ぶんぶ、ばんばってー 『君が夏を走らせる』瀬尾まいこ 周回遅れの文庫Rock

本作の主人公は、あの太田クン。

そう、前作『あと少し、もう少し』で圧倒的な存在感を示し

個人的にはダントツのMVPに輝いた不良中学生だ。

そんな彼が、高校生になり、再びスポットライトを浴びた。

ーーとなれば当然

「こいつは高校駅伝の話に違いない

きっと今回も、ひょんなことで襷を受け取っちまうんだ」

などと勝手にストーリーを想定し、勝手に期待して読み始めたのだが・・

(解説・後書きなどの事前情報は極力インプットしない主義)

 

なんと、あの大田が、ひと夏の間。

2歳少前の女の子を「子守り」するお話なのだ。

それでも、前作のあの感動を引きずっていたこともあり

「おそらく、この"子守り体験"をきっかけ、もう一度走ることになるのだな」

と、速やかなる"駅伝ストーリー"への移行を期待していたけれど

いつまでたっても、そんな気配は漂ってこない。

 

そのいっぽうで、もう一人の主人公。

御年1歳10か月の幼女・鈴香は、太田をもしのぐ強烈な個性(言動)を連発。

圧倒的リアリティを武器に、"この先どうなるのだ?"という期待感を盛り上げてゆく。

だいいち、本来面倒を見る立場の太田にしたって16歳の高校二年生。

「親」というより「お兄ちゃん」の方が近い年代なのだった。

 

そんなわけで、一人の幼女と一人のガキが真正面から激突する本作品は

よくある〈育児(子守り)もの〉とは一線を画す

『高校生子守り奮闘記』とでも呼びたくなる新ジャンルを確立してみせたのだ。

さらに前作を期待して手に取った読者に対しては、"2年後の中学駅伝部?"を登場。

心躍るレースシーンを用意してくれる。

おまけに最終的には、前作『あと少し、もう少し』と同様

ある体験(前作は駅伝、本作は子守り)を通じて、若者が精神的な成長を遂げる。

ーーという"青春小説の王道"までも、余すところなく描いてくれるのだから

読み終えた後の満足感も、文句のつけようがない。

 

なーんて、偉そうな分析ごっこをやらかしてみたけど

通ぶった理屈など一撃で葬る《本作最大の魅力》といえばーー

1歳10~11か月の幼女・鈴香が繰り広げる

手に負えない(だが子育て経験者なら誰もが共感することばかり)言動の数々と

その手に負えなさを軽々と凌駕する、魔力的なまでの"可愛らしさ"に尽きる。

なかでも彼女が、ろくに回らぬ舌で発する〈名言〉には

うたたの硬く閉まった涙栓すら、あっさり緩めてしまうのだから

これにはもう、参った! と白旗を掲げるしかない。

※タイトルに挙げた意味不明の言葉「ぶんぶー」と「ばんばってー」も

 そんな"鈴香語録"の白眉ともいえるもの。

 ぜひ作品の読了後に、改めて噛み締めていただきたい。

 

とにもかくにも、止まらぬ咳発作をものともせず

一晩で読み切らずにはいられなかった本作は

数カ月ぶりに"物語を読む喜び"を体験させてもらえた

〈恩人〉ならぬ〈恩本〉なのだった。

 

ではでは、またね。