"物語の万華鏡"から目が離せない! 『世界堂書店』米澤穂信 編 周回遅れの文庫Rock

ミステリーの名手・米澤穂信による、傑作小説のアンソロジー

日本、アメリカ、イギリス、フランスはもちろん

中国、ギリシャフィンランドウルグアイなどなど世界中から選び抜かれ

発表された時期も19世紀半ばから20世紀末?までと、150年を股にかける。

だけに作品によっては文体が古く、すんなり頭に入ってこない場合もあるが

そこは"噛めば噛むほど・・"との譬えを持ち出したくなる、文字通りの傑作揃いだ。

 

むろん、食べ物に好き嫌いがあるように

全ての作品が個人個人の嗜好とシンクロしないことも、また自明の理である。

そんなわけで、選者・米澤穂信

「これらは間違いなく素晴らしいと言いきれる(388p)」作品群の中から

畏れ多くも、"これ、好きだなあ~"と断言できるものをピックアップしちまおう。

 

ぶっちゃけ、冒頭の数編は、みな十数ページという短さだというのに

最後まで読み通すのが、楽ではなかった。

直前に読んだ7~8冊がリーダビリティ抜群のエンタメ小説たっだからなのか

すんなり物語の世界に入り込むことができず

"慣れない土地にどぎまぎしているうちに帰国便に駆け込んだ"ような

ザラザラした違和感と疎外感ばかりが残ってしまったのだ。

・・・もしや、ラノベかエンタメしか楽しめない頭になってしまったのか!?

 

ようやく、眠り続けていた〈霊波アンテナ〉がビビッと立ったのは

己の読解力に絶望を感じた始めた、6編目。

シュテファン・ツヴァイクの『昔の借りを返す話』だった。

編者曰く「これは気高く素晴らしい短編だ、と簡単に片付けるわけにはいかない」

という但し書き付きだったが、落ちぶれた元舞台俳優の涙に胸が熱くなる。

 

ひとたびレールに乗ってしまえば現金なもので

7編目以降の諸作品は、安打製造機さながら快く打ちまくってくれた。

ジュール・シュペルヴィエルウルグアイ)『バイオリンの声の少女』は

大人になるにつれ失われる〈能力〉を描いた物語。

これは、普遍の真理だろう。

キャロル・エムシュウィラーアメリカ)の

『私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない』は

ホラーともサスペンスとも異なる、不可思議だけど心地良い読み応え。

レーナ・クルーンフィンランド)『いっぷう変わった人々』は

「バイオリンの声の少女」に通じる"子供だけが持つ不思議な力"がテーマ。

三人の主役の一人、アンテロがどんな未来を迎えるのか、気になって仕方ない。

 

そんなふうに、気が付いたときには

何の苦労もなく、ひとつひとつ作品世界を満喫していた。

おそらく、車や自転車の運転と一緒で

久しぶりに"この手の小説"を読む場合は、多少の〈慣らし運転〉が必要なのだろう。

そういう意味では、前半の5作品には悪いことをしたのかもしれない。

 

ともあれ、いずれ劣らぬ快作?揃いの本作品集のなかでも

ひと際深い爪痕を刻み込んでくれたのが

ヒュー・ウォルポール(イギリス)の『トーランド家の長老』。

受け取った想いは、編者の解説?と見事に一致する。

もう本当に、やめて上げてほしい。読み進めるに従って、本の中に入り込んで「やめて! もう許してあげて!」と声を上げたくなる。394p

うたた的には、コンバート夫人の"悪へと続く善意"が、メチャ怖かった。

 

さらに激しく胸を鷲摑まれたのは

パノス・カルネジス(ギリシア)の『石の葬式』。

遺体の代わりに石ころが入っていた棺が見つかるところから、物語は始まる。

探偵役の神父が、この謎を追いかけるうち

村ぐるみで秘匿されていた、"ふたごの姉妹をめぐるエピソード"が明かされてゆく。

この姉妹の"美しさ"と"放浪の旅"に、たまらなく心を惹かれる。

加えて、思いもよらぬ結末が、鮮やかな色どりを添える。

おれの悪魔には翼があるんだよ、神父さん。353p

 

これもまた、マジック・リアリズム、ってやつなのだろうか。

いずれにせよ、パノス・カルネジスは要チェックだ!

 

ではでは、またね。