涸れない泉のように"旅の記憶"が湧き上がる。『大好きな町に用がある』角田光代 周回遅れの文庫Rock

敢えて言うことでもないのだろうが

著者の角田さんと共に旅をした経験などは、一度もない。

だというのに、この濃厚な"道連れ感"は、いったいどこから来るのだろう。

思わず読書を中断し、虚空を見上げて記憶をチェックしてしまうほど

あまりに思い当たることが多いのだ。

 

たとえば、スペインの旅を記した「時代も私も変わっていく」。

そして今回、はじめてのマドリッドである。                     正直な話、気が重かった。私がスペインを旅した二十年前、ものすごく治安が悪かった。バックパッカーのような旅をしていた私は、それまで一度もスリにも置き引きにもあったことがなかったのに、その旅ではじめて荷物を盗られ、君の悪い男にあとをつけられてこわい思いをした。マドリッドはもっと危ないと聞かされていた。それでもしかしたら、旅程からはずしたのかもしれない。27p

この一節を読んだとき、忘れていたはずの記憶が昨日のことのように蘇っテきた。

今から30年以上も昔のこと。

1歳になる直前の長女を背負い、妻と3人でヨーロッパを旅をした。

その途上、マドリッドに立ち寄り

安くておいしいレストランを探して、裏通りに入ろうとしたとき

1人の女性が近づいてきて、日本語で話し掛けられた。

「あんらた、そっち行ったら危ないよ」

「え・・?」

「薬やってる人とかいるから、細い道に入っちゃ駄目」

そう言って、マドリッドに暮らしているらしき日本人女性は

絶対に入っちゃいけないエリアについて、ひとしきりレクチャーしてくれた。

さらに、「このあとどこに行く予定なの?」と訊かれたので

「アンダルシア地方を回ろうと思ってるんですけど」と答えると

背中の娘にちらりと眼をやり、盛大に顔をしかめられた。

「アンダルシアだって? この時期になんか行ったら暑くてたまんないよ。

 悪いことは言わないから、南じゃなくて北の方に行くんだね」

ずいぶんお節介な叔母さんだな、なんて失礼なことを思ってしまったけど。

今なら、旅先での安全もろくに考えず

やっと歩き始めた子供を連れてスペインに乗り込んできた

能天気な日本人たちに、精一杯のアドバイスをしてくれたのだと分かる。

実際、彼女のお陰で、マドリッドで災難に出会うこともなく

その後の行き先も、アンダルシアではなく北西部のガリシア地方へと変更したため

さほどの熱気に悩まされずに済んだ。

加えて、港町ラ・コルーニャののどかな日々や

サンチャゴ・デ・コンポステーラの独特な町並みや苔むした大聖堂など

今なお色あせることのない、旅の記憶を得ることができたのだ。

 

ーーこんなふうに、たった数行の記述が「起爆スイッチ」になって

何度となく、〈記憶の旅〉に出掛けてしまう。

「記憶の住まい」の書き出しも、そんな「スイッチ」のひとつ。

好き嫌いとはべつに、相性のいい場所というものがある。そういう場所を訪れてはじめて、好き嫌いと相性は異なるのだなあと思った。これは友人関係でも恋愛関係でも同じではなかろうか。31p

続いて記された「私は香港と相性がいい」との文章には

どこに居ても奇妙なほどストレスを感じなかったラオス滞在の日々や

反対に、決して悪い印象ではなかったけれど放し飼いの犬に追いかけてばかりだった

ニューカレドニアのイル・デ・パン島(当時2歳の次女が泣いて逃げ回っていた)での

記憶が、それこそ"ぶわっ"と蘇ってくるのだからたまらない。

 

「思いというより、願い」にも、大きなスイッチが隠れていた。

はじめての自由旅行をしたとき、気づかず落としていた財布を届けてもらってことがある。バンコクからチェンマイに向かう夜行列車だった。深夜、食堂車から帰ってきて、二階の寝台に戻り、そのまま寝たのだが、翌日、寝台のカーテンを開けると、見知らぬ人が私の財布を持ってきで「これ、昨日落とさなかったか」と言う。昨晩食堂車から戻る日本人を見かけたので、袈裟財布を見つけ、あの日本人の落としものではないかと思ったのだと彼は説明した。44p

この直後、4年ほど前に旅をしたイスタンブールでの記憶がよみがえる。

夢中になってブルーモスクを見学していたとき、ふとポケットの軽さに気づいた。

いつの間にか、スマートフォンを落としていたのだ。

あわてて辺りを探すが、観光客でごった返すモスクのどこにも見当たらない。

・・こりゃダメだ。

早々に諦め、それでも念のため、出入口の詰め所にいた髭面の男性に

スマートフォンを落とした。緑色のケースに入っていたのだが、知らないか?」

と、声を掛けてみた。

すると男は、ニヤッと笑って、まさにその色のケースをひょいと差し出した。

誰だか知らないが、拾った人が、親切にも届けてくれたらしい。

この体験ひとつだけで、トルコという国が大好きになった。

 

――などという記憶を掘り起こした後、ふたたび本に戻ると、こう続いていた。

もし鞄を盗られたら。お金をなくすことや、撮りためた写真を失うことは地団駄を踏みたくなるくらい悔しいし、もしパスポーとが入っていたら、その後の手続きの煩雑さにげんなりするけれど、でも、いちばんいやなのはそうしたことではない。もの盗りにあったその町を、その国を、その旅ぜんぶを、思い出したくないくらい嫌いになるだろう。そして嫌いになったそのことに、私自身が傷つくだろう。そんなふうに傷つきたくはないのだ。44p

まさにその通りだね、角ちゃん。

面識すらない小説家を"道連れ扱い"にして、馴れ馴れしく相槌を打つ自分がいた。

 

そんなわけで、著者・角田光代さんの「旅の本」から引き出される記憶の総数は

驚くほど大量、かつ分厚いシロモノとなる。

そして、この余りに多い〈共通体験〉の存在ゆえに

つい彼女を、40年来共に旅を続けている我が相方とダブらせては

「そーいえば、結構似てるところあるよな・・」などと

新たな発見に気づいたりもするのだった。

 

・・・・・・あいやー。

中盤以降の内容と、最近の旅から受けた実感の共通点にいて書こうと思ったのに

もうこれだけの長さになってしまった。

特に、スマホ前後(グーグルマップの有無)を境に

旅(特に海外)の内容が一変したこととか。

 

うん。。。やっぱり「続き」も書こう。

どちらかというと、そっちのほうが"本題"だったんだし。

 

ではでは、またね。