国内・海外を問わず、旅に出るときには
普段より五割増しほど多めの本(小説&エッセイ)を持って行く。
常に身の回りに(未読の)本がある暮らしを続けて、かれこれ60年。
万一旅先で未読本が切れたら、不安で仕方ないからだ。
実際には、100の大台に届かけつつある過去の旅において
そんな"嬉しい禁断症状"に陥ったことなど、一度もない。
それどころか――同好の士なら共感するだろう――十中八九は
携えて行った本の半分以上を、手つかずのまま持ち帰ることとなる。
今回(12月5~9日)の石垣島旅行もまた
例によって例の如しだった。
自室の壁面をぐるりと取り巻く「未読本棚」を、端から端までチェック。
沖縄や先島諸島など、旅先に関係のある小説やエッセイを厳選したにも関わらず
帰還前に読了したのは、出発前に読みかけだった小説と
エッセイ一冊(昨日書いた伊集院静の本)のみという、ていたらく。
絶対に、サンゴ礁が広がる南国の海辺で読んでやる!
・・と心に誓っていた池上永一著『夏化粧』は
寒風吹きすさぶ横浜の地で、羽毛布団にくるまりながら読み始めたのだった。
相変わらず、前フリばかり長くなってしまったが
そんなわけで、沖縄県石垣市出身の雄・池上永一の『夏化粧』だ。
傑作『シャングリ・ラ』で、疾風怒濤のSFアクションにノックアウトされ
大作『テンペスト』で、絢爛華麗な沖縄式マジックリアリズムに心奪われた身にとって
この2作よりかなり早い2002年に上梓された本書は
"幸い未読だし、この機会にサクッと読むべ"くらいの軽い心構えで臨んだ一冊だった。
実際、本文は334ページで、『シャングリ・ラ』『テンペスト』に比べれば
3~4分の一前後の厚さだったからね。
だが、そんな"甘い見通し"は、いとも簡単に覆される。
「ちゃぶ台返し」をかましたのは、産婆歴60年の与那覇ヤマンサ。
天寿を全うした彼女は、その葬儀の場で、言語道断の遺言を公開したのだ。
『みなさんごめんなさい。私は産婆になって取り上げた総勢二千三百六十九人の子供全員に、まじないをかけてしまいました』 ーーやっばり。 一瞬、温度が下がったような気がする。ただならぬ言葉に一同が気色ばむ。遺言は淡々と続けられた。 『栄作が泥棒になったのも、私がかけたまじないのせいです。孝子が離婚したのも、私のかけたまじないのせいです。光代が行かず後家になったのも、私のまじないのせいですーー』 ここまで読み上げて喪主の長男は「母さん、なんてことしたんだ」と声を漏らした。 「いいから続きを読め」 「そうよ。あたしだって取り上げられたのよ」 周囲から罵声が飛び交う。またマイクを握りしめた喪主がオバァの恐ろしい過去を読み上げていく。親族は呆気にとられて立ち上がったまま、動けなくなっていた。 『郁夫がこれからもずっと貧乏なのも、私がかけたまじないのせいです。邦彦が職を転々とするのも、私がかけたまじないのせいです。京子の子供がグレているのも、私がかけたまじないのせいです――』 暑さでぼんやりしていた者も、巣の中の雛のように騒ぎだす。 「私はどうなの? 律子にどうしたって書いてあるの?」 「俺には何をかけたんだっあのババァ。もっと早く読め」 「うちの子は三人も取り上げられたのよ。こっちが先よ」 津奈美は聞いていてのけ反りそうになった。オバァの六十年以上の助産婦人生はまじないのオンパレードだ。 〔19-20ページ〕
んで、この「のけ反りそうになった」津奈美が、本作の主人公。
彼女もまた、オバァの手によって子ども・裕司を産んだばかりだった。
とんでもない"まじない"をかけられて・・・
この贖罪リストの最後のページには津奈美の子の名前も入ってた。 『裕司が消えたのも、私のまじないのせいです』 という一文は決して聞き漏らさなかった。 〔22ページ〕
かくして、母親の津奈美以外には"見えない"息子にかけられたまじないを解き
なんとしてでも"普通の子"に戻そうとする、〈母の戦い〉が始まる。
まじない=呪いを解く、ただひとつの方法とは?
そして、奈津美の超人的な奮闘とともに次第に露わになってゆく
《先史時代まで遡る先島諸島の`大いなる謎"とは》?
粗削りながらも、快作『シャングリ・ラ』に受け渡された"あの熱気"が
むんむんと漂ってくる
しかも舞台は、名称こそ変えているものの、他でもないーー石垣島。
おかげで読者(俺だ)は、ひとつひとつの場面を実際の情景と重ね合わせ
同じ青い空・蒼い海・強い陽射し(それほどではなかったが)を想い返しながら
ある種の"ノンフィクション"として、追体験することができた。
これだから《現場読書》は、やめられない。
本稿の締めに代えさせていただこう。
そして一方的にオバァの遺言は最後の結びに入った。 『人は皆、役目を持って生まれてきます。みなさん、残りの人生を一生懸命に生きてくださいね。そうかいそうかい。みんなオバァを許してくれるのかい。優しい子たちだねえ。ありがとうね。ありがとうね』〈中略〉 混乱の中でオバァの出棺が始まった。オバァが大好きだったシャンソンの『ろくでなし』がかかる。通りすがりの人がこの場を覗いたら、カーニバルか何かの集団だと思うだろう。祭壇の花がむしられ、歌に合わせて投げつけられる。千切れた数珠の玉が飛び交う。おばあの人生最後の花道は、祭りのような喧騒の中を進んでいく。 珍しく活気のある葬式だった。死んだ後で有名になった産婆はこのオバァくらいだろう。 〔22・25ページ〕
・・なんとも痛快な葬式。ちょっと、オバァに憧れてしまったよ。
ではでは、またね。