心の"リトマス試験紙"だ! 『手蹟指南所「薫風堂」』シリーズ〔全5巻〕野口卓 周回遅れの文庫Rock

清く、正しく、美しく――。

そんな形容がピッタリあてはまるような、時代小説だ。

 

まず、筋立ては、きわめてシンプル。

二十歳を迎えた浪人の子(実は旗本の子息〉が

ひょんなことから、子供たちに読み書きソロバンを教える「手蹟指南所」

(いわゆる手習い処)の先生を引き受ける。

「薫風堂」と名づけたその"学び舎"をめぐるエピソードをメインに

主人公(と教え子たち)が成長していくさまを、生き生きと描いたものだ。

 

だが、よくある「挫折(失敗・裏切りetc)を乗り越えることで、一皮むける」

という〈山あり谷ありの成長物語〉とは、ひとあじ違う。

冒頭の一行で評したように

とにかく、主人公の若者・雁野直治が、ピュアなのだ。

また、彼を取り巻くわき役たちも、絵に描いたような"いい人"ぞろい。

しかも、直治に〈無理難題〉を押し付け、真っ向から対立する面々までもが

各自が自分なりの正義と矜持を貫くだけの、"悪役になりきれない"存在なのである。

その結果、主人公の前に立ちはだかる「難問」は

〈倒すべき敵〉ではなく、〈自分を高めるための課題〉にすぎない。

 

最初のうちは、その明快さと温かさにじんわりと癒され

1巻目を読了した時点では、末尾の解説で北上次郎が記したように

『こころが開いていく』気持ちよさを楽しんでいた。

 

しかし、2巻、3巻と進むうち

どうにもこうにも、"痒い所に手が届かない気分"に、襲われ始めたのだ。

たとえば、主人公がトラブルに巻き込まれ、ある程度のショックを受けると

気持ちを整理するために、近くの神社で木刀の素振りに集中する。

そして修業を終えると、彼の中に名案がひらめいていたり

彼の人柄に心惹かれる協力者たちが、絶妙な"打開策"を探し出していた

・・といった塩梅。

 

だから、つい、こんな"心の絵"を、漏らしてしまうのだ。

――そんなにうまいこと、行くもんかよ。

ま、早い話、さんざっぱら人のいやーな面を見せられてきた

.ろくに友人もいないオッサンが、僻んでいるだけのことなんだけどね。

 

確かにこれを読むと、『こころが開いていく』。

だけど、私に言わせれば

〈ホワイトなこころ〉と一緒に〈ブラックなこころ〉もバカッと開いちゃう。

そう。はからずも、読者の〈黒さ〉があぶり出される

言うなれば《心のリトマス試験》とでも称すべき、物語なのである。

 

ともあれ、面白いことは保証する。

ただ、一読後、心の奥底から湧き上がる《色》が、白か黒かは、読者次第。

己の性根と向き合える、いい機会だと思うよ。

 

あと、ひとつだけ、ないものねだりでしかない要望を。

特に後半(4・5巻)に多かったと思うが

物語の途中で「以前のいきさつ」を詳しく繰り返している箇所が、気になった。

きっと、時間(日にち)をかけて少しずつ読む中高年層に向けた配慮なのだろうが

"面白ければ一気読み"がモットーのおっさんにとっては

正直、飛ばし読み対象の"もったいないスペース"でしかなかった。

おまけに、このリフレインに圧迫されたのか

全五巻という大長編のエンディングだというのに、.妙にバタバタしており

ろくに余韻もなく(完)の一字に辿り着いた印象が強い。

実際、読了した直後。

コピペなんかでマス目を埋めず、もっときっちり盛り上げてくれよ!

――なんて、心の叫びをあげてしまったぜ。

 

ぜひ「続編」で、このリベンジを。

 

ではでは、またね。