アングリ降臨 Second Going
「天使は、神聖な存在のなかではいちばん下の階級だということは、ご存知かな?」と彼がわたしにたずねました。「なにか、なされるべきことがあると、炎の剣をふりまわすとか、だれかに警告するとか、メッセージを届けるとか――とくにメッセージだがね――そういう用事があると、天使が呼ばれる。天使は使役馬であり、メッセージの配達人ということなんだよ」 [81]
肉 Morality Meat
「仕事は航空会社で、コンピュータ予約業務を教わってるところだけど。噂では、仕事が上達して一人前のお給料をもらえるくらいになると解雇されて、会社はあたらしい研修生を入れるんですって。そのほうが安上がりだし、新入りの子は必死で頑張るから仕事の質はほとんど変わらないって話よ」
「すばらしいわね」女性記者が皮肉たっぷりにいう。[159]
ヤンキー・ドゥードゥル Yanqui Doodle [273]
彼女は静かにいった。「ある患者さんが教えてくれたんですよ、少しは楽になる方法わ。自分の身体のなかで痛くないところを見つけるんですって――左の耳とか、どっちかの手とか、舌とか。痛くないところならどこでもいいの――そしてそこだけに神経を集中させるんですって。そこのことを考えるの。そうするとずいぶんいいそうですよ」
いっしょに生きよう Come Live with Me
「しかし例のやつが――やつらが――いるとすれば、取り憑かれないようにするにはどうするかな? なにか強迫唄-カコネモニックスを知ってるかい?」
「何ですって?」
「聞いたら忘れないナンセンスな歌を学問的にそういうだけさ。いったん頭にはいったら、耳にこびりついて離れない。アルカブ9のときに、すこし仕入れたんだ。頭のなかにノイズががんがんひびいているから、テレパスが手を出せなくなる」
「ああ」
「もちろん鳴りひびいているあいだ考えごとはできなくなるが、ケヴィンを捕まえるとか、そういう単純なことはできる」 [311]
もどれ、過去へもどれ Backward,Turn Backward
彼女は写真うつりのいいドレスを脱ぎながら、ふとあることに気がついた。
このごろ“心地よい”という言葉がよく頭に浮かぶのだ。心地よい家。
心地よい暮らし。――心地よさなんて、くそくらえ! “心地よい”ということは、いいかえれば平凡ということ、と彼女は腹立たしく結論し、古いことわざを思い浮かべた――良は最良の敵。 [438]
本書は、一九八八年に刊行された短編集Grown of Starsの全訳である。
もし貴方が、年季の入ったティプトリー・ファンなら、原書が刊行された前年の事件を、はっきり覚えているだろう。一九八七年五月十九日早朝、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアというペンネームを使用していたアリス・シェルドンは、当時八四歳にして寝たきりの夫ハンティントン・シェルドンを射殺し、その直後に自分自身にも銃弾を撃ち込んだ。享年七一。責任感の強い元軍人ならではのマッチョな責任の取り方とも、老々介護の果ての夫婦心中とも解釈できる事件であり、本書にもその雰囲気が封じ込められている。 [585]
ただし、私小説的な内容をふくんでいるわりには、じっくり読み込めば読み込むほど、変わらずクールで挑戦的なSF作家の本質が見えるところはさすがというほかない。
どこをとってもエキサイティングな短編集+解説から
わずかな断片をピックアップした。
じっくりと読みたい人は、「元本」をゲットしよう。
ではでは。またね。