新刊の登場が待ち遠しい
数少ないマンガ作品のひとつである。
題名からも推測できるが
本作は、19世紀の中央アジアに暮らす
若い女性たち(乙嫁=美しいお嫁さん)が主人公の物語である。
従って、ストーリーの背骨として中心に据えられるのは
「誰と共に生きるのか」という、恋愛&結婚話だ。
もちろん、年頃の女の子を巡るあれやこれやは、メチャクチャ面白い。
だが、それ以上に、強く惹かれてしまうのが
地域ごとに大きく異なる、当時の人々の生き生きとした"暮しぶり"だったりする。
ひとくちに「中央アジア」といっても
現在のカザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン。
以上5カ国にまたがる広大な範囲(いわゆるシルクロード地域)に及び
草原・乾燥地・山岳地帯・緑地(河畔や湖畔、海岸部を含む)と
自然環境もまた、極めて多岐に渡っている。
加えて、エリアごとに宗教(ほぼイスラム教)の戒律に従う度合いも大きく異なり
特に女性の習俗は、外出時には黒い布で完全に顔を覆う厳格なタイプから
顔の露出OKだが髪の毛は隠さないとダメ、なエリア。
顔も髪もむき出しにして問題なし、というオープンな地域と、ほぼなんでもあり。
こで暮らす女性たち(乙嫁を含む)の風俗・決まり・生活習慣などは
ひとつひとつ異なる顔を見せてゆく。
しかも本作では、これら〈地域ごとの多様性〉を際立たせる"狂言回し"として
現地の言語や文化を記録するため滞在していた、イギリス人研究家スミス氏を配置。
2巻以降、そんな彼の"中央アジア大移動"を、物語の横軸に仕立てることで
暮らしぶりの異なる地域への場面転換を円滑にし
それぞれの土地に生きる「乙嫁たち」の登場や活躍へと導いていった。
このため、スミス氏が新たな場所に移動するたび
おおむね2~3巻ごとに主人公(乙嫁)が切り替わり
新しい「乙嫁語り」が、動き出すこととなる。
そして読者もまた、見知らぬ土地を歩き回る旅人のように
19世紀の中央アジアを移動し、リセットされた〈暮らし〉を体験してゆく。
細部にまで行き届いた緻密な描写が可能にした、《時間と空間の旅》。
それこそが、本作のページを開いたときに享受できる、なによりの喜びなのである。
なんだか、比較文化学のレポートみたいに真面目腐った文章になってしまったが
むろんマンガ自体の内容は、圧倒的なエンターテインメントだ。
なによりも、8歳年下の夫(12歳)に嫁いだエミル。
口下手が思い込みが強く、婚期を逃しそうな少女パリヤ。
5人の夫に相次いで先立たれた、薄幸の乙嫁タラス。
奔放で身勝手な双子の娘ライラとレイリ。
豪邸の中でひっそり日々を送る若き母親アニス・・など
現地の特産品にして女性たちの特技でもある刺繍細工のように
いずれ劣らぬハラハラドキドキの《タペストリー》を、披露してくれるのだから。
個人的には、やはりイギリス人研究家スミス氏とタラスの
とことん切ない「物語」が、いちばん心にドスン!と響いてくる。
・・いや、パリヤさんの"空回りぶり"も、とうてい他人事とは思えないなぁ。
困ったことに、本作を読み返すたびに
「この人が嫁さんだったら・・」と、しょうもないことを考えてしまう。
どうにもこうにも罪作りな、傑作シリーズなのだ。
――ああ、いまから来春(14巻発売)が、待ち遠しい!
ではでは、またね。
・・家族思いの寡黙な戦士、ニコロフスキもカッコいいぞ。