骨の髄まで凍りつく"超絶ホラー"シリーズ 『希望荘』『昨日がなければ明日もない』宮部みゆき 周回遅れの文庫Rock

なによりも怖ろしいのは、幽霊でも怪獣でもない

生きている人間だ

ーーこの言葉を見事カタチにしてみせた、超絶ホラー・シリーズだ

 

表向きは、探偵小説の体裁を整えている。

逆玉の輿に乗った無欲で無邪気な男・杉村三郎が

社会と人間が抱える"底知れぬ闇"を、幾度も覗き込む運命に巻き込まれ

やがて、一人の探偵として生活する年月を『誰か』『名もなき毒』『ペテロの葬送』

『希望荘』『昨日がなければ明日もない』の全5巻。

実に20年余りもの時を費やし、書き続けてきた長大な作品群である。

しかし、その内容は、謎解きや真犯人探しをゴールに据えた

ありきたりな探偵・推理小説とは、大きく異なる。

 

本シリーズにおいて、常に最も強く光が当たる"センター"に君臨しているのは

人間という存在が、おそらくひとりの例外もなく隠し持っている

とてつもない大きさの《闇》、そのものなのだ。

 

同じ人間のはずなのに

どれほど話し合っても、なにひとつ伝わることのない"巷のエイリアン"。

 

「そんなつもりじゃなかったのに」

「あの人のためを思ってしたことなのに」

身勝手な言い訳を並べたて、善意の仮面をかぶっては

善良な人々を絶望の淵へと追い詰める、"無邪気な悪魔"たち。

 

懸命に生きてきた真っ当な人が

ほんの小さなきっかけで、殺人者に変じてしまう"日常の落とし穴"。

堅牢で揺るぎないと信じていた「社会の床」が

ある日突然、足元で巨大な口を開け、次々と飲み込んでゆく。

 

読めば読むほど、胸の奥に冷たい塊が膨れ上がり

誰かに会って言葉を交わすことすら、無性に恐ろしくなってくる。

自分の想いは、本当に伝わっているのか?

ひょっとしたら、分かり合えたという実感は幻"に過ぎず

相手の心を容赦なく傷つけただけではないのか!?

 

他者に対する不安と恐怖は

返す刀で、自分自身にも襲い掛かってくる。

なぜならばーー

己もまた、いつどこで犯罪者や殺人者の仲間入りしても不思議ではないのだ。

それほどにも、「罪」と「無罪」、「善人」と「悪人」を隔てる壁は

薄く、もろく、頼りない。

これを《恐怖》と呼ばずして、何と呼べばいいのだろう。

 

海に生きる男たちの危うさを象徴する言葉に

板子一枚下は地獄、というものがあるが

まさに「板子一枚下は罪人」を、骨の髄まで味わわせてくれる。

 

死後の世界も、生まれ変わりも信じないうたたにとって

「杉浦三郎シリーズ」と俗称されている5冊(文庫だと6冊)は

紛れもなく、最も"背筋が凍りつく"ホラー小説群なのだ。

 

どのくらい怖いのか?

・・自分で読んで、たっぷり味わってもらうしかない。

 

ただし、念のため付け加えておこう。

あくまでうたたの実感だが

正直、2作目あたりまでの読後感は、よろしくない。

むしろ主人公・杉浦三郎の"傍観者ぶり"に、不快感すら覚えていた。

しかし、それこそが作者・宮部みゆきの周到な計算だった。

3作目の『ペテロの葬列』で、主人公の運命が急転。

続く『希望荘』から、ついに本シリーズのメイン・ストーリーがスタートしたのだ。

(と、勝手に考えている)

 

何を言いたいのかというと、そう考えたくなるほど

4&5作目にあたる『希望荘』『昨日がなければ明日もない』は

めったやたらとに怖ろしく、そのくせムチャクチャに面白いのである。

いったいどこまで成長するのだろう、このシリーズは・・

と、期待よりも不安が勝るほどに。

 

そんなわけで、"先輩"からのアドバイス

杉浦三郎シリーズは、3作目までが「プロローグ」。

4作目からが、「本編」である。

 

文庫本(『昨日がなければ・・』)の解説には

"途中から読んでも充分楽しめる"的なことが書いてあるけど

正直それは、余りにモッタイナイ読み方だ。

ここはしっかり1作目から順に読破し

〈杉村三郎と時間を共有しつつ〉怒涛の4、5冊目を堪能していただきたい。

少なくとも個人的には、これまでに読んだ宮部作品のNo.1だ。

 

ではでは、またね。