知的興奮の"特盛りセット" 『世界史のミカタ』井上章一 佐藤賢一 周回遅れの新書Rock

「知的興奮」という言葉が、最も似合う本のひとつ。

 

狭い"地域"でムリヤリ囲い込んだ、「タテ割り歴史研究」と

大先生と呼ばれる権威者がすべてを決める「年功序列歴史観」を

ものの見事にひっくり返してくれた。

しかも、単なるちゃぶ台返し=否定&破壊に終わらず

日本史・東洋史西洋史など既存の垣根をすべて取っ払ったうえで

全世界をまるっと見渡す、〈超俯瞰ポジション〉を提示。

文字通り目が覚めるような『大世界史』を、披露してみせたのだ。

 

たとえば、ユーラシア大陸全体の古代・中世・近代史を

遊牧民族VS定住民族」のキーワードで、ひとつの流れにまとめ上げる

ここでは、ギリシャ時代のスキタイと

ナチス・ドイツを撃退したソ連軍の「戦法」の共通性に目を留め

ともに"特定の土地を持たない遊牧民族の戦略だ"と、看破する。

井上 ダレイオス大王はスキタイを退治するために、軍勢を引き連れて黒海沿岸を北上します。〈中略〉スキタイの領域に入ると、スキタイ軍はどんどん退く。それで、ダレイオス軍はどんどん攻め入るのですが、兵站が伸びきって、後方軍と連絡が取れなくなる。そこへ、スキタイの大軍勢が総攻撃をかけてペルシア軍を殲滅しました。まるでナポレオンを相手にしたロシア軍、ナチス・ドイツを打倒したソ連軍と同じです。もしかすると、敵を深く招き入れて、兵站が伸びきった時に叩く戦法は、スキタイの頃からずっと続いてきたのかもしれません。                 〔48ページ〕

 

また、東洋と西洋で同時に起きた歴史的大事件に、ユーラシア中央部の遊牧民族が深く関わっていることを、指摘する。

たとえぱ、中国の北で新しく興った鮮卑に負けた匈奴が西に逃れ、これによってトコロテンのようにさまざまな民族が西へ西へと押し出された。当時、ヨーロッパに進出したフン族も、そのひとつだった可能性があるというのだ。

井上 ただ、中国にいたソグド商人が故郷のサマルカンドにあてた手紙が残っているのですが、そのなかに匈奴のことを「フン」と呼んでいる件があるのです。もちろん、単なる個人名かもしれませんが、フン族匈奴だった買う制覇あります。また、四世紀後半からさかんになるゲルマン人の大移動も、実はフン族に押されたコーカソイドの大移動ではなかったのか。                             漢帝国鮮卑族の侵入で滅び、異民族を含む小さな国々が乱立する五胡十六国の時代になりました。いっぽう、ヨーロッパでも西ローマ帝国が潰えて、小さな勢力が乱立します。つまり、ユーラシアの西と東でよく似た展開になっている。どちらも、古代帝国が潰え去り、中世的な小国家群ができては消えていく。その後を見ても、西ではローマからすれば異民族であるカール大帝が仮初めのローマ帝国をつくり、東では楊堅(文帝)が中国を統一して隋をつくりました。              〔53-54ページ〕                     世界史のミカタを標榜する私には、ユーラシア史が左右対称に見えるわけです。西のローマ帝国、東の漢帝国を崩壊させる決定的な原動力になったのは、遊牧民たちの動きであった。そして、中世には、どちらでも疑似古代国家が再建されたということです

 

さらに、東から西へと押し寄せる"遊牧民の波"は途絶えることがない。

井上 そのひとつが、トルコです。〈中略〉いずれにせよ、トルコ人が中国の北方から現代のトルコへと押し寄せたことは確かです。次が、契丹です。「きったん」は日本の呼び名で、ロシアでは「キタイ」と呼ばれています。余談ですが、キャセイパシフィック航空の「キャセイ」は英語で契丹のことです。                 このトルコや契丹の延長線上に、モンゴルの支配があります。     〔95ページ〕

長い間、頭の中でバラバラに存在するだけだった歴史的事実が、新たな視点によって、はじめて一本の太い流れにまとめあげられてゆく。この快感といったら・・!

 

"汎ユーラシア史"とでも称すべき、本書の「遊牧民族VS定住民族」史観に囚われすぎてしまったが、その後も『教科書的定説(常識)』を覆す発言が、随所で発せられる。

井上 中国は中華意識にもとづいて歴史を組み立てるようになったわけですが、実相はまったく異なります。前述のように、漢の初期は匈奴の前で腰を低くしていましたし、隋と唐も北方民族のかかわった国です。宋も貢物をして契丹から襲われるのを回避しています。女真族にもおびえていました。とても、中華の国と言えるような状況ではありません。                            〔108ページ〕

 

地球寒冷化が民族大移動を引き起こした、という発言にも注目したい。

井上 二世紀には、鮮卑族が中国の北方から南へ押し寄せます。匈奴はその前から、同じような動きを見せていました。地球の寒冷化に、その原因を求める説があります。寒冷化によって、北方では牧草が育たなくなり、移動してきた。もしそうならば、歴史を動かすのは社会ではなく、自然現象だということになります。〈中略〉        佐藤 ヨーロッパ史で言われているのは、十三世紀は気候が温暖で作物の育ちが良く、生産力が上がって人口が増えた良い時代だった。ところが、十四世紀に入ると寒冷化し、農業生産性が急激に落ちたということです。ペストの流行も、この頃です。飢饉で食べ物がなくなって抵抗力が落ちたところでペストが流行、甚大な被害が出ました。当時のヨーロッパ人口の約三分の一が死亡したとされています。    〔103ページ〕

 

いまだに「地球温暖化はヤパイ」という見方が圧倒的多数を占めているが

以前からうたた(俺だ)は、「温暖化より寒冷化の方がずっと怖い」と考えている。

上記は、それを裏付けてくれる発言だ。

多少高めに推移しようと両極の氷が溶けようと、温暖化→生産力が上がる→良い時代

というベースは、たやすく覆されるものではない。

やはり、それよりも寒冷化による悲劇のほうが、遥かに厳しいはずだ。

現在猛威を振るっている新型コロナにしても

流行のピークは〈寒い季節〉に集中しているではないか。

これは極論になるが、温暖化も寒冷化も〈地球規模の自然現象〉ではないのか。

人間ごときがコントロールできると思い上るほうが、よっぽど身の程知らずなのだ。

 

・・・いかん。また、自分勝手な妄想に酔ってしまった。

 

本書の中身に関しては、もっとたくさんピックアップしたいが

いちいち引用なんかしていたらキリがないので

残りは、ヒピッときた「キーワード」を並べるだけで、済ませることにしよう。

 

イケメンぞろい遣唐使 昔の日本は外交官を「顔」で選んでいた

日本とフランスは似ている だから日本人はフランス革命が大好き

王侯貴族が統治する利点 なまじ民主派でないから大胆な政策を断行できる

ドイツの人間爆弾 亡命中のレーニンペトログラードに届け、ロシア革命を画策した

今も使われているナチスの手法 小泉純一郎が愛用した「ナチスプロパガンダ

最も成功した社会主義国・日本 「一億総中流」は、社会主義システムの賜物

 

最後に、現代中国を巡る発言だけ、面白過ぎるので、手短に引用したい。

社会主義の闇                                 佐藤 中国は社会主義と言いながら、国家が国民をガッチリ監視する管理社会と化してします。AIによる監視では世界最先端を走っています。警察官がAIを組み込んだメガネで人を見ると、名前や犯罪歴などが瞬時にわかるそうです。   〔258ページ〕

ひえー! リアル「スカウター」だ!!

中国が戦争できない理由                            佐藤 東や南に出て行けば、背後をロシアやインドに突かれるのはわかっているので、身動きが取れない。中国のように周囲を強国に囲まれている国は、どこかと戦争すれば、全方位から叩かれる恐れが常にあります。だから、大きな軍隊を持っていても分散しなければならず、なかなか戦争には踏み切れないのです。     〔261ページ〕

確かに、ロシアとの協力態勢だって、どこで裏切られるかわからんもんなー。

台湾進攻なんて、そう簡単にできるもんじゃないか。

でも同じ論拠に従うと、ロシアのウクライナ侵攻も"ポーズ"決定かも。

 

ついでに、第11章で語られる「日米英の新三国同盟」も必読!

世界の中における"日本の立ち位置"が、こんなにも明解に分析・評価されるとは。

遅ればせながら、『日本史のミカタ』も読まなければ・・

 

ではでは、またね。