『やっぱり食べに行こう。』 原田 マハ /引用三昧 8冊目 

【朝ごはん】上高地のパンケーキ

上高地はマイカー規制もあって、空気の清らかさはほとんど天上的。蓼科の空気だって清澄なのだが、上高地の空気は別格。都会から来た人々は、逆に肺が「え?何これ⁉」とびっくりしてしまうんじゃないか‥‥なんて思うくらいだ。

ここ(上高地帝国ホテル)での名物はなんといっても朝食のパンケーキ。「食べなきゃ来た意味ない」と千鈴のイチオシもあって、注文してみた。三層になった熱々のパンケーキに、バターを塗り、メープルシロップをとろりとかけて‥‥ふわっふわの口あたり、上品な甘さは、まさに天上的。この地の空気、水、光、すべてがこの一品を引き立てている。 [20]

 

ニューヨークのベーグル  ニューヨークの食べ物で、何よりも安くて早くてうまいものがある。そして、こればっかりは世界のどこでも食べられない、まちがいなく世界一だ!と私の中で「世界一認定食」となった食べ物。それはベーグルである。〈中略〉

もちろん、日本で食べるベーグルもおいしい。しかし、ニューヨークのそれは別格である。ほんとうに、何がどうしてこうなったんだろう?とその秘密を探ってみたくなるほど、魔法のようにおいしいのである。

ニューヨークベーグルのおいしさの決め手は、歯ごたえにある。一般的なパンと違って、ベーグルは、バター、卵、牛乳を使わずに生地が作られ、一度ゆでたあとにオーブンで焼く。この製法が、独特のもっちりとした歯ごたえを生み出しているのだ。[31]

 

イスタンブールのヨーグルト

トルコのいいところは枚挙にいとまがないが、食事のすばらしさには圧倒される。世界三大料理のひとつのトルコ料理が数えられている理由は、行ってみればよくわかる。豊富な食材と調理法で、とにかく飽きない。私は朝昼夜三食ずっとトルコ料理で三週間すごしたが「もう十分」と一度も思わなかった。

そして、トルコは実はヨーグルト大国。市場に行くと大きなバケツのような容器でフレッシュなヨーグルトを売っている。料理にもヨーグルトを使っているが、瞠目-どうもくだったのは「甘くないヨーグルトドリンク」だった。無添加のヨーグルトと水をミキサーにかけて作るアイスヨーグルトドリンクは絶品。飲むまえに塩を一振りすると自然の甘さが引き出される。私はこれを夏じゅう飲んで夏バテをしなかった。[41]                    

      

【麺】 パリ 麺食いの都 そこで、とっておきの店をみつけた。パリに滞在中に週に一度は訪れる、「麺館」という名のヌードルレストランである。

この店、単なるラーメン店ではない。韓国系・中国系のヌードルを中心に、エスニックな料理が注文しやすいように写真入り・番号入りでメニューにずらり。酸辣湯-サンラータン麺、肉味噌麺、麻婆豆腐、餃子に春巻‥‥パリでこのメニューを開く瞬間、私はいつでも体内にドーパミンが一気に発散するのを感じる。通い始めた頃は、何にしようかとメニューの隅々まで眺め渡して目が回りうそうなほどだったが、いまでは迷いなく「17番」ワンオーダー。これは枝豆・高菜が入った麺で、トッピングにフライドオニオンがパラリとのっている。太めのもっちりした縮れ麺に、(化学調味料ではない)野菜ブイヨンのスープが絶妙にマッチング。私の疲れた胃袋は、この「17番」にどれだけ助られたことだろう。 [54] 

 

ロンドンの豚骨ラーメン 今回ロンドンへ行って「ほお~」とうれしくなったのは、日本のファストフードの店が、ここ数年でたくさんできたことである。ロンドン在住の日本人の知人に最近の食事情を聞いてみたところ、「そこそこの値段でおいしい日本のラーメン店がいくつもある」と言うではないか。これはぜひとも行ってみたい!と、ロンドンの中心部、ピカデリーサーカスの付近にある博多ラーメンの店を訪れた。〈中略」

出てきたラーメンは本格的な豚骨ラーメンで、バリバリの堅ゆで麺。きくらげ、海苔-のり、紅しょうが、ねぎのトッピングもちゃんと入って、まるで博多の屋台で食べているような気分になる。これで十ポンドは絶対安い!と、滞在中に三日連続でバリカタ麺を食べに通ったのだった。[68]

 

カロンの生まれ変わり ところであなたは、何の生まれ変わりですか?

などといきなり訊かれたら、いったい何のことやらと面食らってしまうだろう。が、友人たちとの食事の席などで、大好物についての話題で盛り上がったとき、この質問をぶつけてみるとさらに盛り上がる。つまり「ひょっとして生まれ変わりなんじゃないだろうか‥‥」と思われるほど、大大大好きな食べ物は何か、という質問なのである。[85]

 

私は「牡蠣」です 

一度、能登半島で、名物の「岩牡蠣づくしコース」というのを体験したことがある。これはすごかった。バケツいっぱいの岩牡蠣が出てきて、これを卓上の炭火コンロで、自分で焼いて食べるのだ。両手に軍手をはめ、コンロの上で牡蠣を返し返し、どんどん食べる。食べても食べてもなくらならない上に、牡蠣フライ、牡蠣ごはん、牡蠣茶碗蒸しなど、次から次へと登場する牡蠣牡蠣牡蠣、もう牡蠣が止まらない。[89]        

 

カキオコとえびめし 岡山県備前市日生-ひなせ町は、牡蠣の養殖が盛んで、冬期にはぷりっぷりの大粒牡蠣がとれとれである。これは、そのまま食べてもおいしいに違いないのだが、私の場合、日生の牡蠣は、もっぱら「カキオコ」で食べたいのである。

「カキオコ」という不思議な名前の食べ物は、「牡蠣入りお好み焼き」の略称。誰がいつどうやって始めたのかは知らないが、日生に行くと、「カキオコ」を看板にしているお好み焼き店がずらりと通り沿いに並んでいる。いまではすっかり日生の名物B級グルメなんだそうだ。

私は、岡山の友人にこのカキオコを紹介されたときから、もう夢中になってしまった。カウンター席に座っていたのだが、目の前の鉄板でじゅうじゅういってるお好み焼きの中に、大量に牡蠣が投入され、それがいい焼き色になって、お好み焼きと一体化していくさまを固唾-かたずをのんで見守りながら「ひょっとすると私、牡蠣の生まれ変わりかも‥‥」と、初めて意識したのだった。

いやほんと、こうして書いている最中も、すぐにでも飛んで行きたくなる。[91]

 

ドジョウの唐揚げ 青森県十和田市へ行ってきた。

この街には、十和田市現代美術館というすばらしい美術館がある。〈中略〉         

ライトアップされた夜の現代美術館を外から眺めたあと、小池さんがお連れくださったのは、スタイリッシュなリストランテ‥‥ではなく、ディープな飲み屋街の一角にある居酒屋。「ここ、なんでもおいしいのよ」と小池さんが声を弾ませる。なんの変哲もない店内で、しかし、メニューには地元感満載の食のラインナップが。「ホヤの刺身」「アナゴの天ぷら」「ドジョウの唐揚げ」‥‥え、ドジョウの唐揚げ!?「あら。これ珍しい。ドジョウの唐揚げ、食べてみましょうか」とわくわくしながら小池さんがオーダーする。ドジョウといえば柳川鍋。ずっと昔試してみて、どうにも泥臭いのが苦手だったのだが‥‥と私は及び腰。が、出て来た唐揚げを一口食べてビックリ。サクサクの衣に包まれたドジョウは、まるで白エビのよう。ちょっと甘みがあって、泥臭さはゼロ。

信じられない、おいしい!と、十和田の思い出は小池さんとともに、ドジョウの唐揚げで始まったのだった。 [100]                  

 

旬の味覚旅 私の旅の目的のひとつは「旬の地のものをその季節にその土地で食べる」こと。それこそが、旅の真髄であるとも思っている。 [117]

 

【デザート】 マルセイバターサンド 私が個人的に高評価しているのは、北海道を代表するお菓子の会社「六花亭」のスイーツの数々である。六花亭の本拠地は帯広で、八十余年の長きにわたって、北海道のお菓子文化の一端を担ってきた。

「マルセイバターサンド」は誕生から四十年以上経-たったいまでも北海道のお土産スイーツの代名詞として愛され続けている。なんといっても、レトロな包装紙のデザインがいい。そして「マルセイ」という謎のブランド名と、「バター」と「サンド」のみっつの言葉が合わさって、「六花亭のお菓子なのにそれはマルセイで、バターをサンドしたものに違いない」と一目見て想像できるようになっている。実際は、マルセイというバターメーカーのバターとホワイトチョコを合わせ、レーズンを加えてクッキーでサンドした「マルセイバター」+「サンド」と言うことらしい。

さらに六花亭には、マルセイバターサンドに勝るとも劣らぬ名品「ストロベリーチョコ」がある。どういうお菓子かというと、ストロベリーのチョコ。まんまである。が、実はこれ、名前のシンプルさに反比例するようなユニークな一品。フリーズドライしたイチゴをチョコレートでコーティングして、アイスクリームのLカップのような容器に入れられているのだ。この意表をつく展開。

初めて目にしたときは、冗談かと思ったが、一口食べてまた冗談かと思った。

だって、イチゴとチョコ、そのまんまにおいしいもの。 [128]

 

京都の夏の和菓子 笹に包んであるつるんとしたゼリーのようなもの。ほんのり甘く、ひんやりしとした食感。見た目にも食べても涼やかで、品がいい。

「西湖-せいこ」という名の美しいお菓子は、京都の夏の化身のごとし。町家のほの暗いお座敷でのひと口は、最高の贅沢だった。 [139]

 

ここまでで、全体の5分の2程度か。

あちこち旅行したときの想い出が甦ってくるものだから

ついつい引用箇所が増えてしまう。

現地を訪ねながらも"食べそびれた味"が山ほどあり

羨ましいやら悔しいやら・・

もっと&しっかり読みたい人は、「元本」を入手しておくれ。

 

ではでは、またね。