軍を"護衛"する「民間警備会社」の《不都合な真実》 『戦場の掟』スティーヴ・ファイナル 周回遅れの文庫Rock

無知の恐ろしさを、改めて痛感させられた一冊だ。

これまで漠然と抱いていた「傭兵」のイメージたるや

世界中の紛争地を飛び回る(と伝え聞く)フランス外人部隊をはじめ

命の奪い合いに魂を奪われた"兵隊崩れ"など

ごく一部の、極めて特殊な〈ならず者〉のことだと思っていた。

 

だが、現実は、もののみごとに異なっていた。

 

例えば、本書の舞台・イラク戦争(9.11の報復に始まる米軍のイラク占領)の場合

イラク全土を長期間管理下に置くだけの兵力が、圧倒的に不足していた。

そこで、何万人もの正規軍ではない「警備員」たちが、広く一般から募集され

正規兵たちの"お手伝い"を代行することとなった。

こんなふうに・・

色も型もまちまちのピックアップトラックに装甲をほどこし、ベルト給弾式機関銃、手榴弾、特殊音響閃光弾、発煙弾、歩行携行式ミサイルまで積み込んで、車両縦隊(コンボイ)で移動する。ほとんどの場合、会社のロゴ入りのポロシャツとチノパンが軍服代わりで、その上に抗弾ベストを着込み、体のあちこちに刺青を彫っている。バグダッドグリーン・ゾーンに向かうアメリカ大使、米軍将官、〈フラペチーノ〉など、あらゆる人間や物資を警護する。〈中略〉

この武装した男たちはイラク人を殺し、イラク人も彼らを殺すようになった。〔27P〕

 

イラクは軍事会社の戦争だった。傭兵ばかりではなく、管理人、コック、トラック運転手、爆弾処理の専門家もいた。二〇〇八年には、ありとあらゆる職種の軍事会社社員を含めると、十九万人がイラクにいたと推定される。米軍の三万人という兵力をはるかに超えている。イラク戦争開始以来、こうした民間企業の政府との契約は総計850億ドルに及ぶ。これは米政府の戦費の五分の一にあたる。アメリカが関与した大規模な紛争や戦争で最大の私兵の使用である。                 〔73ページ〕

 

早い話、費用節減のため《軍事のアウトソーシング》を実施したわけだ。      

けれども、他の職種と圧倒的に異なる点がある。

彼ら「警備員」たちの決して少なくない数が、警備中に、"なんだか怪しいぞ"と思っただけで、近づく車や通行人に向けて、平然とマシンガンを連射。

罪のないイラクの人々を相当数死傷させていた、という現実。

実際「警備員」に採用された者のなかには、不祥事を起こして軍をクビになったり

母国で犯した罪から逃れるためにイラクに来た"ならず者"も少なくない。

しかも、厳格なチェックのもとで民間人の殺傷を禁じられている正規兵とは違い

あろうことか、"バレさえしなければ、誰にも罪を問われない"野放し状態だったのだ。

シュミットとシェパードによれば、だれかを殺したいと宣言したばかりだったJ-ダブがドアをあけて、サバーバンからおりると、M4カービンの望遠照準器を除き込み、なんの挑発行為もなかったのにボンゴ・トラックのフロントウィンドウめがけて数発を放った。「フロントウィンドウが砕け散るのが見えた。J-ダブはフロントグリルとフロントウィンドウの両方を撃った」シュミットは私にいった。「殺すためだ。高性能ライフルでフロントウィンドウを撃つのは、威嚇じゃない。殺す意図があるからだ」

事情聴取や報告書でシュミットもシェパードも、J-ダブがサバーバンに戻ってきて、「なかったことしろ、いいな?」といったと述べている。     〔80ページ〕

 

その結果、イラク人が抱くアメリカへの憎悪=反米思想は、年々拡大。

イスラム過激派勢力の台頭を招き、現在に続く混迷を招いた大きな要因となる。

 

むろん、「警備員」側も無傷では済まない。

毎年、相当数の傭兵たちが、乾いた大地に屍を曝すことになった・・らしい。

憶測でしか書けないのは、以下の事情による。

三人とも行きたくはなかった。その前日、反政府勢力が、他の会社の傭兵三人を拉致していた。米軍は死傷者を三〇種類以上の原因によって分類しているが、傭兵は死者に含まれない。この襲撃事件も、ニュースにすらなっていない――まるで何事もなかったかのように無視されるのは、いつものことだ。            〔30ページ〕

 

要するに、軍(アメリカ政府)にとって民間軍事会社の警備員たちは

死者数にもカウントされない、〈使い捨ての消耗品〉だったのだ。

 

しばしば、アメリカは無茶苦茶なことを平気でやる国だとは感じるけれど

テキサス州で施行される中絶禁止法とかね。いつの時代だよ)

危険な任務なら、「外注」すれば戦費コストが節約でき

兵士の損耗も低く抑えられる(カウントしないので常にゼロ)という

徹底した経済優先姿勢には、開いた口が塞がらない。

 

ともあれ、本書は、現地取材を重ねることで

そうした「民間軍事会社の闇」を、とことん追求してゆく。

しかも、父の死により著者がアメリカに一時帰国した、ちょうどその間。

彼が密着取材していた「警備員」たちが、コンボイの護送中に

反政府勢力の待ち伏せ襲撃を受け、拉致されてしまう。

果たして、行方不明となった傭兵たちの運命は。

アメリカ軍と政府は、またもや彼らを"幽霊扱い"して無視するのか。

 

事件の結末は、ぜひ本書を手に取り

立ち読みでも構わないから、自身の眼で確かめていただきたい。

 

余談ながら、こうした「武装警備員」が活躍できるのは

誰もが銃を持つ権利を有しているアメリカならではの現象である。

だが、この〈人と銃の近さ〉こそが、年々増え続ける銃乱射事件の要因なのだ。

逆に言えば、いつでも銃を撃てる環境で育ったから

イラクの庶民に向かって、何の抵抗もなく発砲できたりもするのだろう。

〈銃までの距離が遠い国〉に暮らすことを「幸運」と思うか、「不幸」と感じるのか。

――とりあえず、今のところは、ラッキー!と言っておこう。

 

ではでは、またね。