10年後の"再再読„が、楽しみだ 『獣の奏者 Ⅰ闘蛇編/Ⅱ王獣編/Ⅲ探求編/Ⅳ完結編/外伝 刹那』上橋菜穂子 周回遅れの文庫Rock

『闘蛇編~完結編』の4冊に関しては

単行本が出た10年以上前に、一度読み終えていた。

その後、『外伝』の文庫版を入手したが

ずーーっと本の地層に埋もれっぱなしだった。

このたび、ようやく順番が巡り

改めて揃えた4冊の文庫とあわせて再読する機会を得た。

 

本作「獣の奏者シリーズ」は

闘蛇と王獣という二種のモンスターと深く関わり

いつしか世界の命運を握ることとなる

母、娘、孫(息子)の三人を中心に描いた

いわゆる"異世界ファンタジー小説"だ。

 

とはいえその内容は、「ファンタジー」という言葉から連想される

ご都合主義(ピンチになると起死回生の魔法が発動する!・・みたいな)とは

まるっきり異なっている。

読者の目の前に立ち現れる世界は、リアルそのものだ。

とりわけ、迷い・孤独・怒り・執着・愛慕・葛藤・決意ーーなどなど。

他人事とは思えない〈痛み〉を伴う"心の描写"が

ページの狭間でじっと身を潜め

物語世界に没頭する読者めがけて、突如襲い掛かってくる。

そうなると、もうダメだ。

「涙」を大安売りする"感動作"には否定的なくせに

熱くなったり、冷や汗にまみれたり、うるっとしたり

気分はもう、"生まれたてのバンビ"なのだった。

 

しかも、恐ろしいことに

10年前に読んだ一回目より、再読した今回の方が

読後の感動が、明らかに大きいのである。

むろん、大部分の内容を忘れてしまったせいで

ほぼ"まっさら"な状態で作品に触れたのも、一因ではあるだろう。

だが、もっと大きな要素があった。

それは、初読と再読の間に横たわる"10年という時間"だ。

流されるまま、のんべんだらりと過ごしながらも

問答無用で時は進み続け、我が身は老いに向かって着実に歩み続けていた。

おかげで、前回の読書では気づけなかった多種多様な"心の動き"が

〈我がこと〉として、感じ取れるようになったのだ。

 

そして、文字通りの"ダメ押し"を決めてくれたのが

今回唯一の初読作品、『外伝 刹那』である。

若い読者にはいまひとつピンと来ないかもしれないけど

ある意味、年寄りを狙い撃ちする〈感動の魔弾〉が

束になって襲い掛かってくるのだから。

・・これは、もう、反則だよ~。

 

――と、うめき声を漏らしつつ、ラストの短編「初めての・・」を読了。

あとがきらしき次のページに眼を移したら

『人生の半ばを過ぎた人へ』と題された、作者からのメッセージが。

でもって、"ふむふむなるほど"と感心ばかりの数ページのあとに

極めつけの一文が、飛び込んできたのだった。

 

エリンの成長とともに、対象の年齢層もあがってくるのを感じながら書き継いできて、本編が完結したあとに生みだしたこの本は、自分の人生も半ばを過ぎたな、と感じる世代に向けた物語になったようです。

人生というものがどれほど速く、あっけなく過ぎ去ってしまうものかを実感しはじめた人たちに、楽しんでいただければと思います。

とはいえ、若い人には読んでほしくないというわけではありません。むしろ若い人がこの本を読んで、人生の半ばを過ぎてからもう一度読み直したときに、若いころとはちがうことを感じるようであれば、作者として、これほどうれしいことはありません。

                              〔388ページ〕

やっぱり"確信犯"だったんだね。

まさに、おっしゃる通り。

〈若いころ〉とはいかないものの、10年後に読み返してみて

こんなにもちがうことを感じられたのが、嬉しいような、哀しいような・・・。

ま、こうやって人は年を取り、消えていくのだろう。

まだ生きていたら、10年後にでも、三周目にチャレンジするか。

 

★今回の教訓★

心から"面白かった!!" という想い出のある作品は

可能な限り読み返すよう、心掛けたい

・・って、またまた、〈必読書〉が増えちまった!

ただでさえ"残り時間"が少ないってのに、なにやってんだか。

 

ではでは、またね。