"ご都合主義"に逃げない時代小説 『居酒屋ぜんや シリーズ』全十巻 坂井希久子 周回遅れの文庫Rock

殺人・傷害・誘拐・テローー

現実の社会ではめったに起きない事件やトラブルが

主人公たちの周囲に限って、恐るべき高頻度で勃発する。

しかも、次から次へと容赦なく到来する危機を

彼ら彼女らは、計ったような間一髪のタイミングで回避。

誰もが不可能と断じた難問を、ものの見事に解決へ導いてみせる。

・・そうした〈ご都合主義〉が、もっとも簡単に通用する物語ジャンルこそ

未来・宇宙・非現実を描くSFと

今回取り上げる、過去を舞台にした「時代小説」である。

 

なにせ、「当時」の証言者はひとり残らず現存せず

唯一の手掛かりといえる「文書(史料)」も

のちの勝者が己を正当化するために脚色(捏造)した

いわば『大本営発表』に過ぎない。

結果、明らかな史実(と専門家が主張する)歴史的事実以外

確固とした"しばり"もないまま

どうせ昔の話だから・・とばかり

荒唐無稽なキャラクター造形や、"お約束"だらけの人情悲喜劇が

傷ついたアナログレコードのように

飽きることなく同じメロディ(ストーリー)を、繰り返してみせる。

 

正直、それはそれで決して嫌いではなく

ある意味「オトナ(中高年)のためのラノベ」的存在意義は認めざるを得ない。

なにせ、どんなに悲惨な事件やら災害が起ころうとも

現実との接点がほぽゼロだから、我が身につまされることもなく

誰もが気軽に楽しめるエンターテインメントであることは、確かなのだから。

 

だが、しかし。

だからといって、現実社会への"ウサ晴らし"としか思えない

同工異曲の「異世界モノ」に抱くウンザリ感同様

設定やら人間関係をちょいといじくっただけの《量産型歴史小説》には

限りある時間を無駄にしてまで出会いたくないのが、偽らざる気持ちなのだ。

 

てなわけで、前置き(不平不満)ばかり並べてしまったが

本作『居酒屋ぜんや シリーズ』は

そうした〈ご都合主義&ワンパターン歴史小説〉に安住せず

絶妙なバランス感覚で、"小説のリアル"を創り上げている・・と、勝手に断じたい。

 

有名なシリーズゆえ、ご存知の方も多いだろうが

主人公は、青ビョウタンのような小禄旗本の次男坊・林只次郎(はやしただじろう)。

他家に婿入りするか、浪人にでもなるしかない「部屋住み」の身だ。

ただし彼には、ウグイスが美声で鳴くよう飼育するのが得意であり

その謝礼をもって、貧乏武士の長男一家を養っている。

そんな彼が、「ぜんや」という居酒屋を切り盛りする別嬪女将(未亡人〉

お妙(たえ)と巡り遭うところから、物語は始まる。

やがて、2人の関係が深まるにつれ(遅々として進まない)

お妙の夫・善助の不審な死を巡る謎が少しずつ、明らかになっていくのだが・・・

「恋」と「謎説き」、お妙がこしらえる「絶品料理」を3本の柱に据え

周囲の人々が織りなす等身大の人間模様が丁寧に描かれる本作は

一見、よくある〈人情長屋もの〉の系列と変わらぬ印象を漂わせている。

 

しかし、そんな"お約束パターン"と思わせながら

本作に登場する人々の言動や、話の落としどころに

なんとも言いようのない、"リアリティ"を感じ取ってしまうのだ。

 

たとえば、見るからに凶悪な犯罪が発生したとしても

「善か悪か」「加害者か被害者か」といった単純な対立構造に囚われず

箸にも棒にも掛からぬダメ男ダメ女もの場合も

お涙頂戴ルートに乗って心を入れ替え、"めでたしめでたし"とは、いかないのだ。

そう。すべからくモノゴトとは、そんな単純なものじゃない。

むしろ、思い通りにいかないほうが、圧倒的大多数を占めている。

 

なにかといえば「泣けた!」「涙なしには読めない!」など

読者に共感の涙を絞り出させることが

作品の良さを決めるバロメーターであるかのように勘違いされている昨今。

そうした、"感動への段取り作り"が最も容易な時代小説において

あえて〈お涙頂戴〉より〈等身大のリアリティ〉を追い求める著者の姿勢に

何年、何十年書き続けようと苔も手垢もつくことのない

ローリングストーンな時代小説》の未来を、期待してしまうのだ

 

う~ん、またトンチンカンな締めくくりになってしまった。

ま、ここは騙されたと思って、読むしかないだろう。

10冊あろうと、大丈夫。

名店の打ち立てソバのごとく、のど越し爽やか。スルスルっと読めちゃうから。

 

ちなみに本作は、相方の母(めでたく米寿を迎えた)もお気に入り。

読み終えた順から郵送し、"一粒で二度おいしい"読書体験を楽しんでいる。

この秋から、続編のシリーズも始まるみたいだし。

「物語を読む喜び」を語り合える"同好の士"として

どうか、これからも長生きしていただきたい。

 

ではでは、またね。