"主役"より”アシスト”のほうがエライ 『スティグマータ』近藤史恵 周回遅れの文庫Rock

サクリファイス』に始まるシリーズの、最新作(たぶん)。

レーサー・白石誓(しらいしちかう)を語り手に据えた物語としては

4番目の作品となる。

 

このシリーズに出逢っていなければ

おそらく生涯、自転車ロードレースの世界に興味を持たずにいただろうし

ツール・ド・フランスのレース経過やテレビ中継をチェックすることもなかった。

それぐらい、『サクリファイス』を読んで受けた衝撃は大きく

本を読む事によって世界が広がる体験ができたことを、嬉しく思う。

 

・・とまあ、よくある作品への賛辞はこのくらいにして。

 

このシリーズを読んで、毎回、心に刻み込まれるのは

文字通り自らの命を削って、栄光の座を目指してすべてを燃やし尽くす

個性豊かな男(ヒーロー)たちの姿ではない。

猛烈な暴風雨にも似た戦いのるつぼ。

そのただなかに身を投じながらも

ただひとり、〈台風の目〉にすっぽりはまり込んでいるような

不思議な静けさをまとって走る語り手・白石誓(愛称チカ)の存在だ。

 

もちろん既読の方ならば、ご承知だろうが

ロードレースにおけるチカの役割は

トップでのゴールインを目指すスター選手(優勝候補)ではなく

その風よけになったり、相手チームのスターをけん制したり、水のボトルを運んだり

・・などなど、ありとあらゆる〈後押し行動〉を献身的に行なうことで

彼らの優勝を手助けする、いわゆる「アシスト」である。

ツール・ド・フランスをはじめとした団体対抗のロードレースにおいて

こうした「アシスト」は、必要不可欠な存在であり

チーム内に1名ないし2名いる「スター選手」を勝たせるために

自らの栄光を投げうち、身を粉にして〈縁の下の力持ち〉を演じ続けるのだ。

・・ロードレースの話が主眼ではないので、システム話はこのへんで。

 

 

んで、何を言いたいのとかというと。

このように、ある程度の役割分担がしっかり定められている

自転車ロードレースの世界ではあるが

もちろん、どんな選手にも栄枯盛衰はあるわけで

昨日まで名もないアシストだった若い選手が

ひとつの独走といくつかの幸運が重なり合った結果

その日のゴールをトップで通過する(ステージ優勝を果たす)ケースも少なくない。

当然、大多数の優勝候補外選手は

アシストなどの下働きを律義にこなしつつ

どこかで、〈奇跡の初優勝」を目指しているわけだ。

もし一度でもステージ優勝を果たせば

その瞬間から、彼は一躍ヒーローの座に駆け上がるのだから。

 

事実、数多くの愛好者(ファン)の願望も空しく

ツールのステージ優勝を飾った日本人選手は、いまだ一人も登場していない。

ツール・ド・フランスに出場するだけでも大騒ぎだ)

 

そんなわけで、ようやっと、本作で一番胸を突いた場面を語れるぞ。

 

【注】この先ネタバレあり。未読の方は、どうかご了承を。

 

いくら「アシスト」に徹するのが役目、とはいえ

チカもまた、日本を代表してツール・ド・フランスに参加している

数少ない〈期待の星〉のひとりである。

もし、まんいち、一回でもステージ優勝を遂げたとすれば

「日本人初」という、おなじみの栄冠と一緒に

オリンピックの金メダリストにも負けない

いや、自転車業界というジャンル全体で考えれば

それを遥かに凌駕する地位や名誉(お金も)手にできる。

事実、同じ年に参加した日本チャンピオンは

この快挙達成を目指して、果敢に挑戦。

惜しくも2着に終わった。

 

そして、物語の最終盤。

チカの身に、〈千載一遇のチャンス〉が巡ってくる。

チームのエース(総合優勝候補)を勝たせようと

ゴール手前の下り坂、集団のトップに飛び出し、エースを引っ張り始める。

この「風よけ効果」のお陰で、エースはライバル選手を大きく引き離すことに成功。

あとは、2人そろってゴールテープを切るだけだ。

前を走るのは、チカ。

直後に、エースのニコラ。

さて、どうする?

・・あとは、引用しちまおう。

 

〔注〕原作に失礼だと思い直し、排除済み。

  

人様の作品のクライマックスを長々と引用してまで

お前は何を言いたいのか?

いやまあ、単なる思いつき、と言ってしまえばそれまでなのだが・・

 

いま我々が直面する、この不安と失望に満ちた、

どん詰まりな現状を打開できる人材は、どこにいるのか?

 人前にしゃしゃり出ては、耳障りばかりいいスローガンを連呼したり

言質を取られまいと回答を拒み、忖度と裏取引で責任から逃れようとする

〈張り子の虎〉の役目すら果たせないリーダーどもは、少なくとも論外だろう。

ならば、どうすればいいのか?

薄っぺらな〈立て看リーダー〉なんか、もういらない。

『この勝利は、ぼくの勝利でもある』・・と。

率先してスポットライトのあたらぬ裏方稼業に汗を流す

いわば《誇り高きアシスト》たちを、各分野ごとの責任者に据えてみては。

――ふと、そんなふうに、夢想してしまったのだ。

  

 

ではでは、またね。