いきなり中年男(主人公)と少年の"濡れ場"から、スタートする。
BL小説だったのかと勘違いし
「俺には合わないな」と本を閉じる人もいるだろう。
その後も、主人公は夢か現実か判然としない世界の中で
これまた異常事態が起きた娘(入院中)の病院へと車を走らせるものの
渋滞中に奇妙な交通事故に巻き込まれ、松葉杖姿で退院する。
それでも彼は、自らのアトリエ(実は天才造形家だった)に辿り着き
なんと馬車!?に乗って、娘の元へと急ぐのだった・・
ここまでが、冒頭40ページ余りの"あらすじ"。
この時点で、本書に描かれた世界を正確に把握できた人は少ないはず。
かくいううたた(俺だ)も、そのひとりだった。
だが、「どんなにシンドクても最初の70~80ページは読むこと」
を自らに課しているので、もうちょい、もうちょいと
寝落ちを繰り返しがら(小説読みは就寝前が多い)読み進めていった。
すると、56ページ以降。
2人目の主要人物・龍神(女装の外科医)が登場したあたりから
霞に包まれていた脳内の視界が、一気に晴れ渡ってゆく。
てんでバラバラに散らばっていたジグソーパズルのピースが
外枠が決まるやいなや、バシバシとハマり出すように
華麗に構築された"世界"が立ち現れたのだ。
――この《覚醒感》を味わうためにも、どうかサッサと投げ捨てず
騙されたと思って、100ページ辺りまでは読み続けてほしい。
きっと、後悔はしないはずだ。
ならば『バレエ・メカニック』とは、いかなる物語なのか。
無謀にも、3行そこらで要約してしまおう。
事故により脳死状態に陥った少女(主人公の娘)が
壊死した大脳皮質の代わりに、東京という街のネットワークを使って復活?する。
そんな「人類最初の不死者」を巡る人々の、愛と夢と欲望を巡る物語である。
これだけを読むと、ハードなサイバーパンクSFと誤解するかもしれないが
読書中に受けた実際の感覚(=読中感)は、まったく別物だ。
ストーリーは結構重たいすばなのに、妙に軽く、明るく、しかも楽しい。
既存の作家でいえば、筒井康隆が全盛期に連発したスラップスティック小説が
いちばん近いように思える。
中学・高校・大学時代にかけて筒井康隆をオカズに生きてきたものだから
この"デジャブ感満載の一冊"は、まさしくネコにマタタビであった。
本書の中で描写される〈死後の世界〉にも、強く心を惹かれた。
"無"に向かって転げ落ちてゆく絶望感(『あなたのための物語』長谷敏司)とも
永遠の海原を漂流する孤独感(『航路』コニー・ウィリス)とも異なる
なんだか、とても"ほのぼの"していて
こういう〈終-ついの別れ〉ができるんだったら、ちょっといいかも。
――なんて、死に怯え続けるうたたに、一瞬でも思わせてくれたのだから
捨てたもんじゃないと思うよ。
少なくとも、枝葉末節のデータを書き換えるばかりで
生命の始まりや、死後の世界の有無といった
肝心の「謎」には一歩も近づけない現代科学より
はるかに"親しみ"を感じてしまうのだ。
・・〈科学=現実〉より〈物語=空想〉に強く共感すること自体
とっくに"イっちゃってる"かもしれないけどさ。
ではでは、またね。