の順じゃなくて、性格の良いやつが上というわけでもない。何で計られるのかは不明だけれど、同じ教室の中で一緒に生活している間に、自然と順位か決まっていく。そして、誰かがランキングを発表するわけでもないのに、みんなそれを意識している。ランクが上の人間は、掃除をサボっても何も言われないし、忘れ物をすれば誰かがすぐに貸してくれる。失敗しても笑いになって教室は盛り上がり、少しの親切で大いに感謝される。ランクの低い人間は、掃除をサボるなんてとんでもない。面倒な仕事が当たり前のように回ってきて、失敗なんてしようものなら教室からはため息が漏れる。15p

 

「昔、先生が言ってたんだ。中学校っていくら失敗してもいい場所なんだって。人間関係でも勉強でもなんだって好きなだけ失敗したらいいって。こんなにやり直しがききやすい場所は滅多にないから。」122p

 

渡部に正しいと言ってもらえた。それで十分だった。俺のブライトなんていくらでも折り曲げられる。そもそもプライドなんて中学生には必要ないし、いくらでも曲げ伸ばしできてこそ、本当のブライドってものだ。168p  

 

ではでは、またね。