150年前の西シルクロードに暮らす&旅するシアワセ 『乙嫁語り①~⑬』森薫 周回遅れのマンガRock 

新刊の登場が待ち遠しい

数少ないマンガ作品のひとつである。

 

題名からも推測できるが

本作は、19世紀の中央アジアに暮らす

若い女性たち(乙嫁=美しいお嫁さん)が主人公の物語である。

従って、ストーリーの背骨として中心に据えられるのは

「誰と共に生きるのか」という、恋愛&結婚話だ。

もちろん、年頃の女の子を巡るあれやこれやは、メチャクチャ面白い。

だが、それ以上に、強く惹かれてしまうのが

地域ごとに大きく異なる、当時の人々の生き生きとした"暮しぶり"だったりする。

 

ひとくちに「中央アジア」といっても

現在のカザフスタンキルギスウズベキスタンタジキスタントルクメニスタン

以上5カ国にまたがる広大な範囲(いわゆるシルクロード地域)に及び

草原・乾燥地・山岳地帯・緑地(河畔や湖畔、海岸部を含む)と

自然環境もまた、極めて多岐に渡っている。

 

加えて、エリアごとに宗教(ほぼイスラム教)の戒律に従う度合いも大きく異なり

特に女性の習俗は、外出時には黒い布で完全に顔を覆う厳格なタイプから

顔の露出OKだが髪の毛は隠さないとダメ、なエリア。

顔も髪もむき出しにして問題なし、というオープンな地域と、ほぼなんでもあり。

こで暮らす女性たち(乙嫁を含む)の風俗・決まり・生活習慣などは

ひとつひとつ異なる顔を見せてゆく。

 

しかも本作では、これら〈地域ごとの多様性〉を際立たせる"狂言回し"として

現地の言語や文化を記録するため滞在していた、イギリス人研究家スミス氏を配置。

2巻以降、そんな彼の"中央アジア大移動"を、物語の横軸に仕立てることで

暮らしぶりの異なる地域への場面転換を円滑にし

それぞれの土地に生きる「乙嫁たち」の登場や活躍へと導いていった。

 

このため、スミス氏が新たな場所に移動するたび

おおむね2~3巻ごとに主人公(乙嫁)が切り替わり

新しい「乙嫁語り」が、動き出すこととなる。

そして読者もまた、見知らぬ土地を歩き回る旅人のように

19世紀の中央アジアを移動し、リセットされた〈暮らし〉を体験してゆく。

 

細部にまで行き届いた緻密な描写が可能にした、《時間と空間の旅》。

それこそが、本作のページを開いたときに享受できる、なによりの喜びなのである。

 

なんだか、比較文化学のレポートみたいに真面目腐った文章になってしまったが

むろんマンガ自体の内容は、圧倒的なエンターテインメントだ。

なによりも、8歳年下の夫(12歳)に嫁いだエミル。

口下手が思い込みが強く、婚期を逃しそうな少女パリヤ。

5人の夫に相次いで先立たれた、薄幸の乙嫁タラス。

奔放で身勝手な双子の娘ライラとレイリ。

豪邸の中でひっそり日々を送る若き母親アニス・・など

現地の特産品にして女性たちの特技でもある刺繍細工のように

いずれ劣らぬハラハラドキドキの《タペストリー》を、披露してくれるのだから。

 

個人的には、やはりイギリス人研究家スミス氏とタラスの

とことん切ない「物語」が、いちばん心にドスン!と響いてくる。

・・いや、パリヤさんの"空回りぶり"も、とうてい他人事とは思えないなぁ。

困ったことに、本作を読み返すたびに

「この人が嫁さんだったら・・」と、しょうもないことを考えてしまう。

どうにもこうにも罪作りな、傑作シリーズなのだ。

――ああ、いまから来春(14巻発売)が、待ち遠しい!

 

ではでは、またね。

 

・・家族思いの寡黙な戦士、ニコロフスキもカッコいいぞ。