ジャンヌ・ダルクは“旗ふり娘”だった 『カペー朝』『ヴァロア朝』佐藤賢一 周回遅れの新書Rock

「フランス王朝史」と名づけられた3冊シリーズの、一・二巻目。

(三巻目の表題は『ブルボン朝』)

本来であれば、全部読み終えてから書き始めるべきだが

いっぺん水面まで浮上して、ひと息つきたくなった。

そうせずはにいられないほど、中身がこてこてに詰まっており

ちょっとでも気を抜いてさらっと読み流そうものなら

ほとんど頭に残らず、正直、〈読んだ実感〉がなくなってしまう。

――それくらい、"歯ごたえのある=噛み砕くのに苦労する"書物なのである。

 

何について書かれたものかは、表題を見れば一発で分かる。

フランス史を題材にした小説を数多く生み出した作家・佐藤賢一

10世紀末から18世紀末までの、およそ800年間

カペー・ヴァロア・ブルボン朝と続いた、フランス(王国)の歴史を書いたものだ。

それを、(初代)ユーグ・カペーに始まる歴代の王を時間順に並べ

各世代の王(王族)が考えたとことや行なったことを、要領よく解説している。

・・・のだが。

どうにもこれが、すんなり頭の中に納まってくれないのだ。

 

まずもって、これでもか!というぐらい

同じ名前の人物が、繰り返し現れては、退場していく。

カペー朝家系図』に表記されたものだけでも、11人の「フィリップ」。

ヴァロア朝家系図』では、12人の「シャルル」。

さらに両方股にかけて、10人ずつの「ルイ」が登場するのである。

もちろん著者も、この"ややこしさ"に心を痛めたのだろう

拡大の君主に「肥満王」「尊厳王」「幸運王」などの〈俗称〉を付けたり

「ブールゴーニュ公」「オルレアン公」「ヴァンドーム伯」などの爵位を載せて

可能な限り混乱を避けようと試みている。

とはいえ、正直それも、"焼け石に水"の印象が強い。

 

さらに、二巻目『ヴァロア朝』に入っていくと

王位を継ぐべき「直系男子」が、しばしば断絶することに。

その結果、何が起きるかと言うと・・

叔父甥関係や娘婿など、いわゆる「傍流」にバトンが手渡される。

要するに、イングランド神聖ローマ帝国スペイン王国など

他の家(国)を背負った、こちらも類似した名前の人々が続々と登場し

フランスという国の舵取りに、しゃしゃり出てくる。

これがまた、ヨーロッパ全土を巻き込む〈お家騒動〉に発展し

遺産(領土)を巡って、同じような戦争が何度も繰り返されるのだ。

 

そんなわけで、新しい(忘れてしまった)名前が出るたび

新書の冒頭1ページを使った「家系図」を開いては

"えーっと、このフィリップはどこの誰だったっけ?"とか

そのつど、当事者たちの(血縁関係)を確かめないと、内容が頭に入らなかった。

・・ま、普通の記憶力の持ち主なら一回で済むところを

3度4度と重ねているだけなのかもしれないが。

 

あれ?

なんだか、「読みづらさ」ばかり強調して

文句を垂れてる雰囲気になってしまったけど

ここからが、だが!しかし!・・というオススメだぜ。

 

昨日、競泳の日本選手権で100メートルバタフライで優勝した

池江璃花子選手が、「努力は必ず報われる」と

涙ながらに語ったことについて

〈努力すれば絶対に夢がかなうわけじゃない!〉なんて

揚げ足取りじみた反論が湧き上がっているが

本当に全力を尽くして努力した人は

なんらかの形で「報われる」と、断言したい。

 

んで、池江選手の努力にはとうてい及ばないにしても

これもある種「努力は必ず報われる」の、ひとつの現われなんだよね。

 

似たような名前ばかり出て来て、なんか歴史の教科書みたいだな。

なんて、あっさり投げ出さず・・

新時代の顔となった王の肖像画を、頭に焼き付け。

名前が出るたび、冒頭の「家系図」で血縁関係を確認し。

そのときどきの道しるべとなってくれる地図や図版を、何度も見直し。

時には秘蔵の歴史地図を開いて地名や戦況を調べてみたり。

できる範囲で、理解に近づくための手間を惜しまず

自分自身を登場人物に重ねながら、じっくり彼らの言動をトレースしていく。

 

すると、ひとつひとつの「名前」に、"命"が宿ってくるのだ。

 

こうなれば、あとは、しめたもの。

いままで読んできた様々な本の中で出会った

既知の「人物」や「エピソード」が登場するたび

小さな感動が、胸の中で沸き立つのだ。

ーーおおっ、ここで、この人が来る(事件が起きる)のか!!

 

 

たとえば、『カペー朝』の82ページから始まる十字軍。

塩野七生の『十字軍物語』全四巻(文庫版)を数月前に読了しているから

短い文章ひとつひとつ、登場人物ひとりひとり。

そのすべてが、鮮やかに立ち現れてくる。

おまけに、当時のフランス君主〈若王ルイ七世〉の視点で描いているので

新たな発見までも、てんこもりなのだ。

何の気なしに見始めた映画に、大好きな役者が特別出演していた!

そんな〈ご褒美感〉が何度も体験できるだから、たまらない。

 

他にも、「ポワティエの戦い」「名将デュ・ゲクラン」「モンモランシー」

「メアリ・ステュアート」「カトリーヌ・ドゥ・メディシス」「王妃マルゴ」など

思わぬところで記憶に刻まれていた人物に出逢うたび

「十字軍」同様の幸福感を味わうこことなった。

その最たるものこそ、救国のヒロイン「ジャンル・ダルク」といえる。

なにより新鮮だったのは、彼女の描き方だ。

「聖女」「救世主」として、今やフランス史で最も有名な女性のひとりだが

筆者の記述は、ある意味そっけなさを感じるほど、坦々としている。

そして、今回最大の発見(いまさらか?)が、以下の記述。

 

女救世主は世間一般のイメージにあるように、自ら剣を振り回して、男まさりの蛮勇を

示したわけではない。確かに全身を鎧兜で固めていたが、専ら振っていたのは天空に座

する救世主と百合の花を掲げる天使が描かれた三角の旗であり、果たしていたのは軍勢

の士気を鼓舞する役割なのだ。          (『ヴァロア朝』144ページ)

 

要するに、「女戦士」ではなく「旗手(旗振り)」に過ぎなかったというのだ。

個人的には、ジャンヌ・ダルクのイメージが一新させられてしまった。

 

「なぜジャンヌが救世主たりえたのか」という優れた分析も含めて

ぜひも、ご一読いただきたい。

10ページにも満たないので、立ち読みでも十分可能だ。(140ページ~)

 

まだまだ書きたりないが、このくらいでやめておこう。

文字通り、噛めば噛むほど、味が出てくる。

いや、読書経験(努力?)を積めば積むほど、"報われる"作品なのである。

 

ではでは、また