キワモノ? いや、これこそ「王道」だ。 『シャングリ・ラ』㊤㊦ 池上永一 周回遅れの文庫Rock

世間一般の評価は、この後に書かれた『テンペスト』のほうが遥かに上だろう。

だが、読中読後のドキドキ&ワクワクに関しては、本作に遠く及ばない。

そんなふうに、勝手に思っている。

 

舞台は、近未来の東京。

地球温暖化の果てに、完全に亜熱帯気候と化したジャングルランドだ。

増え続ける大気中の二酸化炭素を削減するため、世界は「炭素経済」へと移行。

炭素を削減すればするほど利益が生まれるシステムができあがっていた。

そんななか、東京は23区をまるごと森林化することで大幅な炭素削減を実現。

選ばれた一部の都民だけが、代わって建てた超高層建造物アトラスに暮らし

ジャングルに取り残された"難民"たちは、反政府ゲリラを結成。

格差社会の打倒を目指して、無謀とも言える戦いを続ける。

 

・・こうした設定も手伝って、2004年に出版された時点から

「石油価格の高騰CO2の取引など、世界の未来を予言した問題作!」

とかなんとか、持ち上げられたものだ。

 

早い話、――「壮大なホラ話」だ。

ホラ話で失礼なら、「神話」と言い換えてもいいだろう。

なにせ、メインヒロインにして反政府ゲリラの総統・北条國子からし

巨大なブーメランを投げては、政府軍の戦車を一刀両断してしまう

明らかに人間離れしたスーパー女子高生なのだ。

 

しかも、「政府VS反政府ゲリラ」というシンプルな図式で展開するのかと思ったら

炭素本位制の世界経済を手玉に取って、ネット上で大金を稼ぐ少女・香凜や

超高層建造物アトラスの黒幕とも通じる"公社"の姫君・美邦など

國子に勝るとも劣らない尖がったヒロインたちが、次々と舞台に上がって仁王立ち。

やがて、この三人娘の間で〈次代の女帝〉を競い合うという

"近未来版・国取り物語"の様相を呈しはじめる。

 

そう。ネタバレになりかねないが

実は本作、卑弥呼の時代にも相通じる「国生み神話」を

世界規模でリブートしたものでもあるのだ。

にもかかわらず、地球温暖化・炭素経済など"現実"をまとった言葉に囚われていると

ページをめくるのがしんどくなってくるかもしれない。

なにしろ、殺しても死なないような人物が次から次へと登場し

常識的にはあり得ない「技」や「超能力」を発揮。

誰が見たって絶体絶命の危機を、軽々と乗り越えていくのだから。

 

したがって読者としては、さっさと頭を切り替え

「SFの衣をまとった神話=ホラ話」だと受け止め

この壮大過ぎる物語の"大風呂敷"に、すっぽり包まれてしまうのが

もっとも賢い読み方、なんじゃないかな。

 

そんなわけで、ホラ話満載の神話であるからし

ヒロインたちに従い、支え、敵対する脇役たちもまた

どいつもこいつも肉汁滴る濃厚な奴ばかり。

國子の〈育ての親兼参謀役〉として異彩を放つ、ニューハーフ戦士モモコ。

幼き姫君・美邦に失った我が子の姿を重ね、全身全霊で支える小夜子。

"小夜子いじめ"に喜悦する超美形&天才科学者・涼子。

妖怪水蛭子(予言者)に憑依された、元モモコの同僚・ミーコ。

誰一人とっても、主人公役が務まるだろう超個性派の面々が

文字通り天衣無縫に暴れ回るのだから、たまらない。

 

加えて、異様な進化を遂げたジャングルからの〈猛攻〉。

究極のエコロジー社会がもたらす脅威の数々。

はたまた、アトラス計画に隠された〈真の目的〉などなど・・

雪崩を打って襲い掛かる"衝撃"の連続に

長らく眠っていた〈物語に酔いしれる喜び〉が、目を覚ました。

そして、改めて実感する。

こんな破天荒な小説が大好きだった、ってことを。

 

くわえて本書は、名言の宝庫でもあったりする。

引用せずに、いられなくなってきた。

「男は理屈で攻めちゃダメよ。尖ったところをくすぐるのがコツなのよ」      「なんか変な意味に聞こえる。朝っぱらから気持ちの悪い話をしないで」        「あら、心の尖った部分って意味よ。國子はせっかちね。でもそっちも当たってるわよ。男がなんで尖ってるかって、ここを引っ張って歩きなさいって神様が女のためにつけてあげたのよ」㊤200p

誰もが地球型経済の導入は秩序と平和をもたらしてくれるものと信じた。しかしパラダイムを提示したタルシャンは、人間の本質をわかっていた。経済の本質が欲望である限り、どんなパラダイムを提示しても人間は悪用する方法を見つけてしまう。㊦172p

「悪い奴じゃないんだけど、理屈っぽいのよね」                  「ははーん。ちょっと惚れたか。いい傾向よ」                   「あたしは理屈っぽいって言ったのよ。全然惚れてないわ」               モモコが國子のおでこをちょんと叩いた。                    「恋は否定から始まるのよ。國子はそういうタイプよ」              「バッカじゃないの。そんなのこじつけよ」                   「ほら否定した。やっぱり恋ね」㊦250p

 

キリがないので、このくらいにしておこう。

あとは、読んでからのお楽しみ。

自力で見つけるほうが、何百倍も嬉しいものだし。

 

なにはともあれ、不思議な中毒性を持つ

ある種、呪術的な作品と言える。

 

ではでは、またね。