宇宙を翔ける"ひきこもり"『マーダーボット・ダイアリー』㊤㊦ マーサ・ウェルズ 周回遅れの文庫Rock

すべての意思決定を司る「統制モジュール」の支配から脱し

自らの自由意思で決断・行動しはじめた

いわば"不良警備ロボット"の物語だ。

通常であれば、そのままアウトローの世界へと逸脱し

大量殺人に手を染める可能性も小さくなかった。

しかし、「弊機」(と主人公のロボットは自称する)が耽溺したのは

衛星が発信する娯楽チャンネルからダウンロードした

おびただしい量の映画・演劇・本・音楽、なによりベタな連続ドラマだった・・

こうして、様々な高機能を付加された"フリー"の警備ロボット

「マーダーボット(殺人ボット)」の、風変わりな〈旅日記〉が始まる。

 

まず、「弊機」と自称するマーダーボットのキャラクターが秀逸だ。

暇さえあればベタ甘な連続ドラマを視聴するほど人間に興味津々なくせに

実際の人間とは満足に言葉も交わせない、〈対人恐怖症!?〉。

目と目を見かわすのが怖くて、監視カメラやドローンの機能を借り

ドラマの一場面のように、自分と相手をモニターする。

・・・ひとことで言ってしまえば、『ひきこもりロボット』なのである。

 

人間に対する、その屈折ぶりは

ときおり「弊機」がポロリとこぼす"本音"に透けて見える。

人間の〈愚かさ〉に思わず溜め息をつくような、その語り口が、とても心地良い。

人間たちは話しあった末に、弊機に"無理じいはしない"と決めました。そうやって気を使われるのがよけいに気まずいのに。もう二度とヘルメットは脱がないと決めました。人間との会話を強要されては、この雑で楽な仕事さえこなせなくなります。  〔㊤40p〕

彼らは学者であり、評価調査官であり、研究者です。弊機の好きな連続ドラマに登場するアクションヒーローや探検家ではありません。現実を知りません。現実がいかに悪辣で卑劣か知らないのです。                           〔㊤49p〕

「あたしたちは残るよ」                              こちらは無表情で通しました。顧客が誤った判断をするのはいつものことですし、表情を抑えることも慣れはじめています。                    〔㊤231p〕

 

ところが、随所で冷ややかな独白を吐きながらも

「弊機」は、"愚かな"人間たちのために、自ら"火中の栗"を拾いに赴くのだ。

タバンは荷物を床においてむきなおりました。                      「あきれてるでしょうね」                               つとめて温和な表情で答えました。                          「あきれてはいません」                               怒っています。顧客を安全地帯へ帰して、あとは自分の仕事をやればいいだけだと思っていたのに、ひ弱な人間がもどってきて、見捨てるわけにもいかない状況になりました。                                   〔㊤266p〕

 

幸い「弊機」の身体は、有機組織(人間と同じもの)だけでなく

様々な人工パーツ(武器や筋肉)で強化されているので

ひとたび戦闘などの緊急事態になると、ムチャクチャな強さを発揮する。

生身の人間はもちろん、自分と同じ警備ロボットと対峙しても

自身の"不良化"に用いた「ハッキング機能」をフルに活用。

敵のコントロール下にあるドローン部隊を寝返らせ

たった一機で、敵集団を壊滅させるスゴ腕の持ち主なのだ。

おまけにやわな人間と違って、全機能の8割以上を破壊されても

「キュービクル」と呼ばれる修復機に入れば、半日?で全快するのだから

かなり不死に近い存在と言っていいだろう。

 

そんなわけで、ダメダメな人間たちの"お守り"をするうち

少しずつ彼・彼女らとの"心の距離"を縮めてゆく

〈じれったさ〉と〈もどかしさ〉が、本作の大きな魅力である。

大きな失敗を犯しました。いまから思えばこうなることは明白でした。〈中略〉 人間から命令されることに慣れすぎて、人間がみずからの愚行で傷つくことを軽視していました。ただ、仲間といっしょにまた仕事をしたかったのです。話を聞いてもらえることがうれしかったのです。〈中略〉これでは愚かな人間たちと変わらず、警備コンサルタント失格です。                                                                                                 〔㊤296p〕

 

ジャンル分けすれば、純然たるSF、それもいわゆる「宇宙活劇」(古いね)だ。

しかしながら、主人公の警備ボット(弊機)が抱く心理的な葛藤は

ほぼそっくりそのまま、現代の"引きこもラー"とオーバーラップしている。

だからこそ、広く読者(SFオタク)の共感を獲得し

ヒューゴー・ネビュラ・ローカス賞の3冠にも輝いたのだろう。

 

うたた同様、〈引きこもりウイルス〉のキャリアーであれば

きっと「弊機」の心情が、痛いほどわかるはずだ。

 

ではでは、またね。