2018年11月29日(木)ビエンチャン⇒バンビエン
川沿いの屋外レストラン。こっちで食べた方がよかったかも・・
「あ、こんなところにコンビニが・・」
ひょっとしたら、何か面白いものが見つかるかもしれない。
そう思って、いかにもコンビニっぽいガラス張りの店の中に入ったときだった。
正面の棚をびっしり埋め尽くす大量の商品(カップラーメンやお菓子)。
そのすべてのパッケージに、ハングル文字が躍っていたのだ。
まるで、ここだけラオスから韓国にワープしたように。
実は、ビエンチャンの市内を回っていたときから
この〈傾向〉には、薄々気づいていた。
そう。主要な建物や、ショッピングセンターに並ぶ商品、立て看板まで・・
いたるところに「中国」と「韓国」の気配が漂っていたのだ。
おそらく、どちらも国を挙げた〈支援〉の名目で
人・カネ・モノをどんどん送り込み、様々な公共物を造っているのだろう。
特に中国の場合は、例の「一帯一路」政策という後押しもあって
道路や線路、ダムなど巨大工事を引き受けては
他国のなかに、中国人だけが暮らす街を次々と建造している。
早い話、「租界=ミニ中国」である。
韓国もまた、そんな中国の後を追って東南アジア諸国へと進出。
ここバンビエンのあたりに大量の人材を送り込んで
長期に渡る大規模な公共事業を進めている・・に違いない。
そんなふうに勘繰りたくなるほど
店(コンビニ)のなかは、見事なまでに〈ハングル一色〉だったのだ。
それとも、いま韓国では、空前の「ラオス・ブーム」が起きている、とか?
確かに、この国に来て以来、目に止まるアジア系観光客は韓国語スピーカーばかり。
バンビエンでは、その傾向がいっそう強まり
静かなラオス人の話し声よりも、声高な韓国語の方が耳慣れたぐらいだ。
※このあと移動したルアンパバーンでも、同じ「中韓パワー」を強く感じた。
観光エリアは中国と韓国から来た大勢の観光客で賑わい
中国人オーナーが経営する店やホテルも多かった。
(我々が泊まったホテルのオーナーも中国系で、宿泊客も中国人ばかりだった。
「メコン川の眺めがいい」という誘い文句に乗って予約したのに
部屋からはまったく見ることができず、大失敗だった。
これなら、バンビエンと同じく、地元の人が経営する宿を選べばよかった・・
と、猛烈に後悔している)
夜のメインストリート。雰囲気は抜群なんだけど・・
期待が大きすぎたのか・・
そういう意味では、夕食も、ちょっとミスった感が強い。
「歩き方」に載っていたレストラン2軒のうち、
「ラオスの焼肉シン・ダートが味わえる、地元客でにぎわうレストラン」
との記事に惹かれて入った、Mitta Pharp BBQ & Hot Pot。
しかし、実食した感想は・・どこがラオス式なの?
要するに、ジンギスカン風の焼肉。
少なくとも自分は、〈ラオス〉を味わった気分になれなかった。
おまけに、ここにも韓国人観光客の一団が席を占め
テンション高く盛り上がっては、大声の韓国語で談笑しているものだから
ますます「どこがラオスだ?」状態に。
そういえば、あまり賑わってなかったな・・
そんなわけで、日没以降は、ちょっと興ざめしてしまったが
たまたま運悪く"コリアン・パワー"を食らっただけだと、考えることにしたい。
実際、その後、ゲストハウス目指して歩き出すと
たちまち、あたりは静寂につつまれた。
ポツポツと裸電球が灯る道を、のんびり噛み締めるように楽しんだのだ。
なんやかんやいって、もいちど訪ねてみたいぞ、バンビエン!
基本、静かで、ゆったりできるところ
余談/夜中の1時か2時頃だったろうか。
隣の部屋に泊まるカップルの話し声が、しっかりはっきり聞こえてきた。
最初は、公共のテラス席にいるのかと思ったほど、筒抜け状態だった。
で、会話だけで終わらず、徐々に盛り上がっていき
とうとう「18禁状態」に突入してしまう。(いわゆる洋ピン)
その最中も話は止まらず、愛の囁きはますます激しくなっていく。
幸か不幸か、英語ではなかったけど。
同じように眠りを妨げられ、目を覚ましていた相方に声をかける。
「まいったなぁ。これじゃ眠れないだろう」
すると――あなたのイビキの方がずっとうるさい。
・・・どっと疲れてしまったよ。
テラスで撮った夜明けのバンビエン。やっぱ、いいとこだった。
ではでは、またね。