白血病治療の"リアル" 『無菌病棟より愛をこめて』加納朋子 周回遅れの文庫Rock

古くは夏目雅子、最近では池江璃花子

病名を聞いて思い浮かべる連想する人物といえば、その程度。

病気の中身も、「血液のガン」という言葉から連想できる範囲がせいぜい。

それくらいお粗末な予備知識で、本書を読み始めた。

すると・・

目玉にこびりついていた頑固なウロコが

ポロポロ、ボロポロ、落ちること、落ちること。

発見と驚き、そして感動にやられっぱなしのひとときだった。

 

これは、突然(急性)白血病と診断された小説家(女性)が

その後体験した、治療と闘病の日々を克明に記録した、いわゆる「闘病記」である。

題名からも想像できるように、抗がん剤の大量投与で免疫力ゼロとなった彼女は

幸いタイプが合致した実弟から骨髄(液)を移植してもらうことで

"余命数ヵ月"という絶体絶命の危機から脱出。

様々な後遺症に悩まされながらも、日常生活への復帰を果たした。

(その後、再発のニュースを受け取っていないため、勝手にそう判断している)

 

それにしても、(急性)白血病が、こんなにもシビアな病だったとは・・!?

池江璃花子の闘病ドキュメント番組だって、ちゃんと観ていたはずなのに

当事者の不安も苦しみも絶望も、なにひとつ切実に受け取っていなかったのだなぁ。

 

なにしろ、しょっぱなから驚かされっぱなしだった。

だって、長引く貧血をなんとかしようと検査を受けたら、いきなりだよ。

「まだ検査結果は一部しか出ていませんが、診断はつきました」             そう前置きしてから、先生は続けた。                     「急性白血病で間違いないでしょう。今日これからすぐに入院手続きに移って頂きます31p

それぐらい突然発症し、また一日でも早く治療しないと命に関わる事態だってこと。

実際、彼女のケースでも、そのまま放置していたら半年前後の命だったらしい。

しかもその晩、パソコンを開いた著者の目に飛び込んできた数字は・・

五年生存率、35パーセント。

「三人に一人か」と私はつぶやいた。43p

 

突如〈生死の境目〉に立たされてしまった、著者。

しかし、その割に彼女の言動は、どこか"他人事"のまま。

「遺影はさ、あれにして。私の机の上に飾ってる、木村多江さんと写ってるやつ」51p

その後、同じ病気に罹った有名人の話になった。                  「十万人に四、五人ってわりに、芸能人でけっこうなった人多いよね。歌舞伎役者でもいるし‥‥芸能人なんて十万人もいないでしょ。どうしてこんなに偏ってるんだろう? 作家でなったなんて、聞いたこともないし」52p

当事者でなければ"不謹慎"呼ばわりされかねない、のほほんとしたムードが漂う。

著者自身もツッコミを入れつつ、次のように弁明する。

だけど今から、聞いたばかりの怖い副作用の数々や、敗血症だの感染症だのに怯えてたって仕方がない。まだ起こっていないことに怯えてたって、何ひとついいことはないのだ。だいたい、さっきはさらっと流されていた脱毛だって、私には相当ショックなわけだけど、それだってやっぱりくよくよしても仕方のないことだ。もうニット帽だって買ってある。58p

いやいや、まだ本格的な治療を受けてないから、こんなクールに語れるんだろう。

 

ところがどっこい。

幾度もの抗がん剤投与で、発熱、吐き気、咳、動悸、脱毛などなど

相次いで様々な副作用に襲われ、満足に眠れぬ日々を過ごすはめになっても

筆者の"のほほんマインド"は、苛酷な現実にコミカルな色を添えてゆく。

その夜、狙い澄ましたように友達からメールがくる。他愛ない内容に対して、「わ、すごい偶然だね、今、一時退院中なの」と返すと「え、いつかの気管支炎?」と返信が来る。GWの時の話だ。                               「いやそれが、白血病で‥‥」と変身した途端、やり取りがぱたりと途絶えてしまった。‥‥どうしよう。127p

この見事な〈天然色〉おかげで、普通なら深いシワを刻み続ける読者の眉間も

苦笑と共に開き、シビアな状況も少ないダメージで受け取ることができた気がする。  

このあたりは、"さすがストーリテラー!"と称賛すべきところか。

 

ともあれ、ここまで〈患者目線の白血病闘病記〉は、極めて貴重である。

なにせ、読むだけで白血病の概要・治療内容・経過状況がまるっと頭に入る。

おまけにーー患者の方々には申し訳ないがーー読み物としても、めちゃくちゃ面白い。

かねてから、ガンの早期発見&早期治療を叫ぶ現在の"予防医療至上主義"には

巨大な"ハテナマーク"を掲げているが(近藤先生の冥福を祈る)

こと急性白血病の治療に関しては、例外扱いしてもいい気持ちになった。

 

それにしても

致死量の抗がん剤を投与し、ガン共々血液細胞を全滅。

焼け野原になったところに骨髄を移植し、ゼロから血液を作り直す。

・・・これって、文字通りの《復活》だよね。

まったく、とんでもねーこと考えて、実行しちまう奴らだよな、人間って。

 

ではでは、またね。