重く、厚く、濃く、そして深い――。
『海街diary』(全9巻)とリンクする
〈もうひとつの場所(人々)〉を描いた新シリーズが、幕を開けた。
前回のヒロイン・浅野すずが、亡き父と暮らしていた
山間の小さな温泉町を舞台にした本作は
彼女の義理の弟・和樹を主演男優に
和樹が働く旅館の孫娘・妙を主演女優に据えた
「谷間(たにあい)の小さな集落に肩寄せあって生きる人々)をめぐる
優しく、心温まるストーリーである――
とかいう、ステロタイプな「夢物語」とは、まさに正反対。
狭い山里の温泉町だからこそ受け入れざるを得ない
絡まり合った血縁やしがらみのただなか。
〈不和・軋轢・嫉妬・ひとりよがり・閉鎖性〉などなど
人々の〈隠しておきたい素顔〉が、容赦なくさらけ出されていく。
すずたち中学生や、その兄や姉といった若者世代を中心に据えていたのとは異なり
山深い温泉町を舞台に幕を開けた本作では
登場人物の大半が、和樹ら親世代より上の中高年以降となる。
そのため、前シリーズにあった〈躍動感〉〈瑞々しさ〉〈バカっぽさ〉など
若さ(未熟さ)に拠ったコミカルな表現は、ほとんど影を潜める。
代わって、音もなく静かに押しせる津波のように押し寄せ
和樹や妙たち若者を取り囲むのは
逃げ場のない閉ざされた社会のなかで否応なく絡み合う
人間関係の重さ・深さ・複雑さ・面倒くささ、だったりする。
おまけに、「あなたのためを思って」なんていう
"善意の仮面"すら付けてしゃしゃり出てくるのだから、たまったもんじゃない。
それでも和樹と妙は、ときには〈夢や希望〉までも飲み込もうとする
"上から目線の身勝手"に立ち向かい
他でもない自分自身の手で、〈未来〉を掴み取ろうとする。
ま、そうはいっても、少なくとも妙の場合は
和樹が「黒い」と呆れるぐらい、したたかだったりするんだけど.。
そんなわけで、『海街diary』の明るさ(湘南っぼさ?)を期待して
本書を手に取った人は、この〔重苦しさ〕を多少しんどく感じるかもしれない。
だいいち、血縁・仕事・ご近所関係がやたらめったら絡み合っているから
登場人物の繋がり具合を飲み込むだけでも、ひと仕事なのだから。
それでも、説明文の長さにひるまず
ときに『海街diary』のワンシーンを思い返しながら
鰍沢温泉の露天風呂に身を沈めるように、ゆっくりじっくり、読み進めてほしい。
「噛めば噛むほど・・」の言葉で知られるスルメのように
どこか深い所から、じわりじわりと、〔おもしろい〕が湧き出てくるはずだ。
最後にひとつだけ、独断と偏見で選んだ「名言」を。
赤い寒椿につもる雪
そこかしこから立ち上る湯けむり
谷間(たにあい)の小さな集落に肩寄せあって生きる人々
――という
都合のいい美しい物語だけを発信するのが おれの仕事だ
年長者が幅をきかせ スピード感のない行政
旅人はもてなすが 移住者はいつまでもよそ者あつかいの閉鎖性
他者のプライバシーにずけずけ踏み込む デリカシーの欠如
ザ・田舎の不都合な真実には 一切触れない 〔174ページ〕
ではでは、またね。