相変わらず"ヤマザキ節"全開の一冊。
読後に抱く圧倒的な共感とともに、心から"ヤマザキ的生き方"を応援する。
ーー貧しさは、想像力を旺盛にさせる。
この一文を入れたかったので、6割あたりまで踏み込んだ。
はじめに
やはり、あの時代に生まれ、戦後の一連の復興期間を経験してきた家族に育てられたという影響は大きい。あの頃は経済的にも高度成長期だったが、日本人の意識にも2度目の文明開化というくらい、地球上の情報をかたっぱしから吸収していこうとする貪欲さがあった。知らない情報があれば避けるのではなく、多少面倒であってもそれを知ろうとするエネルギーと意欲が旺盛だった。個人も企業も、冒険することに積極的なチャレンジャーだった。予定も立てずに見知らぬ土地へ出かけていくバックパッカーがたくさんいたこともそうだし、メディアでも求められるのは「あるある」感のような同調意識より、経験をしたことのないこと、やったことがないことに挑戦すること、見たこともないものを積極的に見に行くことがどんな分野においても肯定視されていた時代だったと思う。 [4]
2 昭和的「自分の演出」 ―手作りで着たいものを作った昭和―
フィレンツェ時代からのファッション変遷
日本には年代別にファッション誌があるけれど、イタリアなどの国では年齢でファッションを区切ったりしない。10代でも80代でも同じファッション雑誌を見て、「ああこれ、素敵」と感じたら自分の年相応かどうか、社会に受け入れてもらえるかどうかなんて意識せずに、とにかくなんでも着る。そういったファッションに対しての自由な捉え方だけは強く影響されたと思っている。 [43]
3 懐かしい風景 -昭和の下町商店街には人情があった―
暮らすなら昭和らしさが残る町
リスボンだけでなく、私は基本的に昔から時間が止まってしまったような土地に惹-ひかれる傾向が強い。昭和という時代もそうだけれど、商業主義に駆り立てられた欲望を煽-あおられない場所は感覚的に落ち着くのだ。 [51]
懐古趣味が過ぎると‥‥
生活費といっても、暖房設備がないから光熱費は激安だし(その分、冬は相当寒いが)、浴槽がないから(このおかげで風呂への渇望が渦を巻き、『テルマエ・ロマエ』を着想した)水道料金も安いし、日本への電話はスカイプ通話だから無料。息子の学校は公立だから学費がまったくかからないし、ポルトガルは人の着ている服に執着しない社会だったから、自然と洋服を買わなくなる。かかるのは食費くらいだが、贅沢な嗜好はないから、それだって大したことはない。食費と、中古の車でたまにドライブする時のガソリン代を合わせて、月600~700ユーロ(10万円に満たない)で家族3人が普通に暮らせたのである。
そんな生活のゆるさに加えて、何より街の居心地がよかった。見るもの出会う人、全てが等身大で、実際よりも立派に見せようと無理に背伸びしているものがない。あそこにいた時はただ散歩をしているだけでも「ああ生まれてきて幸せ」と思えたから、お金の力を借りることはほとんどなく、だからこそ漫画や執筆に集中できたと言える。売れるものを描こう、流行-はやりそうなものを意識しよう、なんて志はまったくなかった。だから、『ルミとマヤとその周辺』や『テルマエ・ロマエ』のような自由な発想の作品をおおらかに描けたのだと思っている。 [55]
古き良き町の買い占め汚染 リスボンの不動産が中国人の富裕層によって次々に買い占められている話をしたが、イタリあでもだいぶ前から、中国人やロシア人のお金持ちによる不動産や土地の買収が始まっていた。コモ湖などの北イタリアの由緒ある地域の別荘や、ヴェネチア本土やフィレンツェなどの歴史的観光地の商店、そして家屋は、次々にイタリア人の手から離れていっている。
以前、ヴェネチアの古くからある小さなカフェに入ったら、バリスタもウェイターもレジの前にいる人たちもみな中国人でびっくりしたことがあった。
別にどこの国の人でもいいのだけれど、彼らは果たして自分たちの暮らしている土地がどういう場所なのかわかっているのか、単にお金になるという利潤への意識しかないのか、そんなことを気にし始めるとなかなか穏やかな気持ちにはなれない。 [57]
5 「おおらか」がいい -昭和は道端にエロ本が落ちていた―
『アイドル水泳大会』にドキドキ
今の時代からしてみると信じられないようなバカバカしい内容の番組だが、バカバカしいものというのはゆとりのある環境でなければ生まれない。私の作品『テルマエ・ロマエ』の時代背景は、まさらローマにおける日本の1970年代から1980年代みたいなものである。だからこそ、主人公のルシウスはとんでないアイデアを育むことができた、という設定になっている。 [82]
プロ意識が高い昭和のアイドル
人間は「群れる」生き物だ。だけどそんな本能に甘えることを許されない芸能人たちに、今更だがやはり強いプロフェッショナル性を感じさせられる。逆に今、集団のアイドルがもてはやされる理由は、社会が脆弱化しているからなのだうろか、と考えさせられる。売れる漫画も単独ヒーローものより、いろんな個性を持った集団がそれぞれ力を合わせて敵を倒したり目的に向かう、という内容のものが主流になっている。 [83]
6 CMの創造性 -昭和のCMには遊びや知的教養があった―
昭和CMのリバイバルに癒される
昭和のCMというのは、今日より明日はいいことがあるかもしれない、という根拠のない期待感をそそるエネルギーがある。ものを欲することが、生きる喜びと未来への期待感を膨らませてくれるというあの感覚は、経済がうまく動いていることの証-あかしに他ならない。それはつまりテレビ越しに見ている我々にも、社会の安定性と、気持ちのゆとりを与えてくれる役割も兼ねていた。[91]
9 私とエンタメの世界 -昭和の点が線につながっていく―
裕福ではない国の子どもたち
子どもをチヤホヤする経済的ゆとりのない国では、子どもは逞しく成熟している。それは自分の今までの旅を振り返っても断言できる。エジプトでもシリアでもキューバでもブラジルでもフィリピンでも、私はそんな子どもたちと出会ってきたし、彼らを観察しているだけで多くのことを学ぶことができた。
数年前にNHKの番組の取材でマニラのスラム街を訪れた時、ゴミの山の中からお金になりそうなものを拾い集め、生活費に換えて暮らす人たちの姿があった。その中には小さな子どももたくさんいたが、誰ひとりとして自分たちの置かれたその状況を不憫であるとか不条理だと受け止めている様子はない。
襟がよれよれのTシャツを着て、山のような空のペットボトルを両肩に背負って歩く彼らは確かに貧しいが、屈託のない笑顔には、欲求や不満などの陰りもない。大人たちはさすがにそんな笑顔で笑うこともなく、日々を生き抜くのに精一杯な様子だったが、世界がゴミの集積場だけではないことを知ってしまうと生きていくのが辛くなるのは当然だ。きっとこの子どもたちも漏れなくそんなふうに成長していくのだろうが、子どものうちはそんな環境下においてもひたすら自らの命を懸命に生きている。そして、ああいう子どもはかつて私が育った北海道にもいた。バラックのような長屋に暮らす子ども、また、刺青の入ったおじいさんに育てられている子どももいたが、彼らは気丈でいつも明るかった。 [146]
何もないほうが想像力は旺盛になる
子どもはまだ自分を他者にどう見せよう、どんな人だと思われようということに、執着はない。もちろん一部にはスネ夫のような子どももいるが、大抵はあるがままの自分で過ごしているし、そもそも面倒なことはやりたがらない。
買えないものは買えないし、無理なものは無理だと諦めて、お金をかけなくても満足できる方法をあれこれ考える。貧しさは、想像力を旺盛にさせる。[147]
ではでは、またね。