時間に追われぬ鈍行列車の日々こそ、いちばん贅沢な旅なのだ 『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』下川裕治 周回遅れの文庫Rock

旅が好きだ。

なかでも鉄道の旅、それも鈍行(各駅停車)に長時間揺られる数日間は

時間制約のため、新幹線などの早い手段を使わざるを得なくなって以降においても

個人的には、いちばん好きな〈旅のかたち〉だと断言できる。

 

おかげで今でも"楽しかった旅は?"と訊かれて、すぐ浮かび上がる情景といえば・・

40年近く前の年末、青春18きっぷを使って

故郷に帰る出稼ぎ労働のみなさんと一緒に、夜行急行で東京から青森へ。

さらに青函連絡船に乗り込み吹雪の函館へと渡り、5日ほどかけて

現在は廃線となった浜頓別や紋別など北海道を鈍行列車で巡った記憶だったり。

解放間もない中国で、興味津々といった地元人民の視線を浴びながら

硬臥(カーテンで仕切っただけの2段✖2床の寝台)列車に揺られ

北京から西安まで1日半の鉄路をたどったときの記憶が、鮮やかに蘇ってくる。

 

そんなわけで、ご自身は老体?(当時62歳)はキツイキツイと連呼しているものの

東南アジア全鉄道制覇を謳った本書の著者・下川裕治氏には

うらやましいぞ! という気持ちしか湧いてこない。

もちろん、日本のような「乗り換え時間」に配慮した時刻表(運行計画)など皆無。

それどころか現地の駅で直接確かめるまで、運行しているかどうかも分からないという

ミャンマーカリマンタンインドネシア)の無茶苦茶な路線を前に

文字通り"当たって砕けろ精神"で挑み続ける著者の不屈の闘志には、頭が下がる。

 

おまけに、路線によっては座席のシートがノミとシラミの一大繁殖地。

昼下がりには摂氏40度を超える猛暑なのに、冷房施設は皆無。

途中駅で"給水タイム"が必要なほど、サバイバルな列車旅を余儀なくされたり。

そこまではいかなくても、そこそこの〈実体験〉はあるだけに

――そいつは、しんどいな~。大変だったね~。

などと、虚空に向かって思わず賛同のつぶやきを漏らしてしまうほど

ひとつひとつの試練が、我がことのようにひしひし迫ってくる。

 

だがしかし、それでもなお

著者が三年がかり?で、ほぽ95%達成した、この〈壮大なる徒労の旅〉に

猛烈な羨望を抱かずにはいられないのだ。

 

なぜならば・・

隣の道を走る自転車に抜かれるほどのノロノロ運転で

いつ終点に着くとも知れぬ長い長い時間を

ときに、車窓を包む緑の壁を見るともなく眺め。

あるいは、猛烈に吹き込んでくるスコールから身を守り。

うたたしては、また目覚め。

入れ替わりやってくる車内販売を止め、16円の一口ソバをほおぱったり

30円そこそこのドンブリメシをかきこんだり。

はたまた、ひとつ百円に満たない作り立ての絶品弁当に舌鼓を打ったり。

早い話、寝るか食べるかしか時間の潰しようのない

傍から見れば、"時間の無駄遣い"以外なにものでもない鈍行列車の旅が

おそらく最も贅沢な時間の使い方だってことを、身に染みて知っているから。

 

それと、本書を読んで改めて気づいたのは

「意外にアジアの鉄道には乗ってなかったな」ということ。

自分ではそこそこの〈乗り鉄〉だと思っていたが

日本を除けば、ヨーロッパ・アメリカ・カナダ・インド・オーストラリアぐらいしか

まとまった「鉄道の旅」は実施していなかったのだ。

(アジアでいえば中国で北京‐西安-上海の路線と、マレー半島鉄道程度。

 ベトナムも数年前にハノイ-ハイフォン間を往復したのみ。

 ・・あ、でも台湾は、ぐるっと一周したっけ)

 

そんな個人的事情もあって

本書の2冊におよぶ〈旅の記録〉は

"手が届きそうで届かない"絶妙の距離感とともに

未だ見ぬ夢・東南アジア鉄道旅行への渇望を

この上なく掻き立ててくれるのだった。

要するに、ひと言でまとめると・・

「あー、くそー、いますぐ見知らぬ国の鈍行列車に乗りて~~っ!!」

ってこと。

 

真面目な話、これ以上気力・体力が落ちる前に、海外への渡航が解除され

思う存分「鈍行列車の日々」に浸れることを、切に祈る次第だ。

そのために昨年秋、ガラガラのバスホートセンターで10年旅券を更新したのだから。

 

ではでは、またね。