"知らなかった!"と感動できる幸せ 『戦場のアリス』ケイト・クイン 周回遅れの文庫Rock

それが戦争であれ、未曽有の大災害であれ

自分が生まれる前の出来事は

実際にあった「現実」だという切実さを感じることができない。

それこそ、SFやファンタジーと同様、

「歴史」と呼ばれる”作り話"の1ジャンルのように思えてしまうのだ。

 

そんなわけで、第二次世界大戦終結から間もない1947年

ヨーロッパ(主にフランス)を舞台にした本作もまた

今回はどんな"お話"をでっち上げてくれるかな・・

程度のクール(傍観者的)な気分で読み始めた、はずだった。

 

最初に登場するのは、父親不明の子供を妊娠した女子大生シャーリー。

イギリス南部サウサンプトン港で、母と二人、フランスへの船を待っている。

目的地は、母親が"予約"したスイスの病院。

堕胎手術を受けるためだ。

だが、シャーリーが〈スイス行き〉を受け入れた本当の理由は、違った。

大戦中のフランスで行方不明になった、いとこ&親友のローズを探し出すこと。

母の目を盗み、単独行動に成功するシャーリー。

彼女の〈親友しの旅〉が始まった。

 

ところが、手掛かりを求めて訪ねた中年女性イヴとの出会いを境に

もうひとつの時間軸が、物語に加わる。

第一次世界大戦中の1915年に始まる、若き日の新米スパイ・イヴの回想である。

こうして、19歳のアメリカ娘シャーリーと50代のイギリス女性イヴが

交互に語る構成で、やがてふたつの物語は複雑に交錯。

最後には、迫真の復讐劇へと流れ込んでゆく。

ゆくのだが・・

 

なによりも、時間を追って少しずつ明かさる「イヴの過去」が

余りに生々しくも切実なのだ。

おかげで、SFやファンタジーはもちろん、凡百の歴史小説だったら

ストーリーに浸りつつも、頭の片隅では〈傍観者的立場〉を保ち

伏線やキーワードなど、物語の"仕掛け"を吟味するはずが

今回に限って、イヴと彼女をめぐるスパイ仲間の描写が、それを許さない。

一言でいえば――なんだ、このリアリティは!!

・・である。

 

さすがに、ラストからエピローグにいたる締めくくりは

歴史エンターテインメント小説らしく、後味良く仕上げてあるが

物語の背骨は、フィクション(作り話)とは思えない"ひりつく"場面の連続だった。

 

そして、640ページに渡る長大な物語を読み終え

行き着く間もなく、続く「著者あとがき」に目を移したとたん。

いとも簡単に、謎が解けた。

この作品に登場する主要人物の大半が

実在したスパイ(ネットワーク構成員)や軍人であり

小説内で語られた言動もまた、多くが歴史的事実だったこと。

さらに、シャーリーのいとこローズの運命を決めた村の「出来事」も

第二次大戦末期、実際に起きた事件だったこと。

 

いくらか第二次世界大戦のヨーロッパ戦線に関する知識をお持ちの方ならば

上にあげた程度の事実は、おそらく「基礎知識」に過ぎないのだろう。

いっぽう、恥ずかしながら私自身は

「オラドゥール・シュル・グラヌ村」が、辛うじてカスッていたのみ。

アリス・ネットワークにまつわる歴史的事実は、まるっと白紙状態だった。

だが、しかし。

負け惜しみにしか聞こえずとも構わないーー

知らなかったからこそ、彼・彼女たちに訪れる運命を先取りせずに済み

心の底から"手に汗握る"体験ができた。

これを〈幸運〉と呼ばず、何とよぶべきだろうか。

 

この先、心震わせる傑作の数々と、

いつ、どこで巡り逢えるのかは、誰にも分らない。

しかし、だからこそ読書は、このうえなく愉しいものとなる。

常々「無知は悪!」と、公言してはばからないが

既に知っていることから〈新たに知る喜び〉は、決して生まれないのだ。

 

・・・・いや、そうじゃない。

"もっと知りたい!"という想いや行動がなければ

いつまでたっても、無知は無知のまま。

慣れ親しんだ日常のなかだけで、歳月は流れ

"知らなかった!"驚き&感動とは無縁に、生きて行くだろう。

だから、肝心なのは〈無知を守る〉んじゃなくて

《新たな世界を求める心》を、いつまでも抱き続けることなのだ。

 

ともあれ、久方ぶりに《無知の悦び》を教えてくれた本作に、感謝。

やっぱ、歴史は、"舐めたらあかんぜよ!"

――ってことなのだろう。

 

ではでは、またね。