読み応え抜群の”警察ファンタジー”!? 『都市と都市』チャイナ・ミエヴィル 周回遅れの文庫Rock

正直なところ

読み始めてから250ページぐらいまでは

――ちょっとレビューには取り上げられないなぁ。

などと、上から目線でランク付けしてしまうところだった。

 

スタイルは、一人称ハードボイルド形式の警察小説。

身元不明の若い女性の刺殺死体が発見され、

その捜査に「私」である警部補が駆り出されたところから、話は始まる。

続く地道な捜査活動も併せ、お馴染み海外ミステリのパターンだ。

ただ、その舞台となる《街》の設定が、すごく変。

ひとつの土地の中に、ふたつの都市が”同居して”いる。

しかも、互いの街の間に物理的な壁は存在せず

両都市の住民が互いに互いを「存在しないもの」と認識することで

二つの都市の〈併存〉が成立している、というのだ。

 

となると、この奇妙な街がどんどん常軌を逸し

単なる事件捜査など吹っ飛ばしてしまう驚愕の事態に発展するのかも・・

といった〈SF的大風呂敷〉を期待して読み進めたのだが

・・いつまで経っても、検死、身元確認、聞き込み、アリバイ追求と

徹頭徹尾、地味でフツーの警察小説を突き進むばかり。

 

そのいっぽうで、2つの都市(文化・住民の違い)をアピールするように

明らかに語源の異なるカタカナ名前が次から次へと現れる。

試行錯誤の末に考え出した『ミニ付箋式登場人物リスト』を使ってなかったら

半分も読まないうちに、誰が誰だか分からなくなって放棄したに違いない。

※『ミニ付箋式――』については7月4日のプログで紹介済み。

 

やがて、捜査中の犯罪が「もう一方の街」に深くかかわっていることが判例

主人公の警部補は居住する街から「2つめの街」へと移動。

現地の警察組織と協力し、さらなる犯罪捜査を進めることとなる。

さらに、「2都市の狭間に存在するかもしれない”3つ目の街”」の可能性が浮上。

2つの都市が共存するためのルールを破った人を取り締まる

〈ブリーチ〉なる謎の組織も存在感を強めていき

正直、すごい居心地の悪い(不安?)な気分で読み進めるようになった。

 

ちなみに、小説の読書タイムは、だいたい就寝前と決めている。

基本的には「眠くなるまで読む」。

眠れないほど興奮したり面白かった場合

朝(ラスト)まで読み切ってしまうことも少なくない。

しかし、本作のときは、2つの都市を巡る分かりづらい設定やら

前述した登場人物のややこしさのせいもあって

50ページも読まないうちに「寝落ち」する夜がしばしば。

真ん中あたりの250ページまでたどりつくのに

4日(4晩)もかかってしまった、という次第である。

 

そんな、ノリのよくない小説を、なぜわざわざ取り上げたのか?

理由は、しごく簡単。

頑張って読み続けた前半の忍耐に報いるように

2つの都市(第3都市)&〈ブリーチ〉のリアリティが

徐々に頭の中に染みわたっていき

奇妙な物語世界への親しみが、こんこんと湧き出してくるのだ。

 

そして、400ページ手前の第3部に突入すると

文字通り、一気呵成。

シュレーディンガーの通行人”のくだりでは

この小説にしか描き出せない〈国境のジレンマ〉を

心から楽しんでいる自分に出逢うことができた。

 

最近のSFは、VRとか意識(認識)とか観念的な話が多くて

イマイチ楽しめないんだよなぁ・・。

なんて、ボヤいてたオッサンの心を熱くさせてくれた

久々の海外SF作品だったよ。

 

あと、小説の内容とは直接関係ないけど

『一方の都市の住人は他方の都市の住人(建物・車も)を見ることも

声を聞くことも禁じられている』

という〈決まり〉には、ちょっと背筋が寒くなった。

考えてみれば、俺たちだって

見たくないものからは目を逸らし、聞きたくない声には耳を閉ざす。

自分にとって都合の悪いものは、同じ場所に存在してないようにスルーするって

わりあい普段から、当たり前のようにやってるわけだし。

ま、そうはいっても、気になったら何でも首を突っ込めばいい

――なんて単純な問題でもないんだけど。

 

ではでは、またね。