ベストセラーの秘訣は、"対岸の火事"にあり! 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこ 周回遅れの文庫Rock

古くは「火事場に群がる野次馬」

少し前なら、テレビの「衝撃映像100連発(?)」が人気を集めたように

私たち人間は、"対岸の火事"を見物するのが大好きだ。

なにせ、ヤラセも過剰演出もないハラハラドキドキの"リアルな現場"を

我が身に火の粉が降りかかるリスクのない"安全地帯"から

心ゆくまで鑑賞することができるのだから・・。

 

本書は、イギリス南部の街ブライトンに暮らす著者(みかこ)が

中学校に進学する息子(夫はアイルランド人)とのふれあいを通じて

イギリスという国の貧困・差別・文壇など様々な問題を乗り越えて?ゆく

ほぼほぼドキュメンタリーだ。

 

イジメや教育・経済格差が様々な形で噴出している日本と変わらず

イギリスの中学生ライフにも、さまざまな問題が立ちはだかる。

(上流階級が通う)カトリックの小学校から

自宅近くにある「元底辺中学」へと進学した著者の息子も、例外ではなかった。

しかし、当時11歳の息子は、心配する母(著者)をよそに

大人顔負けの逞しさと柔軟さを発揮。

親に差別意識を植え付けられたクラスメイトと友だちになるなど

単にトラブルの種を除けるだけでなく、自らの糧へと育て上げてゆく。

なにより、そんな彼・息子のクールな賢さに魅了されてしまう。

 

例えば、ライバル心を剥き出しにして、差別的な発言を繰り返すクラスメイト

ダニエル(ハンガリー移民の子)を、こう分析してみせる。

「ダニエルと僕は、最大のエネミーになるか、親友になるかのどちらかだと思う。得意なことが似ているからね」                     〔51ページ〕

実際、ほどなく彼はダニエルと「親友」に近い関係を築き上げる。

 

日本人の"母ちゃん"(著者のこと)の存在も、大きい。

問題に直面する息子に、そのたび、絶妙のアシストを放ってみせる。

クラス内での人種差別問題に悩み「どうしてこんなにややこしいんだろう」

と漏らす彼に、そのものズバリではない〈考えるヒント〉を差し出すのだ。

「多様性は、うんざりするほど大変だし、めんどくさいけど、無知を減らすからいいことなんだと母ちゃんは思う」                           わたしがそう言うと、息子はわかったのかわからなかったのか判然としない面持ちで、おやつのチーズをむしゃむしゃ食べていた。             〔75ページ〕

 

美味しいスイーツとか、人気のコンテンツとか、パッと現れてはすぐに消えてゆく

あぶくのような〈情報〉の交換に忙殺される"今どきの大人"に比べ

なんと中身の濃い、成熟した会話なのだろうか。

他者の言葉を鵜呑みにせず、自分の頭で考え、自分の責任で答えを導き出す。

――そんな当たり前の生き方が、眩しくて、うらやましい。

 

なので、うたた(俺だ)のように、上っ面だけでも

「(死ぬまでに)少しでも多くを知り、深く考えたい」と願う読者なら

思わず"ドキッ"とくる言葉が、随所にちりばめられている。

校長は笑いながら言った。                           「無理やれどれか一つを選べという風潮が、ここ数年、なんだか強くなっていますが、それは物事を悪くしているとしか僕には思えません」         〔61ページ〕

息子が聞いた。                                  「なんでその先生は喧嘩両成敗にしたんだろうね」                 「差別はいけないと教えることが大事なのはもちろんなんだけど、あの先生はちょっと違ってた。どの差別がいけない、っていう前に、人を傷つけることはどんなことでもよくないっていいつも言っていた。だから2人を平等に叱ったんだと思う」       「‥‥それは、真理だよね」と息子がしみじみ言うのでわたしも答えた。      「うん。世の名をうまく回す意味でも、それが有効だと思う」     〔87ページ〕

 

〈日英比較文化論〉に加え〈現代イギリスの生活記録〉。

また〈母と子の成長物語〉としても読み応え充分な、魅力満載の本書である。

 

んじゃ、いったいなにが気に入らないのか?

冒頭に連ねた〈難癖〉は、どこから出て来たのか?

というと、これはもう個人的な好き嫌いに過ぎないのだろうが・・

現代の様々な社会問題を家族(息子)というオブラートで包んで描いた

「イギリス暮らしの本」ばかりが、どうしてこんなに売れるのか、ってことだ。

 

現代日本と日本人が直面している切実な諸問題に正面から体当たりした

『This is Japan』など、同じ著書の作品は、他にもいくつかある。

しかし大多数の読者は、文字通り"目の前"で起きている〈ヤバい現実〉には目を向けず

"対岸の火事"に過ぎない〈海の向こうのすったもんだ〉に、強く激しく共感する。

なぜなら人間は、"対岸の火事"を見物するのが大好きな生き物なのだから。

 

そういう意味で、大ベストセラーとなった本書は

イギリスで暮らす"母ちゃん"と健気な息子が

次々と襲い掛かる社会問題と真っ向から取り組み、乗り越えてゆく姿を

ちょうど自宅の窓から眺める花火大会のように

絶好のポジションから見物できる――

そんな、ちょっと苦みの利いた"オトナ向け"アトラクションにも思えてしまうのだ。

 

本書の内容とは直接関係ないところに拘ってしまったけど

それはいつものことか。

ともあれ、この日いちばんの発見は

――大ヒットの裏に、"対岸の火事"あり!

誰だって身近なところで"見たくないものを見せられる"のは、キツイもんな。

 

けれど、"見ると不愉快になる"からと

最も身近な〈現実の問題〉から目を逸らしていると・・

たとえば、感染者激減の陰に隠れて、

いつの間にか様子見する(なにもしない)体制へと移行。

いざ必要な時が来ても、準備が進んでおらず、ワクチン接種が遅れに遅れてしまう。

・・などという、無様な現実を見せつけられるハメに。

 

もちろん、ワクチン購入など、それ自体がギャンブルみたいなものだ。

当初の計画通り用意したからって、もし感染者数が低いまま推移し続けたら

莫大なワクチン購入資金は、すべて"無駄"に終わってしまう。

すると〈なにも見ようとしなかった〉善良な人々は

ここぞとばかりに非難の声を上げる。

「なんたる税金の無駄遣い! もっと慎重に準備できなかったのか!!」とか。

"対岸の火事"ばかりに気を取られ、肝心の足元を見ようともしなかった

自分たちもチェックを怠っていた――などとは、欠片も思わず。

 

現実から目を逸らさず、己の耳目を使って、足元の事実をきっちり検討していれば

唯一絶対の"正解"など存在しないことぐらい、真っ先に気づくだろうに。

 

ではでは、またね。