"旅の記憶"が、雪崩のように押し寄せる! 『旅だから出逢えた言葉Ⅱ』伊集院静 周回遅れの文庫Rock

思うように国内から出られなくなってから

早いもので、2年近くもの時間が過ぎてしまった。

もっともうたたsはギリギリまで粘り

20年2月末発のキューバ+メキシコ旅行を果たしたが。

それでも、昨年秋に更新したパスポートは、いまだ未使用状態。

広重の富嶽三十六景が描かれた小冊子は、ただひとつの印も捺されぬまま

オミクロンの登場により、さらに遠ざかる"復活の日"を待っている。

 

国内旅行も悪くないけど、"異国の刺激"は望むべきもない。

ああ、早く他の国に行きたいなぁ・・!

日ごとに募る〈禁断症状〉に身をよじる海外(旅行)中毒者にとって

本書は、まさに一服の清涼剤だ。

"人生の達人"のみならず"旅の達人"でもある著者が

これまで訪れた国や街の想い出とともに、それらの回想と深くリンクする先人や友人、家族の言葉を、枯山水の庭に置かれた石のように、絶妙な位置に落としてゆく。

そのたび読者(俺だ)は、己の乏しい旅の記憶を重ね合わせて、胸を焦がし。

(多くは交通費の問題で)行きたくても行けない異国の情景を

ときにスマホの画像を眺めながら、尽きることのない憧れの炎を灯すのだ。

 

たとえば第一章。最初の一文。

フランス/パリ、スペイン/バルセロナ

旅の時間で"流れる風景"を見つめる時が一番安堵します。    〔12ページ〕

これだけで、心の中が"もだえ"だす。

さらに、こう続かれてしまうと、もうダメだ。

鉄道のたびに根強い人気があるのは、さまざまな理由があるのだろうが、私は、あの車窓を流れる風景にあると思っている。                       それも、適度なスピードで走る電車に乗って、見ることができる"流れる風景"である。  超特急の旅よりも、各駅停車の旅を好む旅人が多いのも、その理由だろう。 〔13p〕

列車の旅が大好きで、40年以上前から青春18きっぷを握りしめ         年末に帰省する出稼ぎ労働者の皆さんに混じって、上野発の夜行急行に乗車。    今は多くが廃線となった北海道のローカル鉄道を朝から晩まで乗り続けた記憶とか。 有名な大垣行き夜行から鈍行列車を乗り継ぎ乗り継ぎして一路西へ。        翌日の夕方、到着した広島でお好み焼きに感激した想い出とか。          開放間もない中国で北京から西安までの夜行列車に乗り込み、運良く取れた硬臥車両で物珍し気に覗き込む地元の人々に囲まれながら、農道の両側に立つ背高ポブラの並木や岩だらけの荒野に点在する穴居住居をぼーっと眺めていたっけ。そうそう、写真を撮ろうしたら、いきなり人民服の若者が現われ、「ノー、フォト」と叱られたよな。   などなど数十数百もの"車窓風景"がいっせいに店を開け、 リオのカーニバルのごとき、絢爛豪華なパレードを繰り広げる。

冒頭の1~2ページだけで、無限ループともいえる"想い出の旅"が始まってしまうだ。

なんて、〈コスパのいい〉読書なのだろう。

 

そんなわけだから、本書を読んでいる間中。

いたるところで、"脳内ツッコミ"が発動されることとなる。

一度、乗ってみたい、始発駅、終着駅がある。駅舎もなかなか風情があり、ここを乗り降りした人々の時間、歴史、感情のようなものが駅舎から伝わって来る。      スペイン、バルセロナにある"フランサ駅"である。         〔14ページ〕

うんうん。行った行った。27~8年も前になるかな。              まだ園児だった2人の娘を連れて、家族4人で。                  マドリードグラナダバルセロナと巡る8日間のツアーだったけど、バルセロナで半日フリー時間があったから、フランサ駅からタラゴーナまで列車で往復したっけ。   その時買ったレシートみたいな黄色い紙の切符は、まだどこかにあるはずだよ。    片道1時間ぐらいだったから、車窓風景はあまり覚えてないけど、坂道と階段を昇ったところにあった旧市街がなかなかいい感じでさ・・

――ほら、また止まらなくなった。

そんなんだから、いまだにわずか7ページの第1節から、先に進めない。

なので、続きはそれぞれ勝手に読んでいただくことにして             余りにうたた(俺だ)とシンクロしており、思わず背筋がビビビと痺れてしまった本節ラストの4行で、締めくくってしまおう。

旅の時間でどんな時が一番好きですか? と尋ねられると、私はいつもこう答える。  「乗り物に乗って"流れる風景"を見つめている時です。その時間が私に安堵を与えてくれます」                                   そんなことを感じるのは、私一人だけだろうか。          〔17ページ〕

いやいやいや。少なくとも、ここにひとりいるぞ。

 

なにはともあれ、前作『旅だから出逢えた言葉Ⅰ』に続き

こちらも《殿堂入り》決定!

"行くに行けない旅の友"として、この先何度も読み返すことは間違いない。

 

ではでは、またね

 

立教大学で教わった野口定男先生のこと、誰もいないオランジュリー美術館のこと。

付知町にある熊谷守一美術館を訪ねたことにも触れたかった。 

とにかくページをめくるたび、"想い出の仕掛け花火"がポンポン打ちあがるのだ。