"好き!"こそ最強だ 『十字軍物語①~④』塩野七生 周回遅れの文庫Rock

『愛の年代記』以来、手に入る塩野七生作品はほぼ全部読んでいる。

とはいえ、入手するのは文庫版の出版後。

加えて、年々増加し続ける〈待機本〉のため

今回のように1年半後に読み始めるのは、まだマシな方だ。

その意味では、とうてい愛読者を自認することはできそうもない。

(事実『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』も待機中)

 

それでも、多少のタイムラグをものともせず

塩野作品のページを開いてしまうのは

他の追随を許さない、登場人物の魅力的な描き方に

ついつい乗せられてしまうからだ。

 

その代表例が、大作『ローマ人の物語』のメイン・ヒーロー

ユリウス・カエサルである。

作者自身もどこかで語っていたはずだが

彼女がカエサルを見つめる視線には、強烈な「愛」が憑依している。

その「愛」ゆえに、2000年前に生きた一人の男が

いま目の前に生きている、いかなる人物よりも輝いて見えてしまうのだ。

 

情けないことに、数年前に読破したこの大著(『ローマ人の物語』に)ついて

現時点ではっきりと覚えていることは、ごくわずかに留まっている。

それでも、カエサルガリアの地で地元の英雄と繰り広げた息手に汗握る戦い。

ルビコン川を渡るまでの苦悩と、決断。

さらに、自らの突然の死に際して、見苦しく見えないよう

最後の力を振り絞って、トーガ(長衣)の裾の乱れを直した事実など。

文字通り綺羅星の如き珠玉のシーンの数々が

改めて該当するページを開かずとも、目の裏に浮かんでくる。

これを「愛の力」と呼ばず、何と呼べるだろう。

 

・・またまた、別の本の話になってしまったが

ともあれ、私が塩野七生の著作を繙くときは

つねに〈今度は誰に惚れちゃったのかな?)などという

覗き魔根性が頭の片隅に引っかかっていることを、白状したかった次第。

 

んで、ようやく本書『十字軍物語』である。

出だしは、いつものように・・と言いながらも

現在第三巻まで読み進めた時点で

すでにほとんどが忘却の彼方にかすんでしまっている。

細い記憶の糸を手繰り寄せると

かろうじて「神がそれを望んでおられる」という

ローマ法王お得意の〈神様をダシにしたエゴの発露〉に

エサの「免罪」に乗せられたヨーロッパ諸国のトップたちが

不協和音を奏でながら〈聖地イェルサレム〉の奪還へと乗り出したこと。

元気が有り余っていた若き諸侯(騎士)たちの奇襲がたまたま成功し

次々と地中海沿岸に十字軍国家を設立

そのまま勢いに乗り悲願のイェルサレム奪還を果たしてしまうところまで。

「気合」と「ノリ」で偉業をやってのけた

ボードワンやタンクレディたち若き勇者(次男坊・三男坊)たちの

胸のすくような活躍ぶりが,、生き生きと描き出されていく。

 

しかし、どこか〈食いつき〉が弱いように思えた。

各章を彩る登場人物たちの生きざまは確かに伝わってくるのだが

なんとなく〈熱〉が、言い換えれば作者の〈愛〉が感じられないのだ。

 

そうして、どこか他人行儀で淡々とした描写のまま

第二巻へと突入したところで

ようやく、鍋の底が熱くなる気配が漂ってきた。

最初の〈熱〉は、「テンプル騎士団」と「病院騎士団」。

イスラム勢力の反抗が始まり、専守防衛に追われ始めたキリスト教勢力を支える

2つの献身的な戦闘集団だ。

つづいて、イスラム側に一代の英雄サラディンが登場。

対する十字軍側に、癩王ボードワン4世が24年の短い命を燃やし尽くす頃には

いつのまにか作者の「愛の劇場」が華々しく開幕を遂げていた。

 

そして第三巻。真打が登場する。

おそらく、本作で最も「愛」を注がれただろう男の名は

――獅子心王リチャード。

一応、名前ぐらいは知っていたが

・・いやはや、こんなにすごい男だったとは!

ローマ人の物語』でカエサルの活躍に接したときの興奮を

思い出してしまった。

世界的な歴史学者の悪評にも怯むことなく

自らの視点を信じ、ここまでカッコよく描き出してみせた原動力は

なにより、作者の〈愛の力〉に他ならない。

 

その後も、無責任な法皇や領主たちによる十字軍への助力を

見事、数百年に渡る自国の繁栄へと繋げてみせたヴェネツィア元首の

現代の政治家たちに爪の垢でも飲ませてやりたいような

徹底した無私の奉仕精神など、思わず胸が熱くなるシーンは続く。

 

しかし今回、作者が最も「強い愛」を捧げたのは、誰か?

まだ最終巻に手を付けていないので、少々フライング気味だが

本書における答えは、ほぼ〈決まり〉だと、勝手に結論づけている。

そう言い切ってしまえるほど

獅子心王リチャードは、"いい男"に描かれていたのだから。

 

ではでは、またね。