ある意味、とても"危険"な作品である。
なにが"危険"なのかというと
ひとたび読み始めたら、中断するのが極めて困難なこと。
とはいえ、いきなりクライマックスに突入!
なんていうあざとい導入テクニックも使わずに、それを実現させている。
最初の数ページは、主人公が属するアイルランド系移民の大家族主義と
それに伴う、暑苦しいほど密な親兄弟親戚関係が
主人公が勤める通信会社内の濃厚な情報&噂ネットワークとともに描かれてゆく。
人づきあいが苦手なうたたとしては
「うわー、こんなに四六時中誰かとコネクトしてるなんて、たまらんな~」と
主人公(妙齢の女性)に同情こそすれ、金を積んでも避けたい状況だ。
なので、最初の30ページほどは、ストーリーに没頭するどころか
いつまでこの"盗聴器にストーカーされる状態"が続くのか・・ゲッソリしていた。
しかも主人公は、このうえさらに、婚約者とのコミュ力を飛躍的に高める強化処置
「EED」を施術してもらうのだという。
・・いったいどこまで、繋がり合うつもりなんだ~
とことんリンクしないと安心できないのかよ・・などと、呆れるばかりだった。
ところが、人と人との絆を安易に唱える呑気な政治家と違って
決して本作は、〈コミュニケーション礼賛〉に染まらない。
早々と、アンチテーゼが提示される。
こんなふうに。
「つながり過ぎが問題なんだよ。とくに、人間関係では。人間関係については、コミュニケーションを減らす必要がある。増やすんじゃなくて」 「ナンセンス」 「賭けるかい? だったらどうして、『話し合う必要があるね』ではじまる会話がいつも最悪の結果を招くのか? 生物の進化の歴史は、いかにして情報をストップし、伝達されることなを防ぐかの歴史だった――擬態、保護色、イカの隅、パスワード暗号化、企業機密、嘘。とくに嘘だ。もし人間がほんとにコミュニケーションを望んでいるなら、真実を口にすべきなのに、人間はそうしていない」33-4p
果たしてコミュニケーション能力の飛躍的な向上は、人類にとって是か非か。
ーーこの「命題」を高らかに宣言したうえで、メインストーリーが幕を開ける。
もし人が"心と心で会話できる"ようになったら、世界はどうなるのか?
要するに、〈テレパシスト〉の目覚めと苦悩と闘いの物語である。
そして、その栄えある"被験体"こそ
だだでさえ連日連夜コミュニケーションの嵐に翻弄されていた主人公
かくして、彼女が「EED処置」を受け
予想もしないテレパシー能力に目覚める79ページ以降。
文字通り、うたたは、本書のページを閉じることができなくなった。
いまさらだけど
本作品(新・ハヤカワ・SF・シリーズ版)のページ数を、知ってるかい?
本文だけで705ページだせ。
それも、いわゆる「ポケミス」と同じ1ページは上下二段組みだから
四百字詰め原稿用紙換算で一四二〇枚に相当する、大長編だ。
訳者・大森望も巻末の「あとがき」で、こぼしている。
訳しても訳しても終わらなくて、途中、なにもここまで長く書かなくても‥‥という気がしてきたものの、28章から先、ラスト一六〇ページはまさに怒濤の展開。最後は例によって、周到にはりめぐらしてきた伏線が一気に回収され、思いがけない結末へと向かう。ゲラで校正していても、ついついストーリーを読んでしまい、これはいかんと何度あと戻りしたことか。708p
実際には、「ラスト一六〇ページ」どころか「序盤七九ページ」で心臓を鷲掴まれ、
まるまる2日がかりで、久方ぶりの一気読みをやらかした。
しかも翌日には知恵熱?が出て、なにも食わずひたすら眠り続ける
・・という、トンデモ後遺症まで体験させてもらった。
本を読んでここまで心身ともに揺さぶられたのは、何年ぶりことだろうか。
個人的には、このところ読書に没頭し切れないことが多く
読書熱の衰えを気にし始めていたので、むしろ嬉しいくらいだった。
というわけで(どんなわけだ!?)
ろくにあらすじも紹介しないまま、己の興奮と感動ばかり並べてしまったけど
そんなもの必要ないほど、文句のつけようのない大傑作である。
間違っても「あらすじ」や「要約」のアプリなんかで"読んだ気"にならず
辞書のような分厚い本書を手に取り
二段組み七〇〇ページ超の『超常連愛サスペンス大作』を実体験していただきたい。
ラスト一行まで、問答無用に面白いから。
ーーぶっちゃけ、まだ読んでいない読者が、うらやましくて仕方ない。
蛇足/個人的に最も"唸らされた"フレーズ
確実に全員に知られるようにするための最上の方法は、だれにもいうなと釘を刺してから他人に話すこと。とりわけ、悪意のある人間にね。???P
ではでは、またね。