"弱者"が"弱者"を殺戮するとき 「勝者」なきウクライナ大虐殺  MakeMakeの・・・・

キーフ(キエフ)近郊からロシア軍の撤退が進むにつれ

ウクライナ市民に行なわれた残虐行為が、次々と明らかになってきた。

一般市民を害さずに、市街戦なんかできるわけがない。

と、ある程度は覚悟していたが、ここまで悲惨な事態になっていたとは・・

 

自由を奪い殺した市民の遺体を、わざわざ路上に放置して見せつける。

同じ人間の行ないだとは思いたくない、残虐さだ。

画面を通して見ているだけで、体が震えてくる。

だが、これもまた、紛れもなく〈人間だから出来た行為〉に他ならない。

 

いったいなぜ、ここまで"非人道的"な所業が可能だったのか。

 

ひとつは、侵攻する側のロシア軍兵の大半が

軍事演習のつもりでいきなり実戦に投入された、若い訓練兵だったこと。

彼らに、熟練兵並みの行動力を求めるのは、酷である。

アメリカにおける新兵勧誘と同様

受験や就職に失敗し将来の展望に行き詰った若者たちが

退役後の奨学金や優遇措置などの甘い言葉につられ

たいした覚悟もなく、兵役に就いた者が相当数を占めるからだ。

安易な決めつけかもしれないが

この若者たちは、ロシア社会における"弱者"である。

 

そうした新兵未満のひよっこたちが中心となり

いきなりスタートしたウクライナ侵攻。

右も左も分からぬ彼らにできるのは、「上官の命令に従うこと」のみ。

トップに君臨する将軍が下す指令だけを頼りに

生れて初めての"殺し合い"に、心と身体を削られていった。

 

ところが、ウクライナ優秀なスナイパーに活躍により

強固なはずの〈指令ビラミッド〉の頂点が、いきなり失われる。

 

"頭"を奪われ、明確な指針も与えられず、不安と恐怖ばかり溜まってゆく暴力装置

彼らが、自らの内圧に耐えきれずに"暴発"するのは、ある意味必然だ。

誰でもいいから〈目についた敵〉を捕らえ、知るはずもないスナイパーの情報を求め

・・というのはタテマエにすぎない。

もっと単純に、「復讐」したかったのだろう。

殺された仲間たちの仇? 狙撃された将軍の仇? 

うっかり軍隊なんかに入ってしまった、己自身への怒り?

それとも、自分たちをいきなり最前線に放り出し

「いまから殺し合え」と命じた、小柄な独裁者に対する激情だったのかもしれない。

 

ともあれ、無差別な略奪と凌辱と殺戮は、始まってしまった。

いったん激情に囚われてしまったら。もう誰に求めることはできない。

なに、簡単だ。

「敵」を自分と同じ人間だと思いさえしなけば、いいのだ。

ほんの数百年前、十字軍という名の略奪集団を結成し

異端審問という名の殺戮集団がやっていたことと、何も変わらない。

数十年前、ベトナムで米軍が行なっていた「軍事行動」も

もっと最近になって、ボスニアヘルツェゴビナで起きたことだって

同様の判断と区別を「正義」と言い換え、人は人を無慈悲に殺し続けてきた。

 

しかも、そうした"弱者"による殺戮行為は

決まって、加害者だったはずの"弱者本人"に、強く激しく跳ね返ってくる。

ベトナム戦争から帰還したアメリカ兵の多くがそうだったように

狂気の興奮から醒め、再び己の周りに日常が戻って来たとき。

彼らの中に残っていた〈良心の欠片〉が、悲鳴を上げる。

そして少なからぬ数が、"痛み"に耐えきれず、自ら命を絶ってゆく。

ベトナム帰還兵がそうだったように

ウクライナ市民の頭を撃ち抜いた兵士たちの相当数が

今後数年、数十年に及ぶ"地獄の日々"を体験することになるだろう。

 

いっぽうで、どれだけ無抵抗の子供や女性を手に掛けようとも

国に戻った後も、蛙の面に小便とばかり、元気いっぱい食欲モリモリ。

一杯飲もうものなら、自慢たっぷりに「武勇伝」を披露してみせる

良心の痛み?なにそれ? ってな感じのサイコパスも一定の割合で存在する。

そんな不感症野郎を、かつて欧米では、尊敬の念をこめてこう呼んだ。

――—―タフガイ

おおっと・・こっちも暴発しちまったぜ。

 

くだまきついでに、もうひとつ。

ロシア側は「被害者は役者が演じている。ウクライナの演出だ」と

市民虐殺を全否定しているが、その可能性は限りなく低い。

これだけSNSが普及し、誰もが発信者になりうる。

そんな状況で多数の「役者」に死体を演じさせ

全員に完全黙秘を守らせることは、ほとんど不可能だ。

むろん「万一バラしたら家族の命はない」などと

ロシア(ソビエト)流の脅迫をかませば、ある程度の口封じはできるだろう。

より手っ取り早く、"出演者"全員を黙らせる手だったある。

実際、そうやって「カチンの森」とか色々やらかしてきたんだから。

彼らにしても、〈身に覚え〉があるからこそ、「ヤラセ」という発想に飛びつき

どれほど矛盾点を指摘されようと、突っ張り続けてるのだろう。

 

それにつけても、反ロシア諸国が連呼している「戦争犯罪」っていうのも

冷静になって考えると、めちゃくちゃ矛盾した概念だ。

まずもって、戦争をスポーツのように「ルールの下で行われる」と考えること自体に

どうしようもなく、無理がある。

そもそも、ルールがないから「戦争」なのだ。

なのに、まるで野球やサッカーと同じであるかのように

一般市民に対する無差別攻撃は、核兵器を含む大量破壊兵器の使用は

明らかな戦争犯罪となるので、許さない。

 

・・・・って、誰が許さないのか? 勝者が、だ。

でなきゃ、東京大空襲にしろ、広島・長崎への原爆投下にしろ、

文句なしに「一般市民に対する無差別攻撃」なのに、誰一人お咎めを受けてない。

もちろん、そのあたりの矛盾点は飲み込みつつ

"人的被害を極力に抑えるためのアイテム"として使ってるだけなんだろうけど。

どこまで行っても、しょせん《歴史は勝者の独占物》であり

敗者が何を叫ぼうとも、評価は毛ほども変わらんのだ。

 

なんか、やけのやんぱち(懐かしいな、このフレーズ!)な気分で

ここまでダラ書きしちまった。

次回からは、また、のんべんだらりの通常運転に戻りたい。

・・・頼むから戻らせてくれよ、元喜劇役者と元KGB長官のおふた方。

 

ではでは、またね。