"おとぎ話"が愛される時代 『三千円の使い方』原田ひ香 周回遅れの文庫Rock

お金の貯め方・使い方をゼロから考え直すことによって

自らの人生そのものを再構築していく、四人の女性(家族)の物語。

ひとことで言えば、こんな内容かな。

ご存じのように、本年最大級のベストセラー作品だ。

 

表題に「三千円」という具体的な金額が示されているように

各女性の貯め方&使い方(節約法)は、

年齢や環境に応じた、具体的かつ実用的な〈役立つ情報〉として紹介されている。

それだけに、登場人物が直面する悩みや問題は"あるある感"に満ちており

実際読んでいても、「なるほど、その手があったか!」などと

思わず心の膝を叩いてしまう場面が少なくなかった。

 

しかし、そうした〈実用性〉に関しては、もろ手を挙げて賛同するいっぽう。

数多くの読者の涙を誘った、と評判の〈感動面〉に関しては

正直なところ、クエスチョンマークを付けざるをえない。

 

なにより、クライマックスにさしかかると

それまで彼女たちの前に立ちはだかっていた「難題」の数々が

オセロゲームのコマをパタパタ裏返すように、いともあっけなく解決してしまう。

とりわけ、数十年に渡って満足なコミュニケーションが成立せず

家族の問題をすべて丸投げしていた智子(五十五歳)の夫が

ちょっと対話を試みただけで、家族の一員としての自覚に目覚めた場面では

思わずつぶやいてしまった。

ーーそんな簡単に人間が変るわけ、ないじゃん。

 

実際、子供向けファンタジー小説か、チート能力爆発の異世界転生物語のように

箸にも棒にもかからないダメ人間だったはずの彼や彼女が

ちょいと"魔法の粉"をふりかけるだけで、たちまち善男善女に大変身するのだから。

そういや、昨年の本屋大賞『そして、バトンは渡された』(瀬尾まいこ)も

んなわけあるかいっ! と天を仰ぐほど"いい人"ばかりが登場する物語だった。

 

きっと、みんな、"現実"に疲れちゃってるんだな。

だからせめて、本の中だけでも"すべてが丸く収まる結末"を求めるんだ。

そう思うと、ご都合主義の大団円に、いちいちケチつける気も失せてきた。

だって新型コロナの流行以来、ほんっとロクなこと起きてないじゃん、この世界。

かろうじてワールドカップとか、胸を熱くさせてくれるイベントもあったけど

・・・あ、これにも「作り物」の匂いがプンプン漂ってたっけ。

 

なんかもう、ホント、フィクション(おとぎ話)にしか感動できない時代なのかな。

いま、俺たちが生きている2020年代ってヤツは。

 

そんなこんなで、さんざっぱら難癖をつけてしまったけど

さすが大ベストセラーだけあって、本作は「お役立ち名言」の宝庫でもある。

なので、個人的に刺さった幾つかを、こそっと紹介しちまおう。

 

いきなりだけど、冒頭から。

この作者、本当に導入がうまい。

人は三千円の使い方で人生が決まるよ、と祖母は言った。

え? 三千円? 何言ってるの?

中学生だった御厨美帆は、読んでいた本から顔を上げた。

「人生が決まるってどういう意味?」

「言葉どおりの意味だよ。三千円くらいの少額のお金で買うもの、選ぶもの、三千円ですることが結局、人生を形作っていく、ということ」P9

 

あの世に持って行けないから使いましょう、というのと、お金がどれだけあっても不安だから節約しなくちゃ、という相反した言葉が、同じ口から出てくるのが老人というものだ。P79

 

「まずはなんで働きたいのか、どうして働きたいのか、ということをご自分の中で整理することが大切です」

シニア向けのキャリアカウンセリングで開口一番に言われたのが、その言葉だった。

「それがきちんと自分でわかっていらっしゃらないと、ただやたらめったら探すことになって、結局、見つからない、見つかってもすぐにやめてしまう、ということになりかねないんですよ」P94

 

「いろいろ考えてたら、子供なんてできないわよ」

「はあ。でも、費用対効果を考えないと」

「費用対効果。そんなこと言ってたら、絶対、子供なんて作れない。子供なんて、結婚なんて、理不尽なことばかりだもの。じゃあ、今のあなたの生き方なんて、どこに費用対効果があるの? 旅して、バイトして死んでいくだけなのに、何を偉そうに。旅行していったい何になるの?」P201

 

この後のやり取りもザクザク刺さって、めちゃくちゃ気持ちいい。

"風呂敷の畳み方"だけは納得できないものの

おとぎ話=フィクションとして読む限り、文句なしの面白さ。

実際、これ以降の後半部分は"人生指南"とも呼ぶべき、金言の宝庫。

読書が好きな人なら、おそらく失望はしないだろう。

・・おやおや、ほぼベタ褒めになっちまった。

 

ではでは、またね。