日本(人)と外国(人)が持つ常識や価値観の違いをめぐる
あれやこれやを描いた作品は、これまでにも山というほど発表されている。
しかし本書は、そういう"ズレ"を楽しむ「異文化交流マンガ」とは
ひと味もふた味も違う気がする。
もちろん、日中両国の文化習慣の違いなど
「ネタ」になりそうな話は、随所で紹介されているし
14も年が離れている(夫・純一40代、妻・月-ゆえ20代後半)ことから生じる
世代間のギャップがきっかけで起きるエピソードも、事欠かない。
それでも本作を読み終えたとき、真っ先に脳裏に浮かび上がってくる想いは
--人生って、掛け値なしに"たまたま"の積み重ねなんだなぁ。
といった、いわば〈巡り逢いの妙〉とでも呼ぶべき、偶然ならではの面白さだった。
そもそも、40を過ぎた独身オタク男である著者が
14歳年下の中国の女の子とお見合いしたキッカケ自体
仕事仲間に強引に誘われた結果、「ついで」に行なわれたもの。
その〈お見合い〉からして、著者サイドが多忙によるドタキャンを二度やらかし
仲介役?だった月の姉が「こんな約束を守らぬ男はダメだ!」と激怒。
ところが見合いの取り消しが決まり、月が帰りの航空券を予約した直後に
当の姉が急病でダウン。
彼女とその子供を世話するため、帰郷の予定を数日延ばさざるを得なくなる。
そこを待っていたように、著者(夫)側の身体が空き
・・せっかくだから(ダメモト)でお見合いしましょう、という運びになったのだ。
もちろん、日本ではおよそモテた経験のない著者のこと。
見合いの席で、20代半ばで誰が見ても美人(らしい)女性の相手を見た瞬間
「これはないわ~」と、反射的に諦めたという。
それまで何度か試した国内でのお見合いでは、すべて相手側から断られ
おまけに問題の中国娘(月)は、彼の人生においてお見合いした誰よりも
間違いなく若く美しい女性だった、というのだから。
しかし・・ここからが"巡り合い&たまたま"の面白さ!
日本国内だったら、間違いなく〈オタクの短所〉に数えられる
優柔不断さ・話し下手(コミュ障がち)・肥満体形(中年太り)に加え
40代を迎えた年齢など、彼が結婚できずにいた〈夫としてのマイナス要因〉。
それらが、終盤に放たれた起死回生の一手によって
オセロのコマがパタパタ裏返るように
ことごとく〈夫に望まれる要素=長所〉へと切り換わってゆくのだ。
その劇的な逆転ぶりは、似たり寄ったりの〈オタク要因)を抱えるうたた(俺だ)に
文字通り"胸のすくような痛快さ"をもたらしてくれた。
ついでに、
--ひょっとして、俺にも、可愛い中国娘との人生が待っていたのかなぁ。
とか、しょーもない妄想にふけってしまったほどである。
実際のところ、著者と結婚した月は
少女時代を内モンゴルの電気も通わぬ農村で過ごし
200頭の羊の世話を独りでこなしていた、というハイジのような経歴の持ち主。
なので、彼女をもって〈典型的な中国娘〉とは、とても言えないのだが・・
出逢い(お見合い)から結婚(婚約)へと至る序盤だけで
ずいぶん細々と紹介してしまったが
その後も、〈マイナスがプラスに転じる〉ある意味痛快なエピソードがてんこ盛り。
おかげで一冊読み終えるたびに
これこそ「塞翁が馬」「禍福は糾える縄の如し」そのものじゃん!
ホントに、ヒトの運命なんて分からないものだ。
でも、分からないから面白いんだよなぁ。
・・なんて、自分自身が歩いた道を思い返しながら、シミジミすることに。
そういう意味では、本書は
柳の下のドジョウを夢見る青年~中年世代より
運命のイタズラをめいっぱい体験してきたベテラン世代にこそ
100パーセント楽しんで貰える、いわば"熟年向け作品"なのかもしれない。
幾多もの山あり谷ありをなんとか乗り越え
作品の方は、文化ギャップを前面に出した育児漫画になってきたので
以前ほどの驚きは感じられなくなった。
読者は無責任だから、主人公たちがピンチに陥れば陥るほど
夢中になってしまうんだよね。
それでも、出産・育児・家探しと
不器用ながらも一段一段よじ登っていく著者一家は
すでに親戚に近い親近感を覚えてしまった。
これからもきっと、自身の娘一家&孫たちとダブらせながら
彼らの成長を見守っていくことだろう。
※誰にでもニコニコ笑いかけるバオバオのエピソードは
初孫の"それ"とまるっきり同じ。
「電車の中で隣にいたヤンキーな高校生が照れ笑いしてたよ」
という母親〈次女)の言葉を思い出した。
ではでは、またね。